川島ゼミナールによる福島県新地町での活動報告(10月10日~12日)

2015年11月11日
明治大学 震災復興支援センター

釣師浜における津波被害の痕跡釣師浜における津波被害の痕跡

昨年より更地と盛り土が目立つ大戸浜昨年より更地と盛り土が目立つ大戸浜

内陸移転したJR常磐線内陸移転したJR常磐線

津波で折れたポール(埒浜にて)津波で折れたポール(埒浜にて)

 川島ゼミナールの学生から、福島県の新地町で行った活動について、寄稿がありましたので紹介します。
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 私、浦壁周平と朝倉貴紀は、10月10日から12日まで、ビーチクリーンへの参加と、復興の状況の昨年との比較のために福島県新地町を訪れました。

 1日目、10日の午前10時、仙台からの高速バスで新地町に着き、町役場へと挨拶に訪れると、福島県立新地高等学校の生徒らが集合していました。話によれば、「浜通りの高校生らが国道6号線を一斉に清掃するイベント」とのことで、飛び入り参加で一緒に国道の清掃をしました。生徒の中には過去6回の訪問で友達になった生徒もいて、楽しく清掃をすることができました。
 また、国道6号沿いに桜並木をつくるというプロジェクトも行われており、新地町でも植樹が行われています。浜通りが綺麗な桜並木に彩られることが待ち遠しいですが、6号線沿いには、未だ収束の見えない原発事故も存在し、その問題の深刻さを改めて感じた次第です。
 その後は、町のシンボル鹿狼山へ登山。道中、新たに開通した常磐自動車道を横断。浜の地域に比べてあまり動きのないように思われる山間部ですが、新たなインフラの開通により相双地区の物流に動きが出るのでしょうか。町の復興とともに季節も進み、紅葉が山を彩っていました。

 2日目は、ビーチクリーンに参加。この活動は過去の活動報告でも何度も触れていますが、実際に被災した住民の「もう一度、砂浜を綺麗にしたい」という思いから生まれたものです。折しも、東日本大震災の月命日だったので、全員で黙禱。参加者は50人を越え、先日の関東地方の台風の影響もあってゴミだらけになった砂浜の清掃を行いました。代表の川上照美さんの「被災者の生活は一見回復したように見えるかも知れない。だが、当時の記憶は未だ鮮明に焼きついていて、被災者は思い出さないように心にしまっている。そうした思いを抱えながら皆、このビーチクリーンをしている」という言葉が印象的でした。実際に、今回の活動では位牌なども発見され、震災から4年経った今も震災は終わっていないのだということを感じました。

 ビーチクリーン後は、海沿いの津波の痕跡を再調査。というのも、復興建設の進むこの町では震災遺構が大幅に減少しています。例えば、釣師浜に存在した漁協事務所や家の基礎といった被害の痕跡は、解体や土盛りによって消失しました。そうした中で、震災から4年、その被害の大きさを伝えるものを見つけて、記憶を繋ぐことも大切だと考えます。
 埒浜では津波の衝撃で壊れた橋の欄干や道路のポールなどがありました。こうした遺構は1年前と比較して減少しました。現に、すぐ東側の沿岸部では防波堤の建設が進んでおり、昨年とは様相を異にしています。
 また、昨年の復興植樹祭で植樹した盛り土を見学。苗木の成長はまだまだです。定期的に確認しに行きたいと思いますし、そうしたイベントなどがあれば、人も集まるので面白いと感じます。
 
 3日目は、町の南端に所在する相馬共同火力発電(株)新地発電所内にある「わくわくランド」で開催された、20周年記念イベントへ。何度も訪れるうちに仲良くなった地元の小学生と遊びました。そして、復興建設の進む沿岸部を自転車で回り、調査。建設が進められているLNG基地のタンク建設が進められており、燃料基地としての新たな役割が新地に生まれます。また、昨年にはまだ建設の進んでいなかった常磐線は軌道の整備が完了し、今にも電車が走ってきそうです。復興道路は、震災の教訓から常磐線をオーバークロスする形で建設が進められており、田んぼの中に橋脚が立ち始めました。荒れ放題だった駒ヶ嶺駅は、除草などの手入れがなされて再開が待ち遠しいです。そうした中で、舞子浜では家の基礎が残っており、大戸浜では更地になった沿岸部に盛り土が進められていました。昨年も登った大戸浜の高台からは更地になった沿岸部が一望でき、ここに防災緑地が完成して、また人々が集う場所になることを願ってやみません。
このように大戸浜~舞子浜~駒ヶ嶺と被害の大きかった沿岸部を中心に見て回りましたが、文面では伝えきれないほどに建設が進んでいました。ぜひ、実際に足を運んで当時の話に耳を傾けつつ震災被害について1人でも多く、考えてもらえたらと思います。

 今回の訪問で10回近く新地町を訪れたことになりますが、回を重ねるごとに感じるのは、「被災地の風景は常に変わる」ということです。先月訪れた箇所に新たな構造物が建っていたり、沿岸部が工事で立ち入り禁止になったりと、その姿は常に変わります。それゆえに、こうして定期的に訪れて調べるということの重要性や意義を感じますし、復興が進む姿を目の当たりにすることができるので嬉しくも感じます。
 今年度から、町の仮設住宅(新地町明治大学ボランティア活動拠点)を借りることができるようになりました。昨年と違い、活動拠点ができたことで、より町に行きやすくなりました。とてもありがたいです。こうした施設を利用して、明治大学の学生に新地町を訪れてほしいと思いますし、役場や町の方もそう思っています。ぜひ1度行ってみて下さい。
情報コミュニケーション学部 川島ゼミナール
4年 浦壁 周平
 

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