Go Forward

これで駄目なら——社会性とメンタル・タフネスをつける

副学長(学務担当) 越川 芳明

蛇や蝉など、ある種の動物には「脱皮」という目に見える成長過程がある。抜け殻を残して次のステージへと進む。一方、人間の子どもの場合、そうした過程を経ないで肉体的な成長を遂げてしまう。だが、大学を卒業して社会に出ていくと、いきなり精神的な逞しさ(メンタル・タフネス)を要求されるようになる。だから、大学は学生たちに、正課授業以外にいろいろな「抜け殻」を経験させてあげなければならない。

最近、『これで駄目なら』(飛鳥新社刊)という、面白いタイトルの講演集を読んだ。著者は、アメリカの人気作家カート・ヴォネガット(2007年没)。いくつもの大学の卒業式に招かれて、来賓として記念講演をおこなった。ヴォネガット自身はコーネル大学で生化学を、シカゴ大学大学院で人類学を学んでいる。だが、大学時代に徴兵に取られてヨーロッパに向かい、捕虜として収容されていたドレスデンで、味方である連合軍の空爆に遭う。若い頃にこうした不条理な出来事に遭遇して、ヴォネガットの小説は、彼独特のアイロニーとブラックユーモアに彩られることになる。彼が出した結論は、人類は「不実で、信頼できず、嘘つきで、貪欲な動物なのだ」というものだった。

ヴォネガットが大学を巣立つ若者たちに贈ったアドバイスはこういうものだ。どんなに小さなことでも幸せを実感できる瞬間を大事にすること。さらに、この不条理な世の中で生きていくためには、趣味でも何でもいいから、20~30人規模の「家族」のような集団(コミュニティ)に帰属すべきだ、と。なぜならば、そうすることで癒しがたい「孤独」を回避でき、隣人たちからあれこれ適切な助言が得られるからだ。ヴォネガットいわく、「そういう助言をもらうのは、ノーベル賞をもらうくらいに難しい」。

さて、本学の、私が担当している学生支援部もまた、学生たちにしっかりと基礎的な社会性とメンタル・タフネスをつけてもらおうと、いろいろな「抜け殻」体験を用意している。

たとえば、学生参加型の体験として「M-Naviプログラム」と呼ばれているものがある。2007年から2010年にかけて文部科学省学生支援GPに採択され、その後、大学独自の取り組みとして継続しているプログラムである。授業で身につける「学力」や「専門的知識」をうまく活用しつつ、「社会性」を養うためのもので、芸術・舞台鑑賞、先端技術や日本文化に触れる機会、スポーツ観戦など、企画や運営を教職員と学生で「恊働」でおこない、年間で20件ほど実施している。

また、ボランティアセンターでは、各キャンパスの特徴を生かした地域との連携、学生たち自身の自発的なボランティア活動に対する支援をおこなっている。もちろん、大学自身もボランティアに取り組まねばならない。最近では、熊本・大分震災の被災地への積極的な支援を計画中である。土屋学長も6月初旬に熊本を訪問し、熊本の校友会の方たちと恊働で益城町の中学校への支援に、大学として取り組むことを公表している。ボランティアは人のためにやるのではない。結局のところ、それはボランティアをする者のアイデンティティ(自分らしさ)の根っこを形づくるものであり、「脱皮」の過程と同様に、その人(そして大学)の「個」を強くしてくれるのである。

(文学部教授)