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数理のチカラ − 乾 孝治

高度な数学で金融リスクを制御できる?

明治大学 総合数理学部 現象数理学科 乾 孝治



金融機関や企業は、商品価格や金利、為替の変動による損失の可能性をつねに抱えています。そんな不確実な未来のリスクをできる限り小さくできないでしょうか。そのために生まれたのが金融工学です。高度な数学を駆使してリスクを計量化して価格付けし、デリバティブという仕組みで取引できるようにしたこと、それによって保険のようにリスクを幅広い人々の間で負担し合えるようにしたことは、金融工学の大きな成果といえるでしょう。

金融工学を駆使して開発された様々な金融商品は、金融機関や企業が抱えるリスクを減らし、経営を安定させるうえで有効でした。しかし金融工学の理論を過信したり、デリバティブを投機的に活用することによる弊害も表れました。その一つといえるのが、世界同時不況の引き金となったリーマンショックです。



今、金融工学は大きな曲がり角にあります。債務者の財務状態の悪化で債権の回収ができなくなる信用リスクが連鎖的に拡大することをいかに食い止めるか、取引相手が見つからず適正な価格で売買できない流動性リスクをいかに解決するかが大きな課題になっています。また現在の金融市場では、自動プログラムによってミリ(1,000分の1)秒単位で売買を繰り返す高頻度取引が行われていますが、このような仕組みは社会にとって本当に有益なのでしょうか。健全な経済発展につながる、公平で効率的な金融市場を築くために、金融制度や規制などのルールづくりに関しても、金融工学の専門家が数理科学的な研究に基づく提言をしていくべきだと思います。



金融工学の理論の一つとして有名なブラック-ショールズ方程式は、日本人数学者、伊藤清が確立した確率微分方程式をベースにしたものです。金融工学には高度な数学が必要です。微積分、線形代数はもとより、確率・統計、最適化などの数理・工学ツールがあらゆる場面で活用されています。金融工学の研究は、様々な種類の膨大なデータが対象となるため、アイデア次第で色々なことを試せる面白さがあります。社会と隔絶した抽象的な理論ではなく、現実の金融実務と密接に関わり、社会に影響力があるところもだいご味です。



日本は今後、リスク資産への投資を増やしていく必要があります。広い意味でのリスク管理へのニーズはますます高まっていくでしょう。日本は数理モデルをきちんと理解できる実務家が欧米に比べて不足しています。数学が好きで、金融や経済について強い関心がある人には、やりがいがある分野だと思います。
(了)

数理のチカラ : 現象数理学科

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