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小田ゼミが東電福島第一原発事故被災地のフィールドワークを実施しました

2014年10月28日
明治大学

東京電力福島復興本社東京電力福島復興本社

旧富岡町役場                     「災害対策本部」の衝立は当時のまま旧富岡町役場                     「災害対策本部」の衝立は当時のまま

JR常磐線富岡駅                    看板は陸側へと曲がっているJR常磐線富岡駅                    看板は陸側へと曲がっている

富岡町夜の森                     「帰宅困難区域」との境にはバリケード富岡町夜の森                     「帰宅困難区域」との境にはバリケード

南相馬市海岸線                   かつての松林は、今はもうない南相馬市海岸線                   かつての松林は、今はもうない

 本学部の小田ゼミナールは10月18日、19日の2日間で東電福島第一原発事故被災地のフィールドワークを実施しました。

以下、ゼミ生による報告記事を掲載します。


 小田ゼミナールは10月18日、19日の2日間で東電福島第一原発事故被災地のフィールドワークを実施した。福島県の浜通りを中心に、楢葉町、富岡町、南相馬市を訪問。東日本大震災から約3年半以上経過し、多くの人は被災地が復興へ向かっているように思っているかもしれない。確かに、多くの被災地では復興に向けて一歩ずつ進んでいるが、私たちが訪れた原発被災地では一向に進んでいない現状である。放射線量が高い地区では復興作業が限られ、また線量が低い地域であってもマンパワーが不足しているため、私たちが考えているような復興は進んでいない。

 合宿1日目、楢葉町にあるJヴィレッジに向かった。ここは、サッカー日本代表の練習場として使われていた、日本最大規模のトレーニング施設だ。現在は本来の活動は停止し、東京電力の福島復興本社となっている。ここで私たちは東京電力代表執行役副社長兼福島復興本社代表の石崎芳行さんにお話を伺うことができた。事故が起きた原発の状況や今後の計画について詳しく説明して頂き、私たちの質問にも丁寧にお答え頂いた。代表の方に直々に登壇して頂けたということもあり、沢山の質疑をすることができ、メディアには露出しない内容にも踏み込むことができた。

 Jヴィレッジの視察と説明会を終えた私たちは、旧富岡町役場へと向かい、役場の方に富岡町を案内して頂いた。富岡町は未だに「帰宅困難区域」「居住制限区域」が大半を占めている地域だ。私たちは特別に文化交流センター内に入らせてもらった。中に入ると床は朽ち果て、天井は腐食しており所々で崩落が見られる。2階には「災害対策本部」と手書きで書いてある看板があり、その奥の部屋には物が散乱していた。この空間は『あの日』で時間が止まってしまっている。机の上には被害状況のメモ、周辺地図、手が付けられておらず黒くなったおにぎりなどが散乱していた。ホワイトボードには行方不明者、死亡者の名前などが生々しく書かれていた。窓に目を向けるとカーテンが半分なくなっていた。役場の方によれば、寒さをしのぐためにカーテンを引きちぎって使ったのだという。

 一行はJR常磐線富岡駅へ向かった。駅舎はすべて流され、ホームだけが残っている。周囲にも廃墟と化した家、大破した自動車などが当時のまま放置されている。誰もが言葉を失い、震災被害を肌で実感した。役場の方によると、「来年から区画整備が始まる」そうで、震災当時の空気を感じることができる場所は今年でなくなってしまう。そういった意味でも、この時期にフィールドワークできたことは意義深い。

 合宿2日目、震災前から富岡町の観光名所として有名であった夜ノ森へ向かった。ここには立派な桜並木があり、毎春、賑わっていた場所だ。現在は「帰宅困難区域」との境になっており、人影は見えず静寂に包まれている。

 私たちは一ヶ月前に全線開通したばかりの国道6号線を利用して南相馬市へと向かった。「帰宅困難区域」の中で唯一通ることができる道で規制も厳しい。自動車以外の通過は禁止されており、この区域内では降車はもちろん停車もしてはならない。走行中、廃炉中の福島第一原子力発電所の一部をみることができた。

 南相馬市ではボランティアガイドの安部あきこさんに案内して頂いた。南相馬市は特に津波被害が甚大で海岸線から約2キロ近まで被害が及んだ。安部さんは当時の状況を、「津波はナイアガラの滝のようだったといいますが、本当にそうでした。」と語る。「海岸線には松が生い茂っていた」ということだが、すべて流されてしまい今ではまったくの更地となっている。また、安部さんに原発について質問すると、「ここ(南相馬市)にも震災が起きる前に原発を建てる計画があったんです。最初は反対派が多かったんですけど、ひとりまたひとりと賛成派になっていきましたね。」と悲しそうに語った。

  今回のフィールドワークは、“実際に被災地へ赴き、現場でしか感じることができないことを体験し、より強い問題意識を持つ”ことを目的としたものであった。無人の街と人で賑わう街。復興が進まない街と復興が進む街。対照的な街を訪れ、様々な立場の方にお話を伺うことで被災地に潜む多くの問題を実感することができた。

(文・情報コミュニケーション学部3年 藤川光)



以 上

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