駿風

昨年夏の反安保法案運動の高揚は、まだ記憶に新しい。8月30日には、主催者発表で12万人の人波が国会を取り囲んだ。この一連の運動に対する評価は、人によってさまざまだろう。ただ、特に3.11以後、日本社会が、よく言われる表現では「デモのある社会」、政治社会学者S・タローらの用語によれば「社会運動社会」へ向けて変化してきたという仮説は、個別の運動への賛否を超えて、まじめな検証に値するのではなかろうか。

このような全体社会の変化への大学の対応ということになると、見解の相違はさらに大きいようにみえる。「政治の動揺」の余波が「学問の府」にまで及ぶことをよしとしない向きもあろう。ただ、そのような「抑圧的な政治的中立性」が、改正された選挙法の下、国籍等の条件により該当しない者を除き、多くが有権者となった本学学生の政治や社会に対する関心まで萎縮させることにつながってしまうとしたら、はたしてどうだろうか。変わる社会の中、若者に対する主権者教育の必要性とも関連しつつ、真理と学問を追求する場である大学に、真の「価値自由」とは何かという古くて新しい問いが突きつけられているような気がしてならない。

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