Go Forward

論壇「予測できないことも予測する日本の科学技術政策」

総合数理学部長 荒川 薫

毎年、秋になるとノーベル賞のニュースが楽しみである。オリンピックもそうであるが、日本人の能力が世界で高く評価されるのは大変喜ばしい。特に、この10年くらいはほぼ毎年のように、日本人が自然科学の分野で受賞している。政府も科学技術の発展により、産業競争力を高め人々に幸せな生活をもたらすことを国の方針とし、1996年より科学技術基本計画を5年単位で策定している。ちょうど今は、第5期科学技術基本計画の真っただ中である。

その方針で気になるのが、効率性の重視策である。これは、研究開発に国民の税金を投与するからには、できるだけ少ない出費で最大限の成果を上げるようにしたいというものである。そこでは、重要な研究テーマを選定し、それに集中的に予算を投与する「選択と集中」が行われている。また、最大限の研究成果を得るために、計画を立て、PDCAサイクルを回すことになっている。

このような方策は、何を研究すべきか、目標が明確な場合は有効である。例えば、近年、科学技術分野で中国の台頭が目覚ましく、スーパーコンピュータや人工知能などで、飛躍的な成果を上げているが、これも中国政府が重要課題を選定してそこに多額の資金を投入し、計画を掲げて研究を推進したからと言える。

そこでノーベル賞の話に戻るが、実際にノーベル賞を受賞した研究者に、どのようにしてそのような素晴らしい大発見がなされたのかと質問すると、どうもこのような国を挙げての管理体制とは無縁な回答が多く見られる。今年ノーベル医学・生理学賞を受賞された本庶佑先生は、研究の原動力は好奇心で混沌の中から光を見つけるという挑戦を繰り返してこの大発見が得られたと述べている。2016年に受賞された大隅良典先生は、人と違うことをすることが重要で、何を行えば大発見になるかはだれも予測できないと述べている。さらに、2012年の山中伸弥先生も、大発見は、予想しないことが起こるところに現れると述べている。以上まとめると、いろいろ実験を行っているうちにだれも予想しなかったようなことが起きてそれがノーベル賞に繋がるということである。これに対し、今の我が国の科学技術政策のように「選択と集中」の方策をとると、一体何を行ったら予測できないことが起こるかを皆で一生懸命予測することが必要ということになる。

国の財政がひっ迫している中、何の役に立つかわからない研究費を削減すべきという声もあるが、やはり、日本が国際社会で尊敬される国になるには、効率だけではなく、研究者が自由に発想をめぐらすことができるための無駄も必要だと考える。