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プレスリリース

クエン酸回路の流れに著しく逆行する酵素の発見

2018年06月15日
明治大学

クエン酸回路の流れに著しく逆行する酵素の発見

要旨

明治大学大学院農学研究科の竹屋壮浩(博士前期課程2年)、小山内崇(専任講師)らのグループは、ラン藻のクエン酸回路注1の流れに著しく逆行する酵素の存在を明らかにしました。
生物は、外界から様々な物質を取り込み、それらをもとに生体内で化学反応を起こします。そして、生命を維持するために必要な様々な物質を合成します。これを代謝と呼びます。代謝経路は細胞の中で起きる連鎖的な化学反応であり、様々な物質が混ざり合う生体内において、化学反応を体系づけています。
代謝経路のなかで最も重要な経路の一つがクエン酸回路です。クエン酸回路は、生きるために必要なエネルギーを効率的に生み出します。この回路が回らなければ生きることのできない生物も存在します。クエン酸回路を構成する化合物のひとつに、コハク酸があります。コハク酸はバイオプラスチックの原料になることが知られており、重要な基幹物質の一つです。
ラン藻は、光合成を行う微生物です。同じ光合成を行う植物と比較して、増殖が速く、生物量の生産効率が非常に高いという試算があります。また、ゲノムサイズが小さく、遺伝子の組換えが容易に行えます。これらの特徴を応用して、ラン藻の光合成能を利用した二酸化炭素を原料とするバイオプラスチックの合成が行えます。このバイオプラスチック合成法は、環境負荷低減の技術として大きな注目を集めています。本研究グループは、ラン藻がクエン酸回路を駆動させて、コハク酸を細胞外に放出することを発見しました参1)。また、遺伝子を組替えたラン藻を作製し、コハク酸の増産にも成功しています参2, 3)。このようにラン藻の応用利用は盛んに行われている一方で、ラン藻のクエン酸回路を構成する酵素の基礎的特徴は分かっていませんでした。
今回、私たちはラン藻の中で最も広く研究されているシネコシスティス注2に着目しました。研究グループは、クエン酸回路の反応の一つである(オキサロ酢酸とリンゴ酸の相互変換)を触媒するリンゴ酸脱水素酵素(以下、MDH)を精製し、その特徴を調べました。その結果、オキサロ酢酸からリンゴ酸への変換の反応性が、リンゴ酸からオキサロ酢酸への変換の反応性に対して、著しく高いことが明らかになりました。この反応性の比は、他の微生物由来MDHと比較しても非常に高いものでした。また、シネコシスティス由来MDHにおいて、他の微生物由来MDHではほとんど観察されない活性化剤の存在が確認されました。この活性化剤の存在によって、シネコシスティス由来MDHのオキサロ酢酸からリンゴ酸への変換の反応性は、さらに高いものになりました。
また、研究は、JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCAおよびJSPS科研費新学術領域研究「新光合成」(領域代表基礎生物学研究所皆川純教授、計画班代表大阪大学清水浩教授)の一環として行われました。
本研究成果は2018年6月12日(英国時間)発行のスイス国際科学誌「Frontiers in Plant Science」(Frontiers Media S.A)に掲載されました。

※研究グループ
明治大学 農学部農芸化学科
 環境バイオテクノロジー研究室
  専任講師 小山内 崇(おさない たかし)
  博士前期課程2年 竹屋 壮浩(たけや まさひろ)
  博士前期課程1年 伊東 昇紀(いとう しょうき)
  研究補助員 鋤柄 春奈(すぎがら はるな)

1. 背景

現在、燃料油やプラスチックなどの化学製品は、石油から合成されています。しかし、石油資源の枯渇や地球温暖化などの問題から、石油にかわる資源やエネルギーが求められています。私たちは、新たな資源として光合成を行う微生物のラン藻に着目しています。ラン藻の光合成能を利用することで、二酸化炭素から様々な化合物を生産することが出来ます。それらの化合物の中には、バイオプラスチックやバイオ燃料などがあります。つまり、ラン藻を用いることで二酸化炭素から直接的に、様々な有用物質を合成することが出来ます。さらに、ラン藻は微生物であるため増殖がはやく、同じ光合成を行う植物と比較しても、非常に高い生物量の生産効率を示します。
私たちの研究グループは、ラン藻の中で最も研究されているシネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)を研究しています(図1)。私たちは以前の研究で、シネコシスティスがクエン酸回路を駆動させて、コハク酸を細胞外に放出することを発見しました注1)。コハク酸は、バイオプラスチックの原料として知られる化合物です。また、他の研究グループは、同様にラン藻のクエン酸回路を駆動させて、アミノ酸やバイオ燃料の原料となるエチレンの生産に成功しています。こうした有用物質をさらに増産させるためには、ラン藻の代謝経路を理解する必要があります。しかし、ラン藻のクエン酸回路を構成する酵素の特徴は、これまでにほとんど研究されていませんでした。そこで私たちは、ラン藻のクエン酸回路の反応の一つである(オキサロ酢酸とリンゴ酸の相互変換)を触媒するMDHを精製し、生化学的解析を行いました。

2. 研究手法と成果

研究グループは、Synechocystis sp. PCC 6803から精製したMDH(以後、SyMDH)の酵素活性を測定しました。オキサロ酢酸をリンゴ酸に変換する反応は、pH8.0、50℃で活性が最も高くなりました。リンゴ酸からオキサロ酢酸に変換する反応は、pH6.5、45℃で活性が最も高くなりました。SyMDH活性の至適pHは、反応の方向によって異なり、pHがSyMDHの反応の方向性を制御していると考えられます。また、SyMDH活性の至適温度は、他の常温微生物から精製されたMDHと比較すると高いものでした。SyMDHを65℃に加熱しても活性が50%以上保たれており、これまでに報告された常温性微生物由来MDHの中で、最も優れた熱安定性を示す酵素でした。
SyMDHのオキサロ酢酸およびリンゴ酸への反応性を測定しました。その結果、基質に対する親和性を示す指標であるKm値(Km値は低いほど基質への親和性が高いことを意味する)が、リンゴ酸では約2600 µM、オキサロ酢酸では12µMでした。クエン酸回路を構成する他の酵素は一般的に時計回りに反応が進みやすいのですが、SyMDHのKm値はオキサロ酢酸とリンゴ酸との間で約220倍異なり、SyMDHの反応が反時計回りに進みやすいことを示唆しました(図2)。このKm値の比は、他の微生物と比較しても顕著に高いものであり(図3)、SyMDHがクエン酸回路の流れに著しく逆行していることを示唆しました。
様々な代謝産物および金属イオンの存在下で、オキサロ酢酸からリンゴ酸への変換反応を触媒するSyMDHの酵素活性を測定しました。その結果、微生物から精製されたMDHにおいて、活性化剤はほとんど知られていませんでしたが、SyMDHの活性はフマル酸およびマグネシウムの添加によって上昇しました。10 mMフマル酸の添加で、酵素の最大反応速度を示す指標であるVmaxが約2.6倍、10 mMマグネシウムの添加でVmaxが約6.0倍に向上しました(図4)。活性化剤の存在は、クエン酸回路の流れに逆行するSyMDHの反応性をさらに高めることを示唆しました(図2)。
光合成の最終産物は、糖と還元力(NADPH)です。したがって、一般的に光合成生物は、もうひとつの還元力であるNADHよりもNADPHを優先的に利用することが知られています。しかし、SyMDHはNADPHへの反応性を示さない特徴的な酵素であることが分かりました。

3. 今後の期待

本研究は、ラン藻のMDHの特徴をはじめて明らかにしました。生化学的解析は、SyMDHが反応の方向によって、基質への親和性が大きく異なることを明らかにしました。SyMDHの至適pHもまた反応の方向によって異なっており、細胞内pHに即して、クエン酸回路の流れを制御していると考えられます。またSyMDHにおいて、微生物由来MDHではほとんど観察されない活性化剤の存在が明らかとなりました。このように生化学的解析は、ラン藻の代謝を理解する上で重要な知見を提供すると思われます。
ラン藻によるバイオプラスチックの生産は、いまだ実用化レベルに達していません。ラン藻の代謝を完全にコントロール出来ていないのが原因の一つです。しかしながら、本研究のような生化学的知見を積み重ね、ラン藻の代謝への理解を深めることで、やがてラン藻の代謝を制御へとつながることが期待されます。

4. 論文情報

<タイトル>
Purification and characterisation of malate dehydrogenase from Synechocystis sp. PCC 6803: Biochemical barrier of the oxidative tricarboxylic acid cycle

(日本語タイトル Synechocystis sp. PCC 6803由来リンゴ酸脱水素酵素の精製と特徴:酸化的TCA回路の生化学的障壁)

<著者名>
Masahiro Takeya, Shoki Ito, Haruna Sukigara, Takashi Osanai

<雑誌>
Frontiers in Plant Science

<DOI>
doi: 10.3389/fpls.2018.00947

5. 補足説明

注1)クエン酸回路
TCA回路とも呼びます。酸素呼吸を行う生物全般に見られ、効率の良いエネルギー生産を担います。生物が取り込んだ糖質・脂質・タンパク質は、最終的にこの回路に組み込まれます。またアミノ酸などの生合成に関わる前駆体は、この回路から供給されます。

注2)シネコシスティス
淡水性、単細胞性のラン藻です。1996年に、全生物の中で4番に全ゲノム配列が解読されました。遺伝子組換えが容易、凍結保存が可能などの多くの利点を有するため、最も広く研究されているラン藻です。

6. 参照

参1)明治大学 2015年 9月24日
https://www.meiji.ac.jp/koho/press/2015/6t5h7p00000jc80a.html
参2)明治大学 2016年 7月20日
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20160720-2/index.html
参3)明治大学 2017年 11月09日
https://www.meiji.ac.jp/koho/press/2017/6t5h7p00000pmvfs.html

7. 発表者・機関窓口

<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせ下さい
明治大学
農学部農芸化学科 
環境バイオテクノロジー研究室
専任講師  小山内 崇(おさない たかし)
TEL:044-934-7103 FAX:044-934-7103

<機関窓口> ※取材依頼については広報課にお問い合わせ下さい
明治大学 経営企画部 広報課
朝烏 修平
〒101-8301
東京都千代田区神田駿河台1-1
TEL:03-3296-4330 FAX:03-3296-4082
E-mail: koho@mics.meiji.ac.jp



図1. シネコシスティス
ラン藻の中で最も広く研究されています。単細胞で、球形をなしています。



図2. ラン藻のクエン酸回路におけるリンゴ酸脱水素酵素(MDH)のはたらき
今回の生化学的解析は、オキサロ酢酸とリンゴ酸の相互変換を触媒するMDHの反応性を明らかにしました。オキサロ酢酸からリンゴ酸への反応性は高く、リンゴ酸からオキサロ酢酸への反応性は低いことが分かりました。また、フマル酸およびマグネシウムの存在下で、オキサロ酢酸からリンゴ酸への反応性が活性化されました。



図3. 各微生物から単離されたMDHにおける、リンゴ酸への親和性とオキサロ酢酸への親和性の比(リンゴ酸に対するKm値/オキサロ酢酸に対するKm値)
いずれのMDHもオキサロ酢酸への親和性の方が高いのですが、特にSyMDHは、リンゴ酸への親和性に対して、オキサロ酢酸への親和性が高いのが明らかになりました。この結果は、SyMDHがクエン酸回路の流れに著しく逆行することを示唆しました。ラン藻: Synechocystis sp. PCC 6803, メタン菌: Methanobacterium thermoautotrophicum, 枯草菌: Bacillus subtilis B1, 放線菌: Streptomyces coelicolor, ピロリ菌: Helicobacter pylori.



図4. フマル酸およびマグネシウム添加時のリンゴ酸脱水素酵素(MDH)の最大反応速度(Vmax
10mM フマル酸および10mMマグネシウムを添加して、MDHの酵素活性を測定しました。その結果、フマル酸の添加で約2.6倍、マグネシウムの添加で約6.0倍最大反応速度が上昇しました。