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ドイツと日本 —ドイツ語を学ぶ意義

商学部教授 風間信隆

 戦前から、ドイツは我が国の法制度・学問や経営実践、さらには芸術・文化にも極めて大きな影響を与えてきました。すでに日本とドイツは、長くて深い、様々な交流の歴史を持っています。
 
 ドイツは1871年、明治維新(1868年)に遅れること3年にしてようやく国家統一を成し遂げ、それ以降「富国強兵」「殖産工業政策」によって急速な工業化を実現しました。こうした「上からの」工業化等のドイツの発展過程は、「脱亜入欧」をスローガンとする日本の近代化にとって「範」たりうる存在だったのです。旧商法・会計制度・医療等の分野で、例えば、「監査役」「カルテ」「ドクター」といった、我々の生活に身近な存在となっている用語はいずれもドイツ語から移入された用語でした。また商学部は「明治大学商科大学」として1904年に設立されましたが、これこそドイツの“Handelshochschule”をモデルとして設立されたものであり、ドイツでも産業界のエリート養成機関の設立要請に応えて1898年に初めてライプツッヒに設立されたものが嚆矢でした。現在、「経営学総論」と呼ばれている授業科目も1971年のカリキュラム改正前までは「経営経済学」と呼ばれていましたが、これもドイツの商科大学で教えられていた“Betriebswirtschaftslehre”の呼称を取り入れて、1928年に商学部で設置された授業科目でした。
 
 この両国は、第2次世界大戦の敗戦によりいずれも国土は焦土と化しましたが、その後、1950・60年代にいずれも「奇跡の復興」と呼ばれる急速な経済成長を経て、2010年に日本が中国に追い抜かれるまで日本のGDPは世界第2位,そしてドイツは世界3位の、有数の工業国として見事に復活を遂げることになりました。

 現在、「ユーロ危機」によってEU経済は大きな試練に直面しておりますが、ドイツ経済はEU諸国の中でも「一頭地抜く存在」として際立つ存在感を発揮しており、なかでもドイツ企業の国際競争力の高さに注目が集まっております。私たちになじみのある自動車で言えば、フォルクスワーゲン、ベンツ、BMWが有名ですし、化学でもBASFやヘンケル、電機で言えばシーメンス、光学機器ではカールツァイスが有名ですが、一方、中小企業でも高い技術力を基盤としたニッチ企業として知られている企業も数多く存在しています。
 
 「失われた20年」とも呼ばれる、長期の日本経済の低迷にあって、デフレからの脱却・脱価格競争や脱コモディティ化の重要性が日本企業の大きな経営課題として認識されておりますが、この点で我が国企業はドイツ企業のブランド・マーケティング、創発的イノベーション力、国際経営そしてファミリー・ビジネス(同族経営)のあり方に学ぶべき点が多いようにも思われます。
 
 現在、こうしたドイツ企業もグローバル化しており、ますます国際言語としての英語の意味が高まっていることは紛れもない事実です。同時に、こうしたグローバル化とともにローカル化という意味もますます重要性を高めております。この点で、ドイツに関心を持つ人々はドイツ語の理解を深めることが決定的に重要となります。ドイツを知るためには何よりドイツ語で得られる情報・知識が決定的に重要です。ドイツ語は非常に論理的で、初学者にとっても分かりやすい言語です。是非一人でも多くの学生諸君がドイツ語を履修されてドイツを理解し、日独交流の懸け橋になって下さることを心より願っています。