◆第1期……肉食と草食

「BEASTARS」は「動物版ヒューマンドラマ」と銘打たれているとおり、物語の中で動物たちの社会での営み、心の機微を大切に描いている。彼らの社会の根底にあり、動物たちの心に大きく影を落としているのが、“肉食と草食”という違いだ。強い弱いという個性の違いは我々ヒト科の中にもみられるが、彼らの間にある違いはさらに鮮烈である。

「BEASTARS」という作品を知るために、第1期では「肉食と草食」という世界観―動物たちがその特徴を残したまま現代的な社会を築き共存する世界観が描かれたシーンを紹介する。


《壁ケース展示》




●キャラ紹介&イラスト

No.01
レゴシ
種族:ハイイロオオカミ
 17歳オス。「BEASTARS」の主人公。肉食獣の中でも大型種で、身体能力も高い。性格は物静か、マイペースで地味に生きることを目標としている。自身が肉食獣であることに対し劣等感をもっている。昆虫が好き。自分の能力を隠しているが、物語が進むにつれ、草食獣を守るために力を発揮してゆく。
「BEASTARS」の登場キャラの性格には、それぞれの種族の性質が色濃く影響している。イヌ科は社交的、ネコ科は自由奔放など。個性の違いが、種族によっておおまかに似る傾向にあるようだ。

《板垣巴留コメント》
 オオカミのキャラクターは中学か高校くらいから考えていました。
―略― 大きくて強いのに、オオカミは猫背なんです(本物がね)。コソコソするから悪役にされがちなんだろうなと思うと可愛い動物です。
(『BEASTARS』1巻より)




『BEASTARS』1巻カバー
2017年1月15日、秋田書店

No.02
ルイ
種族:アカシカ
 18歳。模範的な優等生だが、実はプライドが高く他者を見下している。財閥の御曹司であり、端正な容姿と演技力で演劇部の花形役者として人気を集めている。名門のチェリートン学園の中でもビースター(※)候補として学園内外に知られていた。肉食獣に対して嫌悪感を抱いている。冷静沈着だが、予想外の事態には素の表情が出ることも。父オグマ曰く「愚行に走る癖」がある。

※ビースターとはその世代を代表する優秀な獣のこと。青獣ビースターが各学園から毎年一匹選ばれ、その中からさらに一匹だけが壮獣ビースターに選ばれる。ビースターに選ばれた者はのちに政治・経済・スポーツなどで活躍している。

《板垣巴留コメント》
 レゴシと違って自分との共通点が少なすぎるのでいろいろと気遣っちゃいます。その分、ルイの人間らしい弱さが垣間見えると、私との距離も縮まって描きやすくなります。―略―キャラクターデザインは色々とレゴシの真逆を意識してます。
(『BEASTARS』2巻より)




『BEASTARS』2巻カバー
2017年4月15日、秋田書店

No.03
ハル
種族:ウサギ(ドワーフ種)
 18歳メス。性格は明るく世話焼き。一匹で園芸部の活動をしている。小動物であるため、周囲から子供扱いされることがあるが、それを嫌っている。コンプレックスの裏返しとして、「その間は対等になれる」という理由で初対面の相手と性的関係をもつことも。男女間のトラブルの火種となることもあり、学園のメスの中でいじめの対象になっている。小動物として弱い生き物の死生観をもっており、自分の命を軽く考えている節がある。

《板垣巴留コメント》
 思い入れが強いと同時に動かしにくいのがハルです。変な思考が入ってしまうんですよね、同じ女性として。ここが女の子のいい部分と思うところも、どこまで女の現実を描いていいのかとか、少年誌的にいいのか考えてしまって。ハルが性的に軽い部分とか彼女なりの人間関係の模索の結果なんですよね。ビッチの一言で片づけられてしまうかもしれないですけど、そこに女の子の懐の深さとか柔軟さが表れていると思うんです。




『BEASTARS』3巻カバー
2017年5月15日、秋田書店

No.04
ジュノ
種族:ハイイロオオカミ
 16歳メス。レゴシと同じハイイロオオカミ種の少女。性格は社交的な努力家。演劇部の役者チーム所属。入部当初はその美貌のため嫉妬から距離を置かれていたが、持ち前のエネルギッシュな社交性で信頼を勝ち取っていった。実は野心的な性格で、肉食獣の地位向上のためビースターの座を狙っている。ルイ曰く「なんでも手に入れられると思っている傲慢な女」。

《板垣巴留コメント》
 外も中も複雑なハルちゃんの他に、正統派美少女を取り入れるという意味で登場したジュノちゃんです。美人な子は色々なものに恵まれてきたから、ひねった所もなく、性格も良いんじゃないかな? と思いながら描き進めてたら、なんだかジュノのことを楽しく描けなくなってきたので、31話で思い切って動かしたら俄然好きになっちゃいました。
(『BEASTARS』4巻より)




第52話「危険なエゴイスト2匹」 扉
『週刊少年チャンピオン』2017年44号

No.05
ゴウヒン
種族:ジャイアントパンダ
 39歳オス。裏社会の医者。専門は心療内科で特に食肉を犯してしまった獣のケアを行っている。時には危険な肉食獣を自力で捕まえて強制的にカウンセリングをすることも。そのため口調も荒く強引な性格をしているが、本質的には思慮深いインテリ。折に触れてレゴシを導く良き理解者であり、レゴシの目標となる大人である。実は結婚しており子供もいるが、現在は奥さんに逃げられている。

《板垣巴留コメント》
 裏市の治安を守るキャラとレゴシを会わせようというところから考え始めたのですが、警備員とか治安維持の役割だと普通すぎてつまらないと思って、医者にしてパンダにしました。みんなパンダがかわいくて好きだとよく言うんですが、そのたびに「パンダをナメるな……」と思ってます。パンダはクマと同じで肉体的に強い動物なんですよね。そこが魅力なので、ゴウヒンのキャラにも表れていると思います。




第62話「覚悟は漂白可能」より
『週刊少年チャンピオン』2018年2・3合併号

No.06
ピナ
種族:ドールビッグホーン(ヒツジの一種)
 16歳オス。ルイ退部後に役者として入った演劇部員で、自他ともに認める美男子。空気をあえて読まない性格。その場の快楽を優先する主義でガールフレンドが多数いる。草食肉食という立場の違いにこれといった信念はないと公言している。偶然からアルパカ食殺事件の真相に触れてしまう。

《板垣巴留コメント》
 私の場合、新キャラを出すときは登場前に数か月間、脳内で練って虎視眈々と初登場のタイミングを狙わせるっていうのがよくあるやり方なんですけど、ピナは違いました。―略― 3日くらいで緊急製造されたキャラクターって感覚です。
(『BEASTARS』9巻より)




『BEASTARS』9巻カバー
2018年7月15日、秋田書店

No.07
レゴム
種族:ニワトリ
 17歳メス。チェリートン学園で、出席番号順でレゴシの隣に座る少女。レゴシと会話はほぼないが、よく困り顔で眉を下げているレゴシのことを心の中で「八の字」と呼んでいる。性格は生真面目で志が高い。言葉遣いやスマホの待ち受け画面からは家柄の良さがにじみ出ている。ニワトリにとって一般的である、卵の提供のアルバイトをしている。
「マンガ大賞」授賞式などで、作者がレゴムの被り物をかぶって登場し話題を呼んだ。

第20話「隣のクライアント」より
『週刊少年チャンピオン』2017年10号

No.08
カラーについて
《板垣巴留コメント》
 カラーは、基本は水彩ですね。固形で、パレットとセットになっている奴です。大学の頃からいまだに使い続けてて、減ったら買い替えられるのに「減らないなぁ」と思いながら使ってます。なんとなく使ってる絵具なんですけど、付き合いが長くなると特徴とか良さが分かってきますね。コピックも併用したりしてます。色のノリが全然違うのでこれもいいですね。最近はアクリル絵具もよく使ってます。水彩みたいにぼかしでごまかしが効かないし意外と技術が必要です。その分、かすれや塗り残しが映えるので、みんなが「お」って見てくれるような絵になるんですよね。アクリルは絵具の重なって盛り上がってるのが分かるのでより原画感があります。やっぱり原画はいいですね。
 色は青をめっちゃ使いますね。透明色の青が、やっぱり汎用性が高いです。カラーの紙はマルマンのスケッチブックを使ってます。特別な紙だと気負い過ぎてしまうので。手に入りやすいからというのもあります。

第42話「味が濃い夜に僕ら2匹」 扉
『週刊少年チャンピオン』2017年33号




●第1期テーマ:肉食と草食

No.09
物語の開幕……「食殺事件」
 「BEASTARS」第1話、物語の始まりとなる事件。名門チェリートン学園で生徒のアルパカが何者かに食い殺された。レゴシをはじめ、被害者のテムと同じ演劇部のメンバーに影を落としており、影響を及ぼすことになる。
 前ページ、カラー扉の明るい雰囲気からこの場面に移ることで、よりショッキングに表現されており、「BEASTARS」の世界の表と裏が冒頭から示されている。

《板垣巴留コメント》
 この世界で一番起きてはいけないことを一番最初に提示しておこうという考えで、こういう始まりにしました。
 改めてみると雑ですね……。よく載せてもらえたなぁ。これはチャンピオンの受賞者用の原稿用紙ですね。最初は編集部に原稿用紙を貰ってました。「BEASTARS」のお話は、面白い面白くないは人それぞれのものなので、自分から「面白くなってるでしょ!」とは言いませんが、絵は確実にうまくなっていると声を大にして言いたいです(笑)。




第1話「満月なのでご紹介します」より
『週刊少年チャンピオン』2016年41号

No.10
レゴシ
 物語の主人公レゴシを紹介するシーン。不気味な空気をまとい登場し、「悪魔のよう」と演劇部仲間に評された姿とは打って変わって、心優しい性格が台詞なく表現されたシーン。こののちにも台詞なしの感情表現はたびたび描かれており、とくにレゴシの尻尾には注目である。

動物を描く理由
《板垣巴留コメント》
 もともと動物だけの世界を描いていました。人間と動物の世界は遊びで描いていたりもしたんですけど、みんなやってるしなぁという気持ちもあり、「BEASTARS」では完全に動物だけの世界にしました。
 その動物固有の造形の良さは反映したいと思っています。オオカミの猫背や鼻の長さとか、ライオンは顔が角ばってて鼻が横長なところとかがいいなぁとか。そういうキャラとして良いぞ、という部分は取り入れています。動物の体の良さは後ろ足が逆関節なところだと思ってたんですけど、あれを取り入れて描いてみたらどうしても気持ち悪くなってしまって。なので骨格は人間ですね。後ろ足かっこいいんですけどね。




第1話「満月なのでご紹介します」より
『週刊少年チャンピオン』2016年41号

No.11
対立
 食殺事件を受けて不穏な空気が流れる演劇部のシーン。犯人は特定されていないものの、状況から肉食獣が加害者であることは間違いがない。それを受け、肉食獣と草食獣がきれいに二分され対立している。この場面は、世界の抱えるひずみを端的に表している。作中では食殺事件が起きるたびに、神経質になる草食獣と、それにいらだつ肉食獣の様子が描かれている。

第1話「満月なのでご紹介します」より
『週刊少年チャンピオン』2016年41号

No.12
食堂に見る世界
 学園の大食堂のシーン。多種族共学だが、肉食獣と草食獣それぞれ専用のメニューがある。ゾーニングやマナーのもと、本来相容れない両者が共存していることがわかる。こういったディティールがいくつも積み上げられることで「BEASTARS」の世界観はよりリアリティあるものになっている。

《板垣巴留コメント》
 「肉食と草食」がいる世界で、一方が食べることを禁じられている、じゃあ肉食は何を食べているのかっていうのは、読者は知りたいだろうなぁと考えて朝食のシーンにしました。当時右も左もわからない状態で連載が始まったので、担当さんのアドバイスもあってこういうシーンにしました。




第6話「ケモノたちの一等星」より
『週刊少年チャンピオン』2016年46号

No.13
レゴシとハルの出会い
 レゴシが大きく変化していくきっかけとなる、ハルとの出会いのシーン。このケースでは、スピード感をもってレゴシの視点から、下のケースでは、不気味な姿のレゴシがハルの視点から描かれる。レゴシとハルが出会うシーンではあるが、実はそれぞれが自分の内面と向き合っている点も面白い。レゴシは肉食獣の本能と、ハルは小動物の宿命と接することになる。

第3話「霧の中の警鐘」より
『週刊少年チャンピオン』2016年43号

No.14
《板垣巴留コメント》
 かっこいいアクションで熱くなるような表現は、少年マンガを描いている以上欲しいものなんですけど、どうしても内的な要素に惹かれます。「BEASTARS」でもアクションは描いていますが、私自身は運動神経が悪いので、憧れとして、できる人はこういう風に動けるんじゃないかっていうイメージを描いてます。想像力ですね。「BEASTARS」で本当に描きたいものはそこではないので。

第4話「ウサギ史上でもかなり悪い日」より
『週刊少年チャンピオン』2016年44号

No.15
◆それぞれの本能
 このケースと下のケースでは肉食獣・草食獣それぞれの本能が描かれたシーンを展示している。このケースは「草木のよう」とまで評されたレゴシが、草食獣に触れることで自分の中に潜む強大な本能を幻視するシーン。
 下のケースは屋上庭園にてレゴシとハルが再会したシーン。身体的に弱い小動物ならではの考え方が示される。レゴシにとって、初めて草食獣と踏み込んだ会話をした瞬間であり、異種族との交流というこの作品のテーマを表した場面ともいえる。

第5話「ねぇ僕らだよ」より
『週刊少年チャンピオン』2016年45号

No.16
《板垣巴留コメント》
 ドラマ部分は自然に入り込む感じで描いてます。出力するものが全然違うので、ドラマパートのほうが描いていて楽しいです。キャラの心情に寄り添う、みたいなほうが私は得意なのかもしれません。でもそういうシーンはむちゃくちゃ胃が荒れます(笑)。ネームを描いている時は一日中、机とトイレを行ったり来たりしながら描いてます。

第8話「ゴッドマザーのため息」より
『週刊少年チャンピオン』2016年48号

No.17
それぞれの本能
 チェリートン学園の新聞部のシーン。部長のネズミが自分より大きな部員たちを怒鳴り散らしている。が部長の仕草がかわいらしいおかげで部員たちはまるで堪えていない。ある種の平和的共存が実現している場面である。口やかましいが憎めない部長のような人物は、読者の周りにもいるのではないだろうか。

《板垣巴留コメント》
 このシーンは、実は私の家庭を思い出して描きました。母がとても小柄で家族の中で身体的には弱者なんですけど、みんな母のご機嫌をうかがうし逆らわないんですね。それがあるべき姿というか、平和な関係だなぁと思って、母を思い出しながら描きました。




第11話「歯茎にガラス」より
『週刊少年チャンピオン』2016年51号

No.18
草食と肉食の違い
 自分の姿が映るレゴシの牙に、見とれるようなルイの表情が印象的なシーン。
 肉体的に優れたレゴシが、それを隠そうとすることに対し激昂するルイ。No.24のケース、ビルを踏みつけるシーンにあるように、ルイは自身が強くなることで肉食獣を上回ろうとしているのに対して、レゴシは力を抑えることで共存しようとしており、真逆の立場であることがわかる。この直後、レゴシがルイに言った「あなたの強さには意味がある」という言葉は、のちにも登場し、ルイの気高さが草食獣の希望となることへの期待が込められている。

第11話「歯茎にガラス」より
『週刊少年チャンピオン』2016年51号

No.19
肉食のフラストレーション
 大型の動物たちは常に力加減をする必要があり、フラストレーションにさらされている。肉食獣の場合、本来の食事である肉食を禁止されていることも合わさり、肉体的な強さが不自由につながっている。No.17で紹介したように強さ弱さがそのまま自分の思い通りに作用するわけではないのが面白いところだ。
 カバの後ろに隠れながら、草食獣たちが恐る恐る覗き込んでいる姿がかわいらしい。

第13話「陰と陽、シマシマ」より
『週刊少年チャンピオン』2017年1号

No.20
血の魔力
 ルイの代役として主役となったビルは、隠れてウサギの血を飲んでいた。肉食獣の本能を思い出すことでプレッシャーをはねのけようとしたのである。ネコ科にはほかにもマタタビをキメることで気分を高揚させるシーンも見られる。草食獣の血を飲むことは違法行為であるため、隠れて服用していた模様。
 サブタイトル「聖杯の匂い」はキリストの血を受けた杯のエピソードからか。レゴシが草食獣を、神聖視しているようにもとれる。

第14話「聖杯の匂い」より
『週刊少年チャンピオン』2017年2号

No.21
レゴシの怒り
 ウサギの血を「正当なドーピング」と言い、草食獣の犠牲に対し悪びれない、肉食獣然としたビルの姿に激しい怒りを覚えるレゴシ。この登場シーンののち、レゴシは台本を無視してビルに殴りかかる。舞台を台無しにすることでビルの行為を咎めようとしたのだ。草食獣を傷つけること、それを悪びれないこと、自身も同じ肉食獣であること。ただビルだけに向けたのではない怒りが「俺が全部壊してやる」というモノローグから察することができる。

第15話「仲間の証、温かく」より
『週刊少年チャンピオン』2017年3・4合併号

No.22
おそろいの模様
 レゴシの怒りを受け止めるビル。言葉どおりに自分と同じ縞模様を刻みこみながら、自分と同じく肉食獣の業を背負えとレゴシに強要しているようにも見える。戦闘モードになり、牙をむきだしたビルの不敵な表情には、No.19の稽古中のギラついた顔とも違う迫力がある。のちに傷だらけになるレゴシの、最初の消えない傷となった。

第15話「仲間の証、温かく」より
『週刊少年チャンピオン』2017年3・4合併号

No.23
多様性
 公演を終えルイのもとにファンたちが詰めかけるシーン。ここでルイは舞台に込めた意味を語る。「正解も不正解もない」という言葉にはこの作品に通底する、個々の生き方に寄り添おうとする姿勢が表れている。ファンに向けた営業スマイルのルイではあるが、本心からのメッセージが込められている。

《板垣巴留コメント》
 今の社会は多様性がよく語られますが、多様性という一言で終わってしまっている印象があります。言っただけで簡単に解決できる問題ではないと思っています。
たとえばある国を悪く言う人がいても、その国の人に一人でも親友ができたらもう同じことは出来ないはず。おおざっぱな分け方、理解の仕方をしているせいで偏見が生まれるとすれば、真の多様性は個人と個人が関わらないと生まれないと思います。のちにレゴシが自分とハルの関係を“肉食と草食”から“個人と個人”の関係に見直すことにもつながっています。




第17話「遠吠えのイヤイヤ症候群」より
『週刊少年チャンピオン』2017年7号

No.24
優位性
 ルイの過去を知り、脅しをかけてきたビル。それに対し想像を超える方法で圧倒するルイ。この前ページでルイは肉食獣を「意思をもった凶器」と表し、自衛として銃を持つことは当然としている。銃を持ち武力が拮抗した状態で、ある意味平和にこの場はおさまった。腹黒い優等生という印象だったルイの、暗い過去が示唆されたシーンでもある。

第30話「鉄の猛獣使い」より
『週刊少年チャンピオン』2017年20号




●板垣巴留おすすめ作品

No.25
バンド・デシネ ※フランス語圏のマンガ
《板垣巴留コメント》
 日本のマンガとはもう別物で、絵が面白いですね。絵のクオリティとか密度とか、ちょっとでも近づけられれば面白いと思います。単純に見てて楽しいですし。
 バンド・デシネと出会ったのは高校の時です。美術学科に通ってて、まわりにもバンド・デシネに興味のある子が多くて。その頃も動物の絵ばっかり描いていたので、友人から「『ブラックサッド』って絶対好きだよ」と紹介されて出会いました。そこではじめてバンド・デシネの存在を知って圧倒されました。
 とくにバスティアン・ヴィヴェスさんの「塩素の味」が好きです。バンド・デシネはストーリーが分かりづらいものが多いんですけど、ヴィヴェスさんの作品は分かりづらさがオシャレさになっているし、ちゃんと心に訴えかけてくる分かりにくさなのですごく好きです。若い作家さんで活躍してらして希望があるな、と。「ポリーナ」とか他の作品も実験的でいいですよね。

《板垣巴留コメント》
 メディアを問わず、観た後に脳が覚醒するような感覚があるのがヒューマンドラマですね。「ブラックスワン」(映画)や「白い巨塔」(テレビドラマ)は、しがらみとか思考の向こう側、人間の果ての姿が観られる作品だと思います。私は人間の本当のことを知りたいっていう欲求を作品に求めるので、こういうチョイスになりますね。
 影響を受けた作品はいろいろあります。黒澤明の「生きる」(映画)や、ディズニーの「ターザン」(映画)、洋画の「ボーダーライン」(映画)ですね。あらためて考えてみるとジャンルはまちまちですね。

映画(DVD):
「生きる」(黒澤明、1952年)
「ターザン」(ケヴィン・リマ、クリス・バック、1999年)
「ボーダーライン」(ドゥニ・ヴィルヌーヴ、2016年日本公開)

マンガ(書籍):
「セキララ結婚生活」(けらえいこ、1991年)
「あたしンち」(けらえいこ、1995年)
「だれも寝てはならぬ」(サラ・イネス、2003年)

バンド・デシネ(書籍):
「塩素の味」(バスティアン・ヴィヴェス、2013年邦訳)
「ブラックサッド 黒猫探偵」(フアンホ・ガルニド[画]、フアン・ディアス・カナレス[作]、2014年邦訳)




●ショートストーリー&「BEAST COMPLEX」

No.26
幕間(まくあい)
 「BEASTARS」では時折、本編と直接関係のない短編が差し挟まれる。「BEASTARS」の中でも、レゴシ以外のキャラクターがメインになる。幕間の日常的なエピソードだが、個々が抱える種族にまつわる悩みが描かれており、「BEASTARS」の世界をより一層広げている。

《板垣巴留コメント》
 単発ものはそこで終わりなので、あまり突き放さないように、希望が見えるように終わるようにしています。




第20話「隣のクライアント」より
『週刊少年チャンピオン』2017年10号

No.27
「隣のクライアント」
 チェリートン学園の生徒、ニワトリのレゴムはある秘密を抱えていた。実は、隣の席の生徒・レゴシが毎週食べているタマゴの生みの親だということである。ある日レゴシの「タマゴサンドの味が落ちた」というつぶやきを聞いてしまったレゴム。ニワトリとしてのプライドを傷つけられた彼女は、己との闘いを始める。

第20話「隣のクライアント」より
『週刊少年チャンピオン』2017年10号

No.28
BEAST COMPLEX
 「BEAST COMPLEX」は「BEASTARS」と同一世界を描いた連作短編であり作者のデビュー作である。「BEASTARS」同様に異種族の出会いを、よりさまざまなパターンで描いている。
 作中にレゴシがカメオ出演したり、トラの少年・ゴンや料理家のベニーが「BEASTARS」に登場したりという小ネタもある。

『BEAST COMPLEX』 「ワニとガゼル」より
『週刊少年チャンピオン』2017年39号

No.29
「ワニとガゼル」
 TVの料理番組を舞台に、生真面目なアシスタントのルナ(種族:ガゼル)とジョークのきつい大男の料理家・ベニー(種族:イリエワニ)の火花散る舌戦が描かれる。肉ハラ(肉食に対するハラスメント)という言葉やドングリのハンバーグ、爬虫類は料理に向いているなど、世界観のディティールを面白く描き出している。ベニーは俳優のベニチオ・デル・トロがモデル。No.25で展示している映画「ボーダーライン」の主演俳優である。

『BEAST COMPLEX』 「ワニとガゼル」より
『週刊少年チャンピオン』2017年39号

No.30
爬虫類の魅力
《板垣巴留コメント》
 もし私が「BEASTARS」の世界にいて、爬虫類と近くですれ違ったりしたら、やっぱり見ちゃうと思うんですよね。毛とは違った質感の肌とか動きの読めないところとか、異様な存在だと思うんです。そこもすごい好きなんですけど、本人は生きづらいだろうなとか思っちゃいます。単純にデザインもかっこいいですよね。題材としても面白いです。

『BEAST COMPLEX』 「ワニとガゼル」より
『週刊少年チャンピオン』2017年39号

No.31

『BEAST COMPLEX』 「ワニとガゼル」より
『週刊少年チャンピオン』2017年39号




●雑誌など

No.32
読者の反響
《板垣巴留コメント》
 賞を受賞するとは全然予想してませんでした。2018年がこんな年になるとは。男性にもレゴシがかっこいいと思ってもらえるのは嬉しいです。「BEASTARS」は変わった作品と見せかけて、老若男女に見てもらえる作品になっていると思うので、たくさんの人に見てもらいたいです。『anan』で特集してもらったりして、若い女の人に読んでもらえるのは嬉しいですね。自分も同じ世代の女性ですし。米津玄師さんと対談(※)してからファンの方が作品を読んで感想をくれてそれも嬉しかったです。これまでマンガ読みの人が褒めてくれてたのに対して、米津玄師ファンの女性から「レゴシかっこいいです!」っていう屈託のない黄色い歓声をもらえたのが感慨深かったです。こういう層の方にも読んでもらえたんだなぁって。

※webサイト「コミックナタリー」
 「BEASTARS」特集 板垣巴留×米津玄師対談


ペンネームの由来
《板垣巴留コメント》
 姓名判断で「お金が入る」名前にしました。べつにお金の亡者というわけではないですよ(笑)。マンガ家にとってお金が入るということは作品が売れて多くの人に見てもらえるということだと思ったので、この名前にしました。

『週刊少年チャンピオン』2017年41号
『anan』No.2114(2018年)
『週刊漫画ゴラク』No.2628(2018年)
『ガチチャーハン Entry book』(2018年)
『月刊事業構想』2018年11月号
『AERA』2018年No.43
『プロフ帳カード』(アニメイト店舗特典、2018年)




◆「BEASTARS(ビースターズ)」

動物のみが存在する世界で、主人公のハイイロオオカミ・レゴシの青春と葛藤を描いた“動物版ヒューマンドラマ”。発表から間もなく支持を集め、2017年に『このマンガがすごい!2018』(宝島社)オトコ編 第2位を獲得。2018年に第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞、 第11回マンガ大賞大賞、第22回手塚治虫文化賞新生賞、第42回講談社漫画賞少年部門を受賞。『週刊少年チャンピオン』誌上にてアニメ化が発表された。
肉食獣と草食獣が共存する現代社会を舞台に、主人公のレゴシの成長を描く作品。捕食者であるレゴシと被食者であるウサギのハルの、あまりにも障害の大きい恋愛を軸に、演劇公演、裏社会との邂逅、学園に潜む闇、出生の秘密、学園外の社会への旅立ちなど様々な経験から、レゴシは自分の生き方や他種族とのかかわり方を見出していく。


《壁面展示》

マンガ家になるまで
《板垣巴留コメント》
 美大の映像学科に進んだのは、画家は無いなぁ、と思って(笑)。イラストレーターはトレンドを掴む感覚が必要に思えて、そんなアンテナは無いし……。お話を作ることが好きだったのでそれなら映像学科がいいかなと。映像学科は入試に絵の実技はなくて、一つの言葉を与えられてお話を作るというのが試験でした。だから美大生だから全員絵が描けるというわけではないんですね。
 私の場合は、高校は美術学科に通っていて、絵はその頃に学びました。そこでは絵が上手い子が一番偉い、絵の上手さがそのままヒエラルキーになっていたので、必死で画力を培いました。生き残るために。


壁01

第29話「地下鉄の風はみずみずしい」より 『週刊少年チャンピオン』2017年19号


壁02

第41話「大型忠誠心」より 『週刊少年チャンピオン』2017年32号


壁03

第47話「潮風だけが知っている」より 『週刊少年チャンピオン』2017年39号




《覗き込みケース展示》

※画像なし


T01

展示描き下ろしイラスト 2018年制作


T02

第88話「淑女 大暴走」より 原画・ネーム 『週刊少年チャンピオン』2018年31号


アナログの理由
《板垣巴留コメント》
 完成した現物があるっていうのが好きなのでアナログが好きですね。小さい頃から本当に絵を描くのが好きだったので、絵を描くとか残すということに思い入れがあるのかもしれません。画面上で描いていても、そこにはあるかもしれないけど現物がない以上この世には存在しないように思えてしまって。私は年老いた思想みたいなものをもっていて、いまだにインターネットを信じないとか(笑)。古い考えかもしれませんけどペンから直接パワーを注入しているつもりです。

《板垣巴留コメント》
 以前友人のタブレットを借りてデジタル作画を試してみたこともあります。めっちゃ便利ですね(笑)。道具も一切いらないし、筆圧も反映してくれるし一気に塗りつぶしたりできるし。とてもよかったんですけど、安易にやり直せるせいで失敗を恐れなくなってしまう気がして。アナログは、とくにカラーは失敗したらおしまいという緊張感があるんですけど、デジタルだと温室のような環境で描くことになるんじゃないか? とか考えてしまいました。でも私が年老いたらデジタルに移行するかもしれませんね、楽なので(笑)。


ネームについて
《板垣巴留コメント》
 ふきだしの位置とかはネームから変えることがけっこうありますね。ネームを考えているときはヒリついてて、のびのびペン入れしてる時の判断のほうが正しかったりするので。でもネームだとたまに、こっちのほうがいい表情に描けたな、とかありますけどね。
 主線は私で、効果はアシスタントさんです。原稿に構図とかのラフを青シャーペンで描いて、資料を渡してこういう建物を参考に、という風に指示を出しています。アシスタントさんはもともとプロでやられていたり、マンガ家志望の人だったりで腕が達者なのでとても助かっています。

※展示中のネームについて
第88話「淑女 大暴走」より。ルイに会うために女装したレゴシが登場するエピソード。
ネームは作家・作品によって千差万別だが、展示品を見ると本作はこの時点でかなり詳細に描き込まれていることが分かる。
作者のツイッターによるとサブタイトルは原稿が出来上がった際に決めているとのこと。


モノクロの描き方
《板垣巴留コメント》
 キャラはハードGペンで、背景はミリペンですね。定規は禁止してます。筆圧が強くてすぐ開いちゃうので堅めのペン先を使ってます。インクはパイロットの製図用インクで、ベタは今は普通のサインペンでやってます。ベタは色々試してて、ムラなく塗れるポスカに一時期はまってたんですけど、水分が多くて原稿がふにゃふにゃになってしまって。乾くまでに時間がかかるし、きれいに塗れるけどこれはちょっと……となりました。

《板垣巴留コメント》
 私は下描きはあくまでアタリのつもりで、そこまで重視しないでペン入れしています。そこはアシスタントさんがやけに褒めてくれるので嬉しいですね。下描きはあまり描き込まないで、頭の中にだいたいのイメージをもって直感のとおりにペンを入れます。下描きに囚われないほうが可能性を追求できるというか、直感で描く線がいちばん正しいと思うので。




《その他》


レゴシのかぶりもの
2018年制作

映像

展示描き下ろしイラスト
作画風景 (約30分、約130MB)
2018年制作