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新領域創成型研究・若手研究詳細 2007年度

細胞同調機能の制御による新規抗菌治療法の開発

研究課題名 細胞同調機能の制御による新規抗菌治療法の開発
研究種目等 若手研究
研究概要 (研究目的)
①研究背景
 ヒトを含めた動物の消化管,特に盲腸や結腸には多種の腸内細菌が多数生息し,腸内菌相(腸内フローラ)を構成している。これらの細菌が宿主動物の栄養,薬効,生理機能免疫などのプラスの効果をもたらす。一方,腸内細菌は老化,発ガン,感染などのマイナスの影響をもたらすこともある。Streptococcus bovisは,単胃動物の腸管内や反芻動物の第一胃内に生息する乳酸生成菌である。健常人の結腸からしばしばS. bovisが単離されること,イヌ・ネコからも単離されたことが報告されており,これらの動物ではS. bovisは常在菌と考えられている。しかし,S. bovisのある種の菌株が,心内膜炎,髄膜炎,および菌血症を引き起こすことが報告されており,結腸癌との関連が古くから示唆されている。従って,結腸癌などの疾病に関与する菌株の増殖は抑制することが望ましい。これまで,有害菌を抑制するために抗生物質が利用されてきたが,この場合,有用菌までも排除されるだけでなく耐性菌が出現する問題がある。そこで,別の方法で宿主にとっての有害菌の増殖を抑制し,有用菌の増殖を促進することが望ましい。S. bovisの問題を扱っている研究報告は国内外共にあるが,臨床報告がそのほとんどであり,対処法に関する報告は少ない。そのような中で,研究代表者は,これまでにもS. bovisを中心として,細菌の代謝制御に関する研究をおこなってきた。

②研究目的
 ある種の細菌では,クォーラムセンシング(QS)機構による菌体細胞の同調調節を行うことが報告されている。QS機構において,細菌は低分子量の化学シグナル分子を放出し,その蓄積を感知して病原性や増殖に関わる遺伝子の発現を調節する。従って,QS機構を制御することができれば,抗生物質の代替となり,菌感染症に対する新たな治療法に成り得るであろう。そこで本研究では,S. bovisの増殖制御および病原性の抑制を最終目的として,本菌のQS機構による細胞の同調調節の解析を行う。

③学術的特質
 前述のように,S. bovisに関する研究は,臨床報告がほとんどであり,その対処法は抗生物質の使用が主である。抗生物質の使用は,有用菌の排除や耐性菌の出現などの問題があり,これだけでは真の問題解決にはならない。本研究は,原因療法を狙ったものであり,新規な試みである。実用に至る治療法を確立することができれば,病原性のS. bovisを特異的に排除できるので,理想的と考えられる。また,その仕組みをうまく利用すれば,他の病原性菌にも応用することができるであろう。

(研究実施報告)
 Streptococcus bovisはウシなどの反芻動物の第一胃やヒトなどの単胃動物の腸管内に生息する乳酸生成菌であるが,菌株によっては消化管内で過剰に増殖した場合に,宿主に様々な疾病を引き起こすことがあるので,過剰な増殖を制御することが望ましい。本研究では,S. bovisの増殖を制御することを目的として,増殖制御因子の一つであるペプチドフェロモンComCとその応答機構に着目し,その分子生物学的特性を調べた。S. bovisのComCの推定アミノ酸配列内には,シグナルペプチドの開裂部位に特異的な配列が保存されていた。ComCは前駆体として合成された後に,リーダーペプチドが切り離される翻訳後修飾を受け,シグナルペプチドとして菌体外に放出されると考えられた。推定リーダーペプチド部分は他のStreptococcus属の菌との相同性が見られたが,シグナルペプチド部分の相同性は低かった。それ故,S. bovis ComCのシグナルペプチド部分のアミノ酸配列は本菌に特異的であり,その構造やシグナルとしての役割もS. bovisに特有と考えられた。ComC遺伝子の周辺には,ComDをコードする遺伝子の3つのホモログと,ComEをコードする遺伝子の2つのホモログが存在した。全てのComDは細胞膜貫通型のタンパクであり,細胞外のシグナルを感知する働きを持つと推測された。更に,C末端領域にはヒスチジンキナーゼのモチーフ配列であるH, NおよびG boxが高度に保存されており,ヒスチジンキナーゼ活性を持つと推測された。一方,2つのComEホモログにおいて,シグナル受容ドメインがN末端領域に保存されており,ComDからリン酸基を受け取ると考えられた。C末端領域には,DNAとの結合を担うモチーフ配列が保存されており,ComEはヒスチジンキナーゼからの応答制御因子として働くと考えられた。以上の結果から,S. bovisにおいてComCからの情報は二成分制御系を介して標的遺伝子に伝達されると考えられた。今後は,本情報伝達系を制御することにより,菌の増殖を制御する方法について研究する予定である。
研究者 所属 氏名
  農学部 講師 浅沼成人
研究期間 2007.6~2008.3
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