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本棚『感染症と法の社会史 —病がつくる社会』西迫 大祐著 新曜社、3,600円+税



本書は、18世紀から19世紀の都市パリを中心に、ペストやコレラなどの感染症と予防について、医療と都市統治の二つの観点から検討するものである。大都市で感染症への不安が生じ、それに対応して新しく生まれた衛生概念は、本来は健康保持、病気の予防・治癒を目指す考え方であったが、人々を管理する統治概念をも生み出した。その理由は、怠惰、汚い通り、罪、破滅などのイメージが感染症に加えられたからだ。著者は、感染症対策としての衛生思想がどのようにして生まれ、衛生的管理の統治技術として定着し、法に組み込まれたかを、確率や統計の手法も参照しながら丁寧に見きわめていく。感染症予防と道徳的非難が結び付き、感染症の予防規則の中から不浄なるものを排除する意志が消えることはなかったのだというのが結論である。翻って著者は、日本の感染症に関わる法の歴史を独自の視点から検討して、徹底した患者の収容、取り締まりの根拠となった、1931年「癩予防法」と1953年「らい予防法」にもこの結論は当てはまるのだと述べて、一気にわが国の法の歴史に反省を迫ってくる。本書はまさしく感染症の歴史に新たな1頁を加えるものである。

加藤 哲実・法学部教授
(著者は法学部助教)