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本棚『〈志賀直哉〉の軌跡 メディアにおける作家表象』永井 善久 著(森話社、2,600円+税)



白樺派を代表する作家のひとりであり、大正・昭和期の文壇で高く評価されて〈小説の神様〉とまで呼ばれた志賀直哉。著者は、その志賀直哉の文学に新たな方法で光を当てた。それは「文化記号としての〈志賀直哉〉」を分析するという方法である。

「文化記号としての〈志賀直哉〉」という切り口によって見えてくるのは、志賀直哉という作家が、本人の思惑を超えて、また時には実際の作品とは無関係に、イメージとして受容された状況である。志賀直哉は、当時の歴史的・文化的状況の中で、あたかも多様な意味を生み出す「記号」のように存在していたのだった。

志賀直哉というイメージは、骨董・古美術に連なるものとして、ときには、講談というジャンルに接近しつつ、またときには、映画というメディアに入れ込んで失敗した“不肖の弟”志賀直三の影を帯びながら、究極の「商品」となった。その背景には、都市文化を享受する新中間層が現れ、出版業界の発展によって円本という安価な書物が流通した時代がある。重層的な文化状況を描き出し、文化の中に文学を位置付けた刺激的な著者。

生方智子・文学部准教授(著者は商学部准教授)