「明治大学広報」
 
第547号(2004年11月1日発行)
◆特別企画 北野武氏座談会(続) −「粋」に生きていこう−

 本紙前号に続き、9月7日に行われた特別卒業認定証・特別功労賞贈呈式後の北野武氏と長吉泉理事長、納谷廣美総長兼学長との座談会の模様を紹介する。司会は渡辺宜嗣氏(テレビ朝日アナウンサー)。

○渡辺 たけしさんが明治大学にいたということをいつごろ知りました?

○長吉 私はそんなに前ではありませんね。テレビの画面を見ているときに、家内から「明治大学の出身ですよ」と言われて、そうかとを思ったくらいですね。もともと私は大学にずっといたわけではありませんから。

○納谷 私は20年じゃきかないかもしれません。実は、前学長の時代から、たけしさんに1回講演か何かしてもらおうかと、企画があったこともあるんです。なかなか難しいのではということで、話が途中で終わってしまったのですが、今回は、そのときの思いを遂げたといいますか…。

○渡辺 それでは、なおさらお母さんと歴史的和解という話はうれしいですね。

○納谷 ええ。たけしさんがあのような気持ちになられて、特別卒業認定証を受け取っていただいたというのは予想外でした。うれしかったですね。

○長吉 私も、『HANA―BI』を3回ビデオで見たんですが、アッと思うようなシーンがあるかと思うと、大変に心遣いのあるシーンもあって。例えば、病院に入って行くところで、邪魔になるような子どもの3輪車をちょっと隅のほうに避けて入った。そこに心遣いみたいなものがね。あれはお父さんやお母さんの影響なんでしょう。非常に強烈な殺しがあるかと思うと、そういう心遣いがあるとホッとしますね。

○納谷 ああいうシーンがいくつか間々に入ってくるところがね。

○長吉 出てくる挿入画ですが、あれはご自分で描かれたようですけど、あれだけ素晴らしいものをいつ描かれるんですか。あれもやはり数学的な幾何学的なものですか。

○北野 絵は、我々は平面的な絵しか描けないけど、どの位置にこの花を描いたらいいかというのは、意外に、計算式どおりにいつの間にかやっちゃうんです。好き勝手なところに描けと言われて、ここが一番心地いいところなんだけど、それを計算すると、やはり当たっていたりするんです。
 絵を描いたのは、事故で右の脳を打ったから、右の脳を刺激したということは芸術的な何かが出てこないかと思って。ゴッホの『ひまわり』のコピーをつくったら、まるっきりダメで、才能ないなと思った。これは表面的な絵は、油絵はダメなんだと思って、遊んでいたんですよ。そしたらわりと…。いい歳して子どもみたいに描ける瞬間が、恥ずかしくなければですね。
 自分の歳とかを考えて、うまい絵を描こうとすると絶対うまい絵じゃないから、誰も見てないことにして、自分で一生懸命描く絵といったら、たいてい子どもの絵になりますよ。それがパッといいのものができちゃうときがある。恥をかきたくないからいい絵を描こうとする。映画もみんなそうだけど、正直にやっちゃえ、これしかないんだとやったほうが勝ちですね。

○長吉 きれいなんですよね。ホッとするようなね。

○渡辺 さきほどの話に戻りますと、明治大学が学生運動華やかなりしころ、ロックアウトで、たけしさんは学校へ来られなくなった。このことがなければ、卒業してレーシングカー、F1のエンジンをつくることが理想で、どこか自動車会社とかに就職なさっていた。そうすると、今のたけしさんは生まれてないわけですよね。この不可思議はどう受けとめますか。

○北野 オレはあまり運命論者じゃないけども、結果論だからね。基本的には、理学とか研究が相変わらず好きで、本屋へ行くと買うのはそんな本ばかりだね。歴史の本は普通に読むとつまらないので、オックスフォードの出している中学生用の教科書のヨーロッパ史なんかを辞書で調べながら読む。アメリカの小学生のちょっと後の数学の本を買うと、ジョンと何々がリンゴをいくつ買いましたって英語で書いてあるわけ。問題がわかれば答えなんかすぐわかるんだけど、それが面白いというか。あと、ルートとか2乗とかは相変わらず面白い。

○渡辺 理事長、総長兼学長は、おそらくはじめてお会いになりますよね。どんな印象をお持ちですか。

○納谷 私たちは、テレビで見ているたけしさんですからね。

○北野 明治大学図書館に寄贈する『Art of film director』というイギリスの本が出たんです。キューブリック、チャップリン、スコセッシ、黒澤明、オレと、ジョン・ヒューストンとか映画監督の特集で、10人ぐらいが描いた絵の中にオレの名前が入っているので感動したんですよ。その本を…。

○渡辺 特別卒業認定の返礼として、その本を大学の蔵書にということですね。
○納谷 ありがとうございます。黒澤監督から(これからの日本映画を)託されていたという話も聞いていましたし。

○渡辺 理事長もはじめてですよね。

○長吉 ええ、はじめてお目にかかります。こんなにざっくばらんにお話ができるとは思いませんでした。かなり緊張するだろうなと思っていたんですけど、やはり同窓というのでしょうか。私などもいろんなところに行って偶然に明治大学の卒業生と会うと、会った途端に昔から仲良かったという感じになります。今回はそんなことではないだろうと思っていましたが、いろいろお話をして、やはり同窓だなと。

○渡辺 明治大学のイメージというと、野球の島岡監督、ラグビーの北島監督が、我々の世代も頭に浮かびますよね。それは、ここにある紫紺の旗といい、歴史と伝統の中にある明治のイメージなんですね。映画監督として、明治大学のこれからに何か参考になるようなイメージはありますか。21世紀の現在以降の明治大学というか。

○北野 歴史というものは、急に手を入れるとすごく下品なものになってしまう。明治はやはり、早稲田でもないし慶応でもない。法政でもない。そのへんが明治の何と言うか…。

○渡辺 最近、大学のそれぞれのカラーがあまり鮮明じゃなくなっていると、私なんか思うのですが、そのへんはどうですか。

○長吉 確かにそれはありますね。ありますけど、さきほど、アテネ五輪で銀メダルを取った泉浩君が挨拶に来てくれたんですが、彼の場合も、会ってみると非常に親しみを感じますね。明治のひとつのカラーというか、蛮カラみたいなものは時代とともになくなってきているけれども、やっぱり血が通っているなぁと感じる。国立出の人たちに聞くと、同窓の親しさというのを感じないそうです。ところが、何で明治は、たった4年しか在学しないのに、会った途端にそんなになるの? という、そういうものを感じますね。

○渡辺 テレビ朝日に似ているかもしれない。他局のようにあか抜けてないんですよ。どちらかというと質実剛健というと変ですけど、竹槍式なパターンが多いんですよ。だけど人はいいとよく言いますね。

○納谷 たけしさんのお母さんとの「和解」の話がありましたが、でもたけしさんは、お母さんのことをすごく大切にしていますよね。そういう苦しみというか、人の生き方というか、ギリギリのところをきた仲間が、この明治に来ているんじゃないかなと。だから、変に語るよりも、人間としてギリギリのところを生きていく情のようなものがありますよね。それを身にしみて理解している人が多いから、自分たちの生き方のようなものを、腹を割って話せるし、じゃあ仲間としてオレたちこういうふうにやろうということもあるでしょうし。自分の生き方に自信というか、これが自分だということを持っていますから、既存の制度は多少変わっても、自分たちはこうやって行けると。
 さきほどの映画の話の中で思ったんですけど、たけしさんは、今までのつくり方と違う、独創的なところがありますよね。そのへんがおそらく、明治の伝統的な生き方ではないかなという感じがします。個性だと思いますね。やはり個性を出すということ、それに自信をもって取り組んでいくというのが、明治らしいなと思いました。

○渡辺 それとハートフルですよね。

○納谷 そうですね。そういうところが映画にも出ていたりするので、どこの分野でも共通のものを持っているんだなという感じがしますね。

○長吉 ありますよね。私は、明治大学を卒業してからずっと、会計監査専門の仕事を10年前までやってきましたが、どの会社に行っても、まず明治大学出身者の悪口を言う人いませんね。明治の良さというか、野暮ったさというか、靴を減らすことに対して全くいとわないんです。ですから、いい格好するのではなく、意気に燃えてつまらないことを引き受けちゃって、それで靴を減らして、縁の下の力持ち。そういうところがあるんでしょう。だから評価が高いんですよ。企業の評価というのはすごく高いですよ。私が明治だからということで言ってくれているのかもしれませんが、まずその点はひとつの伝統じゃないでしょうか。早稲田と違う、慶応と違う、べつに気取らないし、野暮ったいけど、信頼してもらえるというような。

○北野 (校旗を指して)明治の色、大好きだな。色的には高貴な色だけどね。ラグビーのジャージもすごく好きですしね。学生のショップでも明治カラーを出すとか、そういうところにも気を遣ったほうがいいと思う。明治の野球部は、この色がかなり入って明治だし。そのうちトレーナーでも何でも統一していくと、明治のあのカラーのものを着たいという…。昔、女子校の生徒がいないところは、みんなスカートをタータンチェックにして、あの制服が着たいからというのがあったしね。明治も大学の色を前面に出して、運動もしっかりしてもらったら、けっこう喜びだねぇ。

○長吉 映像を拝見していますと、全体的にブルーをずっと出されている、あの明るい色というのは、どういう発想からなんですか。非常にきれいな色ですね。

○北野 日本はビルを映すと、外国から見れば、香港だか、中国だか、マレーシアだか、どこの街だからわからないんですよね。単なるアジアだから。それでネオンがすごく邪魔なんで、なるべくビルのないところに逃げちゃうんですよ。そうするとグレーのトタンみたいな工場街になっちゃうんですけど、それをなるべくグレーじゃなくてブルーに近いグレーにして、空とかモノトーンの感じで、実はカラーなんだけどモノトーンという感じで、ちょっと逃げているところがあるんですよ。東京はヨーロッパと違って街に統一性がないので、通りがどこの街だかわからないんですよ。だからあまり街の中を撮りたくない。

○渡辺 座談会もそろそろエンディングが近づいてきました。たけしさんから学生の皆さんに、若者の皆さんに、一言メッセージをいただければと思います。

○北野 明治は明治らしくと言うんだけど、明治らしくというのは、基本的には人が言ってくれること。自分がその学校の中でいかに明治らしくやろうかということではなくて、自分たちにはいろんな義務も権利もあるけれども、自由な発想の中で一生懸命、自分なりに学んだり遊んだりすることで、結果的に周りから、明治カラーというか、明治の学生らしいなというように言われてほしい。無理しなくていいから。基本的には伝統とか、先輩・後輩、教授の皆さんに相対する礼儀とか言わないけれども、自分がいちばん好きなのは「粋」。人間関係は粋じゃない人は嫌いで、お酒を飲んでも粋な人がいいし、何でも粋な感じ。「粋さ」というのが、常識をわきまえた形のもうひとつ上のステップの生き方だと思うので、粋に生きてください。

○渡辺 ありがとうございました。―了―
 
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