本棚「サミュエル・ベケットと批評の遠近法」井上 善幸・近藤 耕人 編著(未知谷、6,000円+税)



永遠に訪れない「ゴドー」を創出した作家は、不可視を視ることを望んだ。それは解体された言語、未聞の音楽、終わりなき死、そして無でもあっただろう。ただベケットの魅力は、そこにとどまりはしない。運動としてのその眼差しは、乱反射し、疾走する。

四半世紀以上に渡り、世界のベケット研究の先頭集団に加わってきた井上善幸氏と近藤耕人氏。本書において彼らは、論文を寄せるだけにとどまらず編者という役割も負い、戦後のベケット研究の精華を教えてくれる。バタイユの『モロイ』論から、21世紀の最前線まで、内外20本のエッセイが論じるのは、捏造された回想、悪夢としての戦争、イマージュ批判、算術的眼差し、疑似カップル、泥の言語、等々である。この奥行きと深さを備えたラインナップの選択は、両編者の透徹した目なしには不可能だっただろう。

ベケットの運動する多層性に耽溺するのに、これ以上の本はない。個々の論考の緻密さ、大胆さ、蓄積された研究の厚み、幅広さ、最前線の緊張感、そして編者の慧眼……。それにしても、このベケットという巨人は、「はて、だれだ?」

清岡 智比古・理工学部教授(編著者は順に理工学部教授、明治大学名誉教授)

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