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大学史の散歩道 / 明治ですから!
映画「弁護士・布施辰治」の完成
明治大学史資料センター副所長 法学部教授 山泉 進
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 本年5月21日、明治大学の紫紺館でおこなわれた池田博穂監督のドキュメンタリー映画「弁護士・布施辰治」の試写を見た。布施辰治の生誕130年を記念して企画されたものであり、製作委員会の代表には、元日本弁護士会会長の阿部三郎氏が就任し、石巻市や大韓弁護士協会が後援、本学からも納谷学長や向殿校友会長などが製作に協力している。恥ずかしながら、私も何秒かではあるが、布施が明治大学で学んだものについてのコメンテーターとして画面に登場している。

 布施辰治は、2000年(平成12)年韓国MBSテレビで放映された「発掘!日本人シンドラー布施辰治」によって韓国において知られるようになり、2004年には、韓国政府(盧武鉉大統領)から日本人としては初めて建国勲章を授与された。明治大学法学部(土屋恵一郎学部長)ではこれを記念して、翌年、建国勲章受章記念シンポジウム「布施辰治・自由と人権」をリバティホールで開催した。今年は、「韓国併合百年」の年にあたり、日韓両国において歴史的検証がおこなわれているが、本作品においても、韓国ロケで撮られた3・1独立宣言後における独立運動事件、あるいは1923年の関東大震災時における朝鮮人虐殺事件、朴烈・金子ふみ子事件、戦後の「どぶろく事件」など、布施が弁護したいくつかの韓国・朝鮮人にたいする裁判シーンが再現されている。

 布施は、1880(明治13)年11月13日、宮城県牡鹿郡蛇田村(現・石巻市)の農家に生まれた。1899(明治32)年9月、明治法律学校に入学、3年間勉強して1902年7月に卒業、その年の11月判検事登用試験に合格し、司法官試補として宇都宮地方裁判所に赴任した。布施が卒業した翌年の1903(明治36)年、明治法律学校は明治大学と改称した。

 試補の時代、検事代理としてある心中事件を担当した。酒に溺れ、妾を家に連れこんだ男の妻が、心中を考え3人の子どもを井戸に投げ込み自らも身を投げた。ところが、井戸に水が少なかったため3人の子どもは助かり、母親は殺人未遂で裁判に付された。布施は、悪いのは夫であり、妻には罪はないと考えたが、当時の刑法では情状を酌量しても9年以下の懲役にはならなかった。布施は、国家の役人でいることを拒否して辞職の道を選んだ。その後の人権派弁護士としての活躍については、孫にあたる大石進氏が本年春に刊行した『弁護士・布施辰治』(西田書店)に詳しい。さらに深く知りたい人は、資料センターが監修した『布施辰治著作集』(全16巻・別巻1)を参照していただきたい。

 来年、明治大学は創立130年を迎える。布施は、その創立に先立つことわずか2か月前に生まれていて、1953年に亡くなるまで、73年の人生を、つまり明治大学のほぼ半分の歴史を生きたということになる。「権利自由」「独立自治」を謳い、現在では「個を強くする大学」をキャッチフレーズとする明治大学卒業生の代表的人物として、布施辰治の生き方を知るために、是非、映画を見ていただきたい。





M-style No.036(2010年7月10日発行)『大学史の散歩道』より

※9月より本格的全国上映開始
詳細はホームページにてご確認ください。


M-style036
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