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例えばこんな視点で社会が見えてくる

なぜイラクは「悪の枢軸」でなければならなかったのか?

悪の枢軸

  1991年、私たちはテレビのニュース映像を通してリアルタイムで湾岸戦争の「現実」を見ていたはずでした。夜空の打ち上げ花火のごとき米軍による空爆。米軍の空爆は狙いどおりピンポイントに命中し、イラク人犠牲者の姿はない。原油まみれで真っ黒になった海鳥はイラク軍の仕業であり、戦争の犠牲者でした。
  しかしその「現実」は、アメリカ側が周到に計算し情報をコントロールして創りあげた仮想現実(バーチャル・リアリティ)にしか過ぎませんでした。湾岸戦争は、国際世論を味方につけるためのメディア戦争でもあったのです。
  そして10年後の、2001年9月11日、110階建ての世界貿易センタービルに2機の航空機が突っ込み、ビルは炎上。深夜のテレビニュースに飛び込んできたこの惨劇の映像と、貿易センタービルがごう音と黒煙をあげて崩れ落ちる映像は、同時多発テロで死亡したアメリカ市民の犠牲者の数とともに繰返し報道されました。しかし、その後のアフガニスタン報復攻撃で、何人のアフガニンタン市民が犠牲となったかを私たちは知りません。2003年、テロの脅威に対する先制攻撃としてイラク攻撃を断行したブッシュ米政権は、大量破壊兵器を所有するフセイン政権の凶暴性を強調することで再び国際世論を味方にしようとしました。つまり、イラクは「悪の枢軸」でなければならなかったのです。
権力は情報をコントロールし、メディアは現実を構成します。
  権力もメディアも現実の情報の一部分を切り取って、何を公表し何を公表しないか選別し、ある一定の価値観のもとに編集・再構成するのです。メディアを介して私たちが見るものは、社会の現実のありのままの姿を描いたり反映したものではく、あくまで権力やメディアが意味付けた「現実」であり価値観でしかありません。
  誰でも情報の発信者であり受信者でありうる高度情報化社会においては、私たちはこの氾濫する虚実入り混じった情報の中から真実の情報、価値ある情報を見分け、選り出す確かな目が問われています。

なぜウルトラマンは3分間しか戦えないのか?

ウルトラマン

  「あなた美人ね。顔だけで世の中渡っていけると思っていない?」「はい思っています。私、脱いでもすごいんです」数年前のエステティック・サロンのコマーシャルでした。
  女性がCMの中でどのように取り上げられるかは、実は社会が規定する女性像を反映しています。「男は仕事、女は家庭」といった固定的な価値観で、女性に「母性」「家事」という役割を求めたり、あるいはセクシャルな存在として女性を眺めたりします。それは、生まれつきの生物学的な性別ではなく、社会的・文化的影響の下で形成された「男らしさ・女らしさ」といった性差(ジェンダー)なのです。風邪薬や洗剤のCMには必ず「主婦」や「母親」が登場するのも同じ理由からです。
  最近では社会の変化を反映して、固定的なジェンダーの枠にはまらない働く女性も多く登場するようになりました。しかしメディアが描く女性のイメージは、いかにハードに働いても、男性に対するときは女性としての美しい容貌やセクシャリティを備えていることが不可欠なのです。ウルトラマンやドラゴン・ボールは「美青年」「美少年」である必要はありませんが、セーラー・ムーンはあくまでも「美少女」戦士でなければならないのです。
  だからと言って、女性は男性に虐げられているというほど物事は単純ではありません。実は男性もまた、「男だから…」「男のくせに…」と社会から期待される男性像に縛られ、それを重圧と感じているのです。リストラと隣り合わせで、仕事という競争社会を生き抜くための休日出勤、深夜までの残業。社会から「男」であることを期待されることで経験する痛みや怒り。
  「男は黙ってサッポロビール」のCMが男性たちの共感を得たのは、「男」というジェンダーが社会的・文化的なフィクションであることを知りながらも、その社会的役割を生真面目に引き受けている自分の姿をそこに見たからでしょう。
ウルトラマンが地球上で戦うことのできる時間が3分間にかぎられているのも、「戦う男」であり続けることの苦悩を象徴的に表しているのではないでしょうか。

恋愛と法をめぐるコミュニケーション

恋愛と法をめぐるコミュニケーション

  一方通行の片思いであろうと、相思相愛の大恋愛であろうと、法律は「恋」という感情には干渉しません。法律は、コミュニケーションの歪みやコミュニケーション不全によって混乱やもめ事が生じた場合あるいは生じそうな場合に初めて登場するのです。
  例えば、大人の男性と女子中高生との交際も、そこにお金やブランド品が介在する援助交際は、児童買春・ポルノ処罰法の対象です。金品の授受がない純粋な恋愛であったとしても、中高生と性的関係を持てば青少年保護育成条例(淫行条例)違反となります。
  片思いの女性や別れた恋人の自宅に何度も押しかけ交際や復縁を迫れば、ストーカー行為です(ストーカー規制法)。そういえば、10数年前のドラマ「101回目のプロポーズ」で、お見合いの相手である美人チェロ奏者の浅野温子に一目ぼれしたさえない中年サラリーマンの武田鉄矢が、プロポーズを断られても盲目的にアタックし続けるのは、今ならストーカーでしょう。
  このように法律は、個人や集団相互の対立による混乱や紛争を避けるための決まりや約束事であり、また混乱や紛争が生じてしまった場合の紛争解決のルールです。つまり法律は、コミュニケーション・ルールといえます。
  また,具体的事件で法律が適用される場面は紛争当事者間のコミュニケーション・プロセスです。例えば、離婚調停や裁判は、夫と妻が、弁護士や裁判官などの助けを借りながら、子どもの親権・養育費・慰謝料やそもそも離婚するかどうかについて、情報や意見・感情を共有していくコミュニケーション・プロセスです。
  ストーカー行為や傷害事件などに対する刑事裁判も、裁判の主要な登場人物は裁判官・検察官・被告人・弁護人となるという違いはありますが、傍聴人や陪審員を目前にして検察官と弁護人とが目撃証言やアリバイ・DNA鑑定といった証拠をめぐって攻防を展開するコミュニケーション・プロセスなのです。裁判員制度を実施しているいま、みなさんは否応なく法コミュニケーションと関わらざるをえないのです。

シャーロック・ホームズは,情報コミュニケーションの達人!

シャーロック・ホームズ

  「はじめまして,ワトスンさん。」ホームズは握手をすると,おもむろに「アフガニスタンから,お帰りになりましたね。」と,その卓抜した推理力で,初対面のワトスンを驚かせました。指の爪,服の袖,顔の表情,日に焼けた肌,ぎこちない動き…。それらすべてを手がかりに,ホームズは,ワトスンが熱帯地方から帰国したばかりの軍医であることを推理したのでした。(コナン・ドイル著『緋色の研究』)
  江戸川コナンであっても金田一少年であっても,名探偵は,無意味にもみえるデータの山から自分のフィルターを通して意味ある情報を選び出し,それを編集して,事件の真相という「知」へと体系化する情報コミュニケーションの達人です。
  ところで,何故,スーパーの買い物に使い捨てではない買物袋を用意することや、あるいはペットボトル,アルミ缶、ビン、トレイなどのリサイクルの取り組みが行われているのでしょうか? それは,リサイクルすることで、私たちの生産・消費活動によって発生するダイオキシンなどの化学物質やCO2の排出量を削減し、地球環境に及ぼす負荷を最小限に抑えると同時に、限りある天然資源を節約するためと考えられています。
  実は,このような環境保全のための方策は,環境に関するデータを市民や企業や専門家が共有し,相互のフィードバックを通じて編集し体系化した「知」によって生み出されたものです。社会全体を鳥瞰するとき,無秩序に存在する多量のデータを,人間相互間のフィードバックを通じて編集して,共通の「知」を生み出すプロセス,つまり情報コミュニケーションが,地球環境やそれ以外の領域においても社会的課題を解決する鍵となっているのです。

情報技術(IT)とコミュニケーション-コミュニケーションへの欲求が技術を進歩させます。

  情報技術の進歩によって、コンピュータやケータイなどの新しいコミュニケーション手段が増え続け、コミュニケーションの様子も以前とは変わってきています。単純に言えば、情報技術によってコミュニケーションが変わってきたというわけですが、そのような一方向だけの影響があるわけではありません。いくらすばらしい技術であっても、だれも必要としないのならばこれほど広まるはずはありません。情報技術は私たちのコミュニケーションのありように影響を及ぼすのですが、また私たちのそのようなコミュニケーションへの欲求が(もちろん、これだけではありませんが)、技術進歩を後押しする面もあるのです。このような情報技術とコミュニケーションの相互作用も現代社会の重要な一面です。

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