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「坂東玉三郎 演じるということ」開催 文学部・齋藤孝教授と対談

演じることについて真剣な表情で語る玉三郎さん 齋藤教授との対談はユーモアが散りばめられ、会場では笑いが絶えなかった

歌舞伎界を代表する女形で人間国宝の坂東玉三郎さんを招いたリバティアカデミーオープン講座「演じるということ」が、6月7日、駿河台キャンパス・アカデミーホールで開かれた。会場は学生やリバティアカデミー受講生ら約1100人で埋め尽くされ、来場者は1時間半にわたって、玉三郎さんの演技論や文学部・齋藤孝教授との対談を堪能した。

冒頭に、玉三郎さんが「演じるということ」について約20分間講演。自身は幼い頃から本能的に演じ、理論は後から付けたものと前置きしながらも、演じるということについて「自分ではない他人になり、その中で自分自身の本当の感情を確認していく作業。また、実際そこに喜怒哀楽の無いところに感情や台詞を乗せ、感情を再生していくことでもある。そして、その感情に見合う的確な形にはめていくこと」などと説明。その上で、人間は五感で感受し、理解(浸透)してから反応するというプロセスを踏むが、特に近代は反応ばかりを教え、理解・浸透することが省かれた時代だったと指摘。「台本を読み込み、作者の送ってきた人生をよく知り、そして作品に即した『感受・浸透・反応』の3つのプロセスを繰り返していく。これを繋げる作業を繰り返し、一つの役になっていく」と話した。

続いて行われた齋藤教授との対談では、演じる際の考え方などについて語り、「外側から自分を見る意識が大切。世阿弥のいう『離見の見』。どんなに取り乱したり、生死の境をさまようような役であっても、観ている方に『なんと、心地よいんだろう』と思わせる姿でなければ演劇として成り立たない」とし、「こうした演技をすることによって演じている者も観ている方も浄化されていく。歌舞伎座という場所は、このような人の歓びや汚い感情、色々な人がうごめいている中で流れている聖なる河のような存在」と語った。

続いて、齋藤教授が玉三郎さんの舞台を観に行った際の劇場の様子を紹介し、「玉三郎さんの舞台では、目に見えない強い意識の線が張られているのを感じた」と感想を話すと、玉三郎さんは「実はそれが一番大事。感情や気、形が十分に満ちて無意識の境地に達したとき、遥か遠くまで感情の線が発せられる」と応じた。

その後、観客も一緒に、『京鹿子娘道成寺』の一節を手振りも入れながら練習。来場者は、舞台上での玉三郎さんの実演をお手本にしながら台詞を唱えたり、手振りを加えたりしながら、演じることの難しさを体験した。

1時間半に及んだ講演の最後、玉三郎さんは学生へのメッセージを述べ、「本物の良いものに出会ってほしい。そのために、できるだけ多くを見、できるだけ多くの人に会ってほしい。インターネット時代の中にあっても『実際』が大事で、口伝えで物を教わることが重要」と会場の学生たちに語りかけた。

講演を聞いた文学部3年の稲永亮さんは「一流って違うんだな、ということを実感した講座だった。演じることをテーマにした講座だったが、教員志望の自分にも役立つような話がたくさん聞けて、とても貴重な機会だった」と興奮した様子で話していた。