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【理工学部】高見澤客員教授 最終講義 「私の住んだ街−荻窪・下高井戸・久我山・玉川学園−」ご案内

タイトル:「私の住んだ街−荻窪・下高井戸・久我山・玉川学園−」
講 師:高見澤邦郎(明治大学客員教授・首都大学東京名誉教授)
日 時:2010年12月14日(火)p.m.7:00〜p.m.8:45(6:45開場)
会 場:明治大学駿河台キャンパス
    大学会館3階会議室(JR御茶ノ水下車・山の上ホテルに右折する信号手前の角)
ポスターはこちら
主 催:明治大学理工学部建築学科        
参加費:無料(申込不要)
問い合わせ先:明治大学建築学科都市計画研究室 担当:高岡哲之(044-934-7390)
      
【高見澤教授からのご案内】
 人は学生(がくしょう)期を経て家住期を迎えると、ヒンドゥーの四住期は教えます。ぼくはその家住期を<都市計画>で暮らし、ほぼ終えようとしています。数代前からの東京住まいなので、住宅にはそう困らなかった幸せを噛みしめつつ思い返せば、住んだ4ヶ所はいずれも都市計画研究の題材になる場所でした。今回が明大での最終講義になるので、少々気恥ずかしいですが「住んだ街」を語りたいと思います。
 最初の東荻町は大正末から昭和初めの井荻町土地区画整理事業地区でした。「土の人」とも呼ぶべき町長・内田秀五郎に率いられた、戦前期においては最大規模の事業です。その後高校の頃下高井戸に引っ越しました。田畑の多い場所でしたが今思えば緑地地域内。戦後都市計画の敗退の象徴的制度の街。次いで久我山で新婚時代を過ごしますが、ここは市街地建築物法による指定建築線の街、まあ今で言えば地区計画の一種か。そして既に40年も住んだ町田市玉川学園へ。教育者かつデベロッパーの小原國芳が昭和の初期に、丘陵をシャベルと畚(もっこ)で、耕地整理という方法を用いて開発した街。さて限られた時間ですので学問的とはいきませんが、我が住み来たる履歴を気楽に聞いてください。

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