明治大学 平成17年度現代的教育ニーズ取組支援プログラム
広域連携支援プログラム-千代田区=首都圏ECM-
本プログラムは、文部科学省が公募する、平成17年度「現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)に採択されました。」
現代GP採択関連講座
市区長・教育長リレー講座「子供と地域の街づくり」―街づくりにおける広域連携の枠組みつくリ―
[報告書]  PDFPDF版
開催日時:平成17年10月26 日(水) 参加人数:参加人数33人
講師:群馬県富岡市教育長岩井榮壽 テーマ:自問清掃と人づくり
富岡市の教育
 富岡市は群馬県の南西に位置し、「歴史と文化と自然をつむぐ心のまちとみおか」というのが富岡の未来都市像のキャッチフレーズです。特産のこんにゃくと下仁田ネギで有名なところで、今、「旧富岡製糸場」が国の史跡指定を受け、更に国の重要文化財指定とユネスコ世界遺産登録に向けた、調査と活動が進められているところです。
 今日は富岡市が行っている自問教育についてお話します。私は、人間の基は徳性であり、この徳性を育てるのが教育の基本であろうと考えます。しかし今の学校教育では徳性を育てるという道徳教育が疎かにされているのではないかと思うのです。その徳性を育てる中心となる活動が自問清掃です。そしてその自問清掃によって人づくりをし、もっと大きな意味でいえば、未来の街づくりをしているのだと思っています。
3つの教育
 まず、富岡市が進めている3 つの教育について説明します。
 1つ目は自問教育。これは心の教育、徳性の教育で、(1)「我慢の心」(2)「思いやりの心」(3)「気付きの心」 (4)「感謝の心」(5)「正直な心」の五つの心を育てれば、どんな社会でもどこの国でも通用する人間になれるだろうと考えています。
 2つ目は独創教育。これは意(こころ)の教育で、新たな価値を創造する力を身につける教育です。今、子供たちは学校で学んだ知識や技能を試すところがない。無限の力や独創性を発揮する場を子供たちに与えようと、年に3回の独創展を市民の集まる生涯学習センターホワイエで開催しています。開催期間中、生涯学習センターに来館した市民は、児童生徒の作品を見て感動した作品に投票し、審査に参加する形になっています。市民の投票数は審査員の審査に生かされ、「感動賞」の選定に使われます。
 3 つ目が生き方教育です。「志の形成」を最終目標にしています。私どもの教育委員会のキャッチフレーズは「夢と希望と志」を市民に抱かせることです。夢というのは大きいですね。夢の手前にあるのが希望、希望を実現するためにあるのが志だと思います。その志を形成するのが生き方教育です。
 このような3つの教育を通して、人として職業人として社会人として自立をすることを目指しています。 この3つの教育の進め方は、自問教育主任、独創教育主任、進路指導主事を市内の小学校9校、中学校5校全校に配置して、小・中学校9 年間の一貫教育を進めています。また1 つの中学校区内の小・中学校をブロック単位にして、各ブロック別の全体計画による教育指導を進め、父母や地域の連携のもとに地域の子供は地域で育てるよう取り組んでいます。
自問清掃による教育
 自問清掃の活動は学校をきれいにする清掃目的よりも、心を浄め、自らを高める人間成長を主目的とする活動時間です。清掃活動は教師の指示や命令や誘導は一切やめ、子供たちの自発性を信じて待ち抜き、子供とともに学校を愛し抜く時間として受け止めます。目標は達成しやすいように段階的に順次高次な目標へと配列しています。富岡市の自問教育は、理念と理論と実践に体系化し、人間の知識や感情や意志などの働きのもとになっている五つの心(我慢の心、思いやりの心、気付きの心、感謝の心、正直な心)を育成するものです。自問教育の方法は、「耕しの場」「定着の場」「創造の場」を設定して指導します。「耕しの場」は、五つの心の意義や必要性を説得的説明によって子供たちの理解と納得を促し、授業によって理解と納得の深化を図ります。「定着の場」は、耕しの場で獲得した理解と納得を実際の清掃活動を通して、体験的な理解のもとに五つの心を身に付けます。「創造の場」は、自省によって自他の良否や差異に気付き、自らを変容させる場であるとともに、新しい自分を創造し、新たな自分との出会いの場とします。
 自問清掃の活動中は、先ず人に迷惑な私語を慎む我慢を身に付け、目を働かせて友達の気持ちを汲み取る思いやりの心、余った時間は清掃以外のためになる仕事見付け通す気付きの心、感謝の気持ちをもって働ける感謝の心、自分の心に問い、素直な気持ちで行動できる正直な心を醸成し、身に付けます。この三つの場面をスパイラルの長期的な継続によって、質の高い自分が創造できるようにします。この自問教育の発展の一つとして、ノー号令、ノーチャイムを実践している学校があります。もちろん、入学式や卒業式をはじめ、朝礼時や普段の授業も一切号令はありません。ノー号令は、号令がありませんので相手を見ていないとタイミングよく挨拶ができません。ノー号令実践校の子供たちは、自ら考え、自ら判断し、自ら実践できる子供に育っています。自問教育で使っている言葉は、小学校低学年では理解しにくいので、「我慢の心」は「粘り玉」、「思いやりの心」は「親切玉」、「気付きの心」は「発見玉」と呼んでいます。
 この自問教育は長野県の竹内隆夫先生という方が「読売教育賞最優秀賞」になった論文で紹介された教育方法で、人間教育の原点を見据えた道徳教育であり、徳性を磨く一つの方法です。
 もう一つ富岡市が進めている清掃活動があります。それは「教育委員会掃除に学ぶ会」が進めている活動です。10月22日の土曜日で通算221回目になりました。なぜ、この会を作ったかと申しますと、私は教育長ですので、「自分がやらないで自問清掃をやってください。」という命令をするのは、自問教育の精神に反しますので、校長先生にも指示や命令はしていません。校長会には「自問教育の推進は校長会に委託しますので、その費用は渡しますから校長会でやってください。」とお願いして進めて頂いております。その代わり、「教育委員会も自発的に学校のトイレをお借りし、掃除をさせてください。」ということで教育委員会掃除に学ぶ会のトイレ清掃がスタートしました。この会は「日本を美しくする会」の趣旨をそのまま引き継いでいまして、汚れているトイレを徹底的に磨くことによって、結果として心を磨くことをねらいにしています。ですから「五つの心を育てる」ことが目的の自問教育と「掃除に学ぶ会」の目的とは直接的な目的は異なりますが、最終の到達点は同じであります。掃除に学ぶ会の第一の目的は「心を磨く」ことですが、心を取りだして磨くことはできませんので人の嫌がるトイレをきれいに磨くことによって、心も美しくしたいというねらいです。第2の目的は「謙虚な人になれる」、トイレ清掃は「下座の心」を味わうのに大変よい活動です。第3は「気付く人になれる」、世の中で成果を上げている人はよく気付く人ではないかと思います。第4 は「感動心を育む」、人並みのことをやっていたら人に感動は与えられませんね。第5 に「感謝の心」が芽生えます。トイレ清掃をしていると小さなことにも感謝できる感受性豊かな人間になれます。このように富岡市では、学校の進めている「自問清掃」と「掃除に学ぶ会」が進めている公衆トイレ掃除や学校のトイレ掃除を通して人づくりを進めています。
主な質問応答
Q: 新しい先生が入ってきたときに自問清掃の理念を伝えるというのはどのようにされていますか?
A: 先ほどもお話したように長野県の竹内隆夫先生の第41 回「読売教育賞」の最優秀賞をとった論文の冊子を新しい先生に配っています。それをもとにして、各学校には自問教育主任がいますので、理念を継承してもらっています。もう一つ、教育委員会主催で「自問教育を語る会」をやっていまして、「耕しの場」「定着の場」「創造の場」のテーマ毎の班編制をして、自分の好きなところの班に入ってに行って好きなだけしゃべるということで学ぶことが多いようです。地域に根付かれるのは子供たちを通して親にさせるのが一番早いと思います。
Q: 今の話を聞きまして、我々は子供に職業人として、「英語が話せたほうがいい、資格を取っておいたほうがいいよ。」と教えるけれども、大事なことである「時間は守れ、丁寧に挨拶をしろ」とは教えない。富岡市が進める教育の理念にそんなことで教育長さんの人生観、こういう人間を作りたいという想いがあると感じますが、その辺をお聞かせ下さい。
A: 自問教育に私が出会ったのは、日本全国でいじめによって自殺する子が多く、たぶんその年度でも10人位いたでしょうか。ちょうど隣町でも女の子が自殺しました。何とかこの子たちを救う方法はないだろうか。今までの教育でよいのだろうかと疑問をもっていましたところ、たまたま教育長になりましたので、なったからには何かしなければと思いまして、県教委からも、文科省からも叱られない教育課程外の活動であれば、注文や文句はないだろうと、教育活動の中だけれど教育課程の中ではないもの、それが掃除だったのです。そこであれば自分の思いは貫けるだろうということで、自問清掃を進め、更に生き方教育や独創教育などを付け加えていきました。
 自問清掃は掃除をしたくない子はしなくてもよいものですから、先生方が一番苦労するのは、子供たちの自発性を教師が信じて「じっと待つ」ことなんです。しかし「掃除をしたくない子はしなくていいよ」と言っても学級の全員が掃除をしないということはありません。何人かは絶対します。そのうちに段々増えてくるのです。それを信じて待つ。教師が子を信じなければ子供は先生を信じない。教育というのは信頼関係の上に成り立っているものだと思うので、そうやって自発性と自主性を育てていけば、子供は必ず自立すると思います。教育の基本は自発と自主と自立の3 つで、この3 つが育っていれば21 世紀を生きていけると考えています。
Q: 富岡市で育った子供たちがどんな風に成長しているか、何かエピソードはありますか?
A: 一つの例として、市議会議員さんがある女子高に行ったところ、誰も掃除をしていないのに1 人の子だけが掃除をしていたので担任の先生が「なんで他の子が誰も掃除をしていないのにあなたは掃除をしているんだ?」と聞いたところ、「私は小学校の頃から自問清掃をしてきたので、人が見ていようがいまいが自分に与えられたところを一生懸命掃除するだけです。」と答えたそうです。


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