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本棚『宗教的心性と法 イングランド中世の農村と歳市』加藤 哲実 著(国際書院、5,600円)



「神の一ペニー」という契約習慣をこの本で知った。中世において債務を負った者は一ペニーを払って、債務の支払い義務を神への約束とする。この一ペニーの宗教的意味が契約を拘束している。神への手付け金になる。これだけでもこの本はおもしろい。

著者は中世イングランドの村法や荘園裁判所記録を渉猟して、地方に存在した「生ける法」としての慣習法の機能を明らかにして、慈善と贈与による村民相互の互助的共同体の姿を示す。貧困と老齢、寡婦といった状況にあるものを、中世イングランドの村がどのように救済したのかを、宗教的感情とつないで、実に鮮明に描いている。

とりわけて興味深いのは、セント・アイヴズという、ケンブリッジにほど近い地方都市でのマーケット・歳市にかかわる裁判記録を通して、裁判での証言や証人、契約のうちに教区を中心にした宗教共同体がかかわる姿を豁然と描いていることである。近年、進展著しい地方史研究による中世ヨーロッパ理解への明らかな貢献である。

土屋恵一郎・法学部教授(著者も法学部教授)