学校沿革
明治大学は、1881年(明治14年)明治法律学校として創立されたのがはじまりです。近代国家成立にあって法学普及が急務となった時代を背景に、前年にフランス留学から帰国した岸本辰雄と宮城浩蔵が矢代操を誘って、東京・有楽町の旧島原藩邸内跡に開校しました。本校は、1911年(明治44年)明治大学学長である岸本辰雄により創設され、翌1912年(明治45年)4月、旧制明治中学校として神田駿河台の明治大学構内で開校し、その後、1922年(大正11年)、猿楽町校地に新校舎を建設して移転しました。
初代校長は明治・大正・昭和の三代にわたって法曹界・政界・学界で活躍した法学博士、鵜澤総明(うざわふさあき)です。鵜澤は1946年(昭和21年)より極東国際軍事裁判の日本側弁護団長を務めましたが、教育界においては「天下の明治」の気概をもって、徹底した少数英才教育を貫きました。
戦後は、学制改革による1947年(昭和22年)の新制明治中学校、1948年(昭和23年)の新制明治高等学校の発足に伴い、推薦制度による大学までの一貫教育の方針を確立して、明治大学が設置する唯一の直系付属校として今日に至っています。
その後、校地が狭隘で、校舎の老朽化等により付属校の特性を活かした教育展開が困難な状況となっていたことから移転を検討していましたが、それに加えて、中学・高校の多感な時期に、女性と男性が互いの価値観を認め合いながら協力し合って生きていくことの意義を学ぶことがたいへん重要なことであるとして男女共学化を決定し、2008年(平成20年)4月、調布校地に移転しました。
明治19年 駿河台南甲賀町校舎
明治法律学校初期の講師と卒業生
関東大震災後に復興した記念館
明治40年頃の授業風景

