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本棚「漆学—植生、文化から有機化学まで」宮腰 哲雄 著(明治大学出版会、2,500円+税)



本書は「漆とは何か」、という素朴な問いかけにはじまり、その正体を解明するために、植物学、有機化学の手法から分析を加え、さらに人類の歴史の中で、資源としての多様な利用形態を解明するという、総合的な漆学入門書である。

日本における最古の漆は12000年ほど前のもので、福井県鳥浜貝塚から1本の枝が発見されている。樹液を利用した遺物は9000年ほど前の発見があるから、漆の利用技術は日本の基層文化の1つとも言える。

著者の専門は有機化学である。漆成分を科学的に解明する手法として考案された熱分解GC/MSの手法は、今日では漆の分析の最先端技術として評価され、各方面に普及しつつある。本書では化学分析を駆使して漆文化の過去を見つめ、終章では次世代資源としての漆の未来が語られる。これほど多面的に漆を見つめた書籍は類を見ない。そして著者は漆の総合科学としての「漆学」を唱道する。科学という台地に漆の種が確かに芽吹いたのである。学際の世界に生きる研究者ならではの一書である。

阿部芳郎・文学部教授
(著者は元理工学部教授)