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本棚『オペラは脚本から』辻 昌宏 著(明治大学出版会、2800円+税)



スリリングな本である。タイトルが意外だ。総合芸術といわれるオペラだが、まずは耳目に快楽で、歌詞が理解できなくても翻訳でも観客はある程度満足する。そんなオペラの「脚本」を中心に論じるということで、『オペラを脚本から』なら納得がいくが、著者はいささか強引に『オペラは脚本から』というタイトルを選んだ。何故脚本?という疑問に答えていく謎解きに、別の謎解きが加わる。オペラの変遷が遡求的に解明される。現代の観客がさほど違和感を持たないプッチーニの作品から、ヴェルディ、ドニゼッティ、ロッシーニ、モーツァルト、モンテヴェルディ、と時代を逆行して、著者は現代からの違和の理由を詳らかにする。謎解き道具はマニュスクリプト研究に基づいた厳密な詩行の押韻・音節分析と歴史文化的な知識。詩研究者としての著者の分析は確実である。だが、オペラ周辺の人々の人間的エピソードも散りばめられたこの本の魅力は、硬い学術書にも柔らかな文化書にも流れず、オペラ快楽の根源の未開領域に迫るスリルだ。

虎岩直子・政治経済学部教授(著者は経営学部教授)