Go Forward

論壇「世界を知り、己を創る 人生を決める頭脳のラスト3インチ」

理事 青柳 勝栄

今日大学が直面している最大の課題はインターネットに端を発したDigital Transformation(デジタル変革)である。デジタル技術を活用した計画的、創発的な変革である。人の振る舞いや考えに関するデータを収集して、思考の変化を探知し、適切な情報やサービスを提供することで各人に応じた価値を創出する。それはソーシャル・ビッグ・データとして、教育マーケティング、金融・投資、自動運転、医療サービス、交通サービスなどあらゆるものに活用され、すべての研究はデータサイエンス化される。

数百年に一度、際立った転換が起こる社会は、世界観や価値観、社会構造、政治構造、さらには技術と芸術を変え、やがて新しい世界が生まれる。我々は今、まさにそのような転換の真っ只中にある。こうした状況下において、社会全体のリテラシーやアウェアネス向上のため、全学的教養教育の実施、国家レベルの人材育成プロジェクト、MOOCなどのオンライン教材の整備が進められ、全世界的な波及効果が期待されている。

1972年、私は仕事の関係で訪れていたシリコンバレーで“インターネットの父”と呼ばれるUCLAのレナード・クラインロック教授から、開発の真っ盛りだったインターネットの技術と将来性について説明を受けたことがあった。当時の日本社会は縦割りの階層社会で、インターネットのように全員が同時に共有できるようなものは売れないと大議論になったが、最後は彼の説得でインターネットの思想を受け入れた。正に坂本龍馬が開国派の勝海舟から世界の潮流、開国の重要な歴史観を受け入れた心境だった。今では彼とはデジタル変革の同志である。

このような変化は社会に大きな影響を及ぼす。2016年のイギリスのEU離脱を問う国民投票、2016年アメリカ大統領選挙のように、政策の詳細や客観的な事実より個人的信条や感情へのアピールが重視され世論が形成されていき、それがFake NewsやAlternative Fact等の情報社会の混迷を起こし社会不安となる。しからばどうするか? それこそが大学の教育であり教養である。繊細な観察から日常見過ごしている「あっ」という気づき、「文学的感性」からその背後にある真善美の根拠を考え抜き(哲学的思考)、起承転結の物語(歴史的流れ)のなかで適時の判断と行為を起こす状況認識能力が必要である。

これは自らの生き方に照らし特殊(個別)のなかの普遍(本質)を見る教養能力である。こうした感覚・直観を磨くためには広く世界に飛び出し、多くの達人と接し、万巻の書を読むなど、高質の経験によって得ることができる。また、人間観や世界観などの大局観が欠かせない。物事を探求しようとする根源的な心、自発的な調査・研究、学習といった知的な活動となる感情・好奇心・疑問力、それこそが考える力“個性”である。

知性は専門特化し孤立した状態ではなく、相互関係の中で創られる、それが直観である。正に世界を知り己を創る。頭脳のラスト3インチなのである。喜怒哀楽に裏打ちされた「高質の経験」によって形成された豊かで深い「知の生態系」が、我々に鋭い洞察力を与えてくれる。高等教育は無能ではなく、その社会的な使命や役割を見直さなければならない知的な刺激を与えることである。これこそが将来のサイバー社会への最も大切な羅針盤となる。