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本棚 『日本語の古典』 山口 仲美 著(岩波書店、800円)



『源氏物語』の本質を新書版8ページにまとめあげるなどということが可能なのだろうか。計算されつくした比喩、擬音語や擬態語の使い方で登場人物たちが互いにくっきりと際立たせられる書き方に目をつけることで、その至難の芸当が成しとげられる現場を読者は目のあたりにする。逆に西鶴の『好色一代男』はそうやって細かい描写にこだわるとピンとこない。そんなことにこだわらず、「横滑りの文章」に身をまかせると実に面白い。作品の横滑りな世界観・社会観にぴったりマッチした文章ということで、これはこれなりの見事な工夫なのだ。とかとかあえて陳腐ながら目から鱗の連続だ。

『古事記』から『春色梅児誉美』まで30作の日本文学の代表的古典を時代順に論じる。コロンブスの卵的な語法・文体の発見ひとつを突破口に、大論文に匹敵する内容を各々8ページほどの紙幅に盛る名人芸はアウエルバッハやレオ・シュピッツァーの文体分析批評の日本版の感あり。リーダブルでサーヴィス旺盛な語り口にだまされてはいけない。この著者にのみ可能な名人芸なのだ。

高山宏・国際日本学部教授(著者も国際日本学部教授)