第2期 R001
三原順表紙担当雑誌等

第2期 R002
『はみだしっ子』単行本花とゆめコミックス 全13巻

第2期 R003
愛蔵版『はみだしっ子』他『はみだしっ子』関連

第2期 R004
『ルーとソロモン』関連

第2期 R005
『ムーン・ライティング』『Sons』単行本

第2期 R006
『XDay』『ビリーの森ジョディの樹』などその他の単行本

第2期 R007
白泉社文庫新旧カバーバージョン

第2期 R008
イラスト集レコード類等

  右:『チェリッシュギャラリー 三原順 自選複製原画集』
     (1979年4月20日/白泉社)
 左表:『チェリッシュギャラリー 2 三原順 自選複製原画集 2』  
    (1984年4月25日/白泉社)
  奥:『かくれちゃったの だぁれだ』
    (1984年7月25日/白泉社)
右手前:『サウンド・コミック・シリーズ はみだしっ子』
    (1983年2月21日/キャニオン・レコード)
 左裏:『ハッシャバイ ねんねんころりよ』
    (1977年7月25日/白泉社)

第2期 R009
初期作品特集

1972年7月号、第49回「別マまんがスクール」で銀賞を獲った「はろぉ・あいらぶ・ゆぅ」の扉。スクールに名前が載るようになってから6作目の投稿作品である。1977年の『花とゆめ』2号「はみだしっ子」総特集に、全ページが初掲載された。音楽家の父から逃げ出し、仲間の少年たちに出会う点や、主人公の少年がピアノを弾くシーンなどがあり、コメディながら後の「はみだしっ子」のエッセンスが詰め込まれている。音楽への言及が多いことも特筆すべき点である。
正面:「はろぉ・あいらぶ・ゆぅ」扉原画
   (1977年『花とゆめ』2号)

第2期 R010
初期作品特集

正面は「マッドベィビィ」の原画。1972年9月号、第51回「別マまんがスクール」佳作受賞作で、デビュー1作前の投稿作。樹の枝をコマに見立てたとても斬新なページである。この作品が初めて全編掲載されたのは、2003年に刊行された豪華本『LOST AND FOUND』。右はデビュー4作目「光と闇とをむすぶ糸」扉。左の「水底の杯」とある扉絵は、実際の掲載時は「遥かなる祈り」というタイトルとなった、デビュー6作目のもの。

正面:「マッドベィビィ」本文原画
   (2003年『LOST AND FOUND』1月1日)
 右:「光と闇とをむすぶ糸」扉原画
   (1973年『別冊マーガレット』8月号)
 左:「遥かなる祈り」扉原画
   (1974年『別冊マーガレット』5月号)

第2期 R011
初期作品特集

正面は「ようきなオバケ」原画、右は同扉、左も同原画である。三原順が『花とゆめ』に初めて描いた作品で、デビュー7作目。『花とゆめ』が創刊当初低年齢向けの雑誌を目指していたため、それを意識して描かれた楽しくかわいらしい16ページの短編である。手前のカラーカットは、当時『花とゆめ』に連載していた赤座ひではるの「チリリンふたりのり」のパロディ作品として、三原順によって描かれた「オロロンふたりワルのり」口絵。これは三原作品で唯一日本が舞台となった16ページの短編である。赤座ひではるのほうは「はみだしっ娘」というパロディ作品を同時掲載している。
正面・左右:「ようきなオバケ」扉・本文原画
      (1974年『花とゆめ』7月号)
手前:「オロロンふたりワルのり」口絵カット
   (1976年『花とゆめ夏の大増刊』)

第2期 R012
初期作品特集

正面は「祈りの鐘がひびくとも…」の2色カラー原画。マンガ本編のカラーページは単行本掲載時にはモノクロで印刷されるため、このページをカラーでみることができるのは、最初の掲載以来ではないかと思われる。後の代表作「はみだしっ子」シリーズ第1作のすぐ後に描かれた、70ページの読み切り長編。著者11作目の作品で、「怪奇とロマン ゴシック・シリーズ」という『花とゆめ』創刊1周年企画の中の一編であった。このシリーズは全12作続き、三原順は、木原敏江・竹宮惠子・萩尾望都・山田ミネコなど錚々たるメンバーの中の数少ない新人のひとりだった。三原への編集部の期待のほどがうかがえる。
  正面:「祈りの鐘がひびくとも…」本文原画
     (1975年『花とゆめ』7号)
右、手前:「祈りの鐘がひびくとも…」
     予告カット原画
     (1975年『花とゆめ』6号)

第2期 R013
初期作品特集

正面は三原順デビュー8作目、1974年『別冊マーガレット』に描かれた「赤い風船のささやき」ラストページ原画。当時ヒットしていた「幸せの黄色いリボン」の歌詞を元にしている。同じ歌を元にした日本映画「幸福の黄色いハンカチ」は77年の公開。このページには鉛筆書きで、この作品を描く際、三原が聴いていたと思しきイメージ曲のタイトルが入っている。初期三原作品のラストページには大抵イメージ曲がメモされている。右は『別冊マーガレット』に描かれた最後の作品で、デビュー9作目の「ラスト・ショー」よりクライマックスシーン。空中ブランコの少女が少年の手をつかみそこね、驚いている様子をバックに大きく、少年が落下していく様子をコマ送りのように斜めに入れ込んだ印象的なシーンである。左は、13作目「涙のクラウン」より1ページ。三原独特のシンプルでかわいらしいデザインセンスが確立された作品である。このセンスは、後に数多く描かれる「はみだしっ子」番外編や「ルーとソロモン」に引き継がれていく。このかわいらしさは、深刻なストーリーを描く三原順作品をメジャーにした重要な要素であろう。

正面:「赤い風船のささやき」本文原画
   (1974年『別冊マーガレット』9月号)
 右:「ラストショー」本文原画
   (1974年『別冊マーガレット』12月号)
 左:「涙のクラウン」本文原画
   (1975年『花とゆめ』17号)
手前:「涙のクラウン」予告カット原画
   (1975年『花とゆめ』16号)

第2期 R014
初期作品特集

「君の好きな帰り道」は1979年、「はみだしっ子」PartⅩⅥ「もうなにも…」とPartⅩⅦ「クリスマスローズ咲く頃」の間の、連載を少し休んでいる際に描かれた読み切り作品。作風も安定し読後感がよい。ケースR030でも、本編中の1ページをみることができる。

正面:「君の好きな帰り道」扉原画
   (1979年『花とゆめ』2号)
左右:「君の好きな帰り道」予告カット
   (1979年『花とゆめ』1号)

第2期 R015
初期作品特集

R015、016は「ロング・アゴー」関連のイラストを入れた。この作品は「はみだしっ子」の主要キャラクターであるジャックとロナルドを主人公にしたスピンオフ作品。連載が終わったのちに描かれた3回シリーズであった。「ロング・アゴー」の頃は、絵柄の変わり目である。少女マンガらしい華やかさと、後につながるクールな画風がバランスよく同居しており、「この作品が最も好き」というファンも多い。

正面:花とゆめコミックス
   『ロング アゴー』カバーイラスト原画
   (1982年12月22日)
 右:「ロング アゴー Ⅰ」予告カット原画
   (1982年『花とゆめ』12号)
手前:「ロング アゴー Ⅱ」予告カット原画
   (1982年『花とゆめ』17号)

第2期 R016
初期作品特集

正面原画は、「ロング アゴー」シリーズ第1話ラストの名シーン。ケース左にもイラストがあるので見落とさないようにしてほしい。このイラストは「ロング アゴー」シリーズ第2話掲載時のふろくポストカードであった。タイトルは「真夏の夜のアニマル楽団」。子どもの頃のロナルドが描かれている。三原順の複製原画集『チェリッシュ・ギャラリー三原順2』にもこのイラストは入っており、そこに記された三原順のコメントには、「仕事をするよりも、眠りたい、という告白」とある。

正面:「ロング アゴー Ⅰ」本文原画
   (1982年『花とゆめ』13号)
 右:「ロング アゴー Ⅱ」予告カット原画
   (1982年『花とゆめ』17号)
 左:真夏の夜のアニマル楽団
   ポストカード用イラスト原画
   (1982年『花とゆめ』18号)

第2期 R017
アンジー特集

「はみだしっ子」
グレアム、アンジー、サーニン、マックスの4人の少年が、各々の事情で肉親の保護を受けることなく生活することとなる。ストーリーは、4人一緒の放浪生活を描く序盤(PartⅠ「われらはみだしっ子」~PartⅨ「そして門の鍵」)、グレアムとアンジーがある大きな秘密を抱え、かつ4人離れ離れに生活せざるを得なくなる中盤(PartⅩ(山の上に吹く風は」~PartⅩⅡ「裏切り者」)、再び4人一緒に生活することになり、さらに申し分のない保護者が見つかりもするが、かつて抱えた問題の大きさや、新しく発生した事件などに翻弄され立ち向かう終盤(PartⅩⅢ「窓のとおく」~PartⅩⅨ「つれて行って」)に分けることができる。

アンジー
本名はリフェール・ステア。アンジーはフランス語のアンジュ(天使)をもじった愛称。誕生日は3月22日。左利き。口は悪いが人一倍優しい。「はみだしっ子」の中で、年齢は上から2番目。女優を目指す母が、母の姉の家にあずけたままにしていた。母は、最初は定期的に会いに来ていたが、アンジーが小児麻痺になり脚が思うように動かなくなった頃、女優業が軌道に乗り始めたこともあり、ほとんど会いに来なくなる。母に会うため6歳の4月に家出したアンジーだが、母が自分より仕事を選んだことを悟りそのまま放浪の旅にでる。足は自分でリハビリし克服した。母親譲りの美貌で、フリルのシャツなど華美な服装を好む。三原順はアンジーについて「料理とけが人の手当て、もめごとを悪化させるためには人並以上の才を持つ」(『花とゆめ』1977年2号)と記す。
原画は、アンジーについて描かれた「A」の扉絵。各キャラクターの名前の頭文字を取って描かれた番外編が4人全員分ある。 正面:「はみだしっ子」シリーズ番外編「A」扉原画  (1976年『花とゆめ』20号)

第2期 R018
アンジー特集

正面のカラーイラストは、『はみだしっ子』花とゆめコミックス2巻のカバーイラスト。左右のイラストは三原順のイラスト詩集『ハッシャ バイ』より。右のイラストは「椅子」という詩についた描き下ろしであった。本を開いて掲載ページを見せているので、見比べてみてほしい。

正面:花とゆめコミックス『はみだしっ子』2巻
   カバーイラスト原画
   (1976年9月20日)
左右:『ハッシャ バイ』原画
   (1977年7月25日)
手前:『ハッシャ バイ』
   (1977年7月25日)

第2期 R019
アンジー特集

正面イラストは1977年『別冊花とゆめ』秋の号「アンジー特集」の表紙用イラスト。木に貼られている写真のサーニンが、卓上の飲物をストローで飲んでいるのがおかしい。
正面:アンジー大特集 表紙原画
   (1977年『別冊花とゆめ』秋の号「アンジー大特集」)
 右:はみだしっ子partⅨ
   「そして門の鍵」予告カット原画
   (1977年『花とゆめ』1号)

第2期 R020
アンジー特集

「山の上に吹く風は」4話目の本編カラー原画。R012の2色カラー原画同様、おそらくこのページ全体をカラーで、みることが出来るのは、初出の雑誌掲載以来初めてのことであろう。中央のうずくまるアンジーの部分のみイラスト詩集『ハッシャ バイ』に使われている。ケース左のカットは、髪のピンクがとても印象的である。

正面:はみだしっ子partⅩ
   「山の上に吹く風は」第4回本文原画
   (1977年『花とゆめ』8号)
 右:はみだしっ子partⅩ
   「山の上に吹く風は」予告カット原画
   (1977年『花とゆめ』5号)
 左:はみだしっ子partⅩ
   「山の上に吹く風は」第4回予告カット原画
   (1977年『花とゆめ』7号)

第2期 R021
アンジー特集

アンジーは赤いバラを一輪添えて描かれることが多い。このケース正面および右のイラストもそうである。母との別れが決定的になった回「だから旗ふるの」で、女優である母の仕事仲間に、バラの花を「お前には似合わんよ!」と言われるシーンがある。母を探してさまよい、薄汚い子どもになっていたためである。アンジーと赤いバラが度々一緒に描かれるのは、このエピソードと関係があるだろう。

正面:『花とゆめ』表紙用原画
   (1978年『花とゆめ』17号)
左右:「三原順のトランプランド」用カット原画
   (1979年1月20日)

第2期 R022
アンジー特集

番外編「音楽教室」の美しい扉絵。この扉絵では、アンジーはさもヴァイオリンがうまそうに描かれているが、実は音痴で楽器演奏もあまりうまくはない。料理、裁縫、絵を描くことなど何でも器用にこなすアンジーの意外な一面である。

正面:はみだしっ子シリーズ番外編
   「音楽教室」扉原画
   (1978年『花とゆめ』19号)

第2期 R023
アンジー特集

PartⅩⅥ「もうなにも…」終盤の1ページ。アンジーが放浪生活から抜け出し、養子になることを決意、過去に出会った人々に思いを馳せているシーン。一旦話にひと段落ついたようにみえ、また、次のPartⅩⅦ「クリスマスローズ咲く頃」が始まるまで4、5カ月間あったため、続きが描かれるかどうかを心配した読者が大勢いた。

正面:はみだしっ子partⅩⅥ「もうなにも…」
   本文原画
   (1978年『花とゆめ』21号)
 右:はみだしっ子partⅩⅥ「もうなにも…」
   予告カット原画
   (1978年『花とゆめ』19号)
 左:はみだしっ子partⅩⅨ「つれて行って」
   予告カット原画
   (1980年『花とゆめ』15号)

第2期 R024
アンジー特集

この、アンジーが大きく描かれた重要なシーンは、三原順が本来最終回にしようと思っていた回のクライマックスシーンである。決めシーンであるためか、アンジーの顔の部分の描き直しには凄みがある。三原順の原画の中でここまで描き直しの跡が残るものは比較的珍しい。他には、例えば「遥かなる祈り」の、両親の離婚の知らせを受け取った少年の表情を5時間かけて何度も直したという証言などもある。三原の創作へのこだわりが感じられ興味深い。
また、三原作品では、重要なシーンにおいて、優しさを突き放した態度で表現するという例が多いのではないか。このシーンもグレアムを思うアンジーが、死にたければ自分が殺してやるという、緊迫感ある印象的なシーンである。

中央:はみだしっ子partⅩⅨ「つれて行って」本文原画
   (1981年『花とゆめ』14号)

第2期 R025
デビューまで

手前右は、三原順のペンネームが誕生した瞬間を示すメモ帳。"三原綱木"は、彼女が当時好きだった元ブルー・コメッツのギタリストの名前であり、「じゅん」の字も色々模索した上で、結局本名の順子から取ることにしたことがわかる。展示してあるLPは三原順の遺品の中にあったブルー・コメッツのもの。奥左は、「はみだしっ子」の原型小説「Day Tripper」が書かれた高校時代のノートの束。奥右はデビューしてからのものだが、「はみだしっ子」の掲載開始前に何度も描き直されたといわれるボツネーム用のノートである。

中央:「はみだしっ子」原型小説ノート11冊
 奥:「はみだしっ子」ボツネーム帳
手前:亜土ちゃんミニノート 3冊
 左:『ヨーロッパのブルー・コメッツ』
   (ブルー・コメッツ/1968年)

第2期 R026
デビューまで

正面原画は『別冊マーガレット』72年9月号の「第51回別マまんがスクール」で佳作をとった「マッド・ベイビィ」の扉。この回のスクールは、受賞者ページに名香智子、くらもちふさこ、倉持知子と、後にプロとして大活躍するメンバーが名を連ねていた。黒を基調に四角のコマを並べたデザイン性の高いこの扉は、その中にあってもひときわ目をひくものであった。第56回、「ぼくらのお見合い」で金賞をとってデビュー。それまでの評では、「とにかくストーリーがわかりにくく、ひとりよがりである」という注意が多かったが、徹底してわかりやすくしたことで金賞受賞となった。白泉社文庫『三原順傑作選'70s』の和田慎二による解説にこういう一節がある。
「…だが彼女の投稿作を目にする機会に恵まれた常連投稿者にとっては、いやおうなしに意識せざるを得ない作家であった。この時期にファンと敵(ライバル)を作っていったことを彼女自身は知るまい」。
iPadでは、三原順の投稿作への講評が読める。左の雑誌はデビュー作掲載の『別冊マーガレット』73年3月号(前月の2月号にて、第56回別マまんがスクール金賞受賞)。

正面:「マッドベイビィ」扉原画
   (1973年『別冊マーガレット』9月号)
 右:『別冊マーガレット』1973年3月号

第2期 R027
三原順の本棚 1

[手前]
『まどのむこう』【遺品】
(チャールズ・キーピング/いのくまようこ訳/らくだ出版/1977年/4刷)
[中央]
はみだしっ子partⅩⅢ
「窓のとおく」より【原画】
(初出:1978年『花とゆめ』9号)
「はみだしっ子 PartⅩⅢ 窓のとおく」からの1ページ。
グレアムが何かを思いつめている様子に、アンジーは落ち着かない。
アンジーが窓から眺めていた楽しげに見えた子供は、実は犬が死んで泣いていた。
その話を引き合いに出して、アンジーはグレアムに訴える。
お前が笑っていると思ったけど本当は違う…そんな感じは嫌なのだ、と。
グレアムの父が死に瀕していることが本編の最後で明らかになる。
窓の内から眺める様子と真実が違うというイメージがキーピングの絵本『まどのむこう』から来ていることは、三原作品の名言を集めた『はみだしっ子語録』(白泉社/1981年)で三原自身が説明している。

第2期 R028
三原順の本棚 2

[右手前]
『約束の地』【遺品】
(ロバート・B・パーカー/菊池光訳/早川書房/1978年)
[中央]
はみだしっ子partⅩⅦ
「クリスマスローズ咲く頃」より【原画】
(初出:1979年『花とゆめ』8号)
「クリスマスローズ咲く頃」からの1ページ。本編でバカ息子を演じたアンジーは、傷ついて家を抜け出し酒場へと行く。酒場の酔っ払いに教わる「家ってのは…」で始まる言葉がロバート・B・パーカー『約束の地』にヒントを得ていることは、やはり三原自身が『はみだしっ子語録』で記している。

「今現在、私自身もさして幸福ではない。家へ帰るべきなのだろう。家は、おまえが行くことができて、人々がおまえを受け入れざるをえないところなのだ。」(『約束の地』より)

ロバート・B・パーカーはアメリカのハードボイルド系ミステリー作家。『約束の地』は私立探偵スペンサーが活躍するシリーズの4作目。80年代にアメリカでTVドラマ化もされている。三原順は大変な読書家であり、海外ミステリー小説も好んで読んでいたようである。

第2期 R029
三原順の本棚 3

[手前]
『意識と社会 ヨーロッパ社会思想 1890-1930』【遺品】
(スチュアート・ヒューズ/生松敬三・荒川幾男訳/みすず書房/1970年)
[中央]
はみだしっ子partⅩⅨ
「つれて行って」第27回より【原画】
(初出:1981年『花とゆめ』17号)
展示の原画は「つれて行って」終盤からの1ページ。『意識と社会』からの引用がある。「我々は…」から始まる言葉がそれである。これは元々クローチェの言葉をヒューズが引いたものである。19世紀末デカダンス的印象を与える言葉かもしれないが、新しい時代へ臆せず乗り出していく決意の文章としてヒューズは引用している。展示した原画の最後のモノローグに登場する「ヒューズ」とは、以前グレアムを治療した精神科の医師のことだが、おそらくスチュアート・ヒューズからその名を取られている。
三原順が引用しなかった文章の続きが実は興味深い。
「そして、われわれがたった一つもちつづけてきたものは自己意識であり、 その意識をもっと明晰にもっと明白にしようという欲求だけだ。 そしてこれを満足させたいという欲求が、 われわれを科学と芸術に向わせるのである」
遺品の本のp288には、上記引用箇所に鉛筆で囲みが入れられ、展示品の様にカバーがそこに折り込まれた。

第2期 R030
三原順と音楽 1

[手前]
サマータイム(自作編集カセットテープ)【遺品】
[中央]
「君の好きな帰り道」より【原画】
(初出:1979年『花とゆめ』2号)
「君の好きな帰り道」本編中の1ページ。「サマータイム」をカバーした、多くのミュージシャンの名前が並ぶ印象的なシーン。三原順の遺品の自主編集カセットテープにも、「サマータイム」の色々なバージョンが入ったものがあった。カセットにはマンガの中の「14種類の"サマータイム"」とある言葉にあわせたかのように、14種類の「サマータイム」が入っている。展示のページに列挙されているのは8曲分、展示ページの次ページに1曲、つまり作中には9曲しかでてこない。入ってない残りのアーティストは、「ボビー・マーチン&MFSB」、「ローランド・ハナ&ジョージ・ムラーツ」、「山本剛トリオ」、「村岡実(尺八) ダン池田&ニューブリード」、「バーニー・ケッセルカルテット」である。

第2期 R031
三原順と音楽 2

[手前]
『ひとりぼっちの野原/つれていって』【遺品】
(ザ・キャッツ/1971年)
[中央]
はみだしっ子PartⅩ
「山の上に吹く風は」より【原画】
(初出:1977年『花とゆめ』9月号)
「つれて行って」は「はみだしっ子」最終編のタイトルで知られるが、三原作品の中で繰り返し使われる象徴的なフレーズ。ザ・キャッツ『ひとりぼっちの野原/つれていって』 は1971年の曲。小鳥に向かって、「つれて行ってよ、空の上に」と語りかけるような静かなナンバー。鳥もまた、三原作品でしばしば象徴的に使われるイメージである。
「はみだしっ子」PartⅩ「山の上に吹く風は」の中に、アンジーがシドニーに助けられ「あんたの好きな様にしなよ!」と応えるシーンがあるが、このシーンに入る言葉は、雑誌掲載時は「連れて行って」というセリフだった。展示品は、雑誌掲載時以降一度も使われていないページの原画である。三原順が何故コミックス収録時にこのシーンを描きかえたかは不明だが、後に「つれて行って」というシリーズを描くことにしたため、いったん封印したのかもしれない。実は「山の上に吹く風は」も「つれて行って」のイメージで描かれていたことがわかる。

第2期 R032
三原順と音楽 3

[左]
『いつか、どこかで』【遺品】
(ブライアン・フェリー/1974年)
[中央]
はみだしっ子partⅩⅨ
「つれて行って」より【原画】
(初出:1980年『花とゆめ』15号)
「つれて行って」でアンジーがグレアムにリクエストする不健康なムードの「ユー・アー・マイ・サンシャイン」はブライアン・フェリーのカバー。ジミー・デイビスによるオリジナルは軽快なメロディーだが、作中でアンジーが語るように実は失恋の歌。「あなたはボクのたったひとつの日だまり」。そんなアンジーの思いを音楽にのせて表現した名場面。