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本棚 「書物奇縁」 久松健一 著 (日本古書通信社、1,200円)



院生時代、オリベッティーのタイプライターに膝を打ちつけて入院した著者。釘付けのベッドで必死の形相で古書目録に印をつける老古書店主と同室になる。退院際、これを読んでみろと、その目録を渡される。数年後、神田の古書店で偶然にフランスの短編作家マルセル・シュウォッブの蔵書目録を手にし、老人がつけた印が蔵書と一致していることを知る。そればかりか、老人が作家の肖像と尋常の範囲を超えて近似していることに慄然とする。冒頭の一編「書物奇縁」で、いきなり夢と現の危うい境界に連れ込まれる。

書籍小包を届ける配達員に郵便受けが小さいと苦情を言われ、傾いた床を乾電池が転がる。書物と人を巡る数奇な出会いに耽溺する著者の漁書は止まることがない。そうした日々の曰くいい難き心情を綴った味わい深い雑文集である。反面教師だった小学校担任への思いや師丸山圭三郎へのオマージュから、教員たる自己を問う後書き「ゆくりなくも『師』半世紀」の潔さは特に感銘深い。ケルムスコット・プレスの雰囲気を漂わせる清楚な装幀が快い。

飯澤文夫・大学史資料センター研究調査員、元職員

(著者は商学部准教授)