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本棚「『失われた時を求めて』と女性たち—サロン・芸術・セクシュアリティ—」吉川 佳英子 著(彩流社、4,000円+税)



マルセル・プルースト(1871~1922)の代表作『失われた時を求めて』(1913~1927)は、作者が「まるでもう一つの作品を書いたかのように」校正刷まで徹底的に手を入れていたことからして、とりあえず「完」の文字は書かれていても、さらに修正加筆される可能性が残されたまま作者の死によって途絶した作品である。今では全7篇からなる大長編小説ではあるが、第一次大戦等による遅延がなければ、3篇で終わっていた可能性もある。それだけに、草稿研究は作品の成立過程を考える上で欠かせない。吉川氏をはじめ、この分野での日本人研究者の活躍には瞠目すべきものがある。本書はそうした成立過程の研究から発して、『失われた時を求めて』に登場する女性たちを中心に据え、その文化的背景や時代状況を明らかにした意欲的な著作である。本書の構成はたくみで、専門家ならずとも面白く読める工夫が随所に施されている。読者はプルーストの時代と作品にしばし思いを馳せて、慌ただしい日常を忘れることだろう。

髙遠弘美・商学部教授(著者は法学部兼任講師)