融合教育教員座談会01

数学を軸に社会の諸問題への課題設定が行える人材を育成する「現象数理・ライフサイエンス融合教育プログラム」とは

異分野が関わる融合研究がもつ課題を明らかにし、融合研究に携わる人材を育成するための重要性を認め、慎重に議論を重ねて2020年度よりスタートした「現象数理・ライフサイエンス融合教育プログラム」について、明治大学ならではの理念や制度設計について、議論に携わってきた教員の方々にお話を伺いました。

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1段目左から大学院長・総合数理学部 教授 小川知之 、理工学部 教授 相澤守 、農学部 准教授 紀藤圭治
2段目左から学際高等研究院 副研究院長・研究・知財戦略機構 特任教授 菱田公一、総合数理学部 准教授 末松信彦、理工学部 教授 矢崎成俊

社会実装を意識した研究を基盤とした
「融合教育プログラム」がスタート

小川2020年4月から始動した、明治大学大学院「現象数理・ライフサイエンス融合教育プログラム」について、本プログラムの趣旨や目的・さらには今後の課題や目標といった点について、これに携わるメンバーの皆さんと一緒に議論をしたいと思います。

相澤明治大学の大学院は、12ある研究科すべての学生が履修できる「研究科間共通科目」を設置しています。その中に4科目からなる「現象数理・ライフサイエンス融合教育系科目群」という科目群が設置されており、これらを総称して「現象数理・ライフサイエンス融合教育プログラム」と呼んでいます。

紀藤「バイオエコノミー」「材料開発とデータサイエンス」「ライフサイエンスデータ解析」と、農学、理工学、先端数理科学の分野から各1科目設置しているのですが、社会実装という視点も重視しています。そのため、とくに「バイオエコノミー」では学外から招いた講師の方々によるSGDsに関する講義も行っています。その甲斐あって、受講者からは「社会とのつながりが見えた」というコメントが散見されました。

菱田いずれの科目も、社会実装できるだけの研究実績を積んだ先生方が、自らの研究に「数理」という視点を加えたらどうなるかをしっかりとイメージし、ボトムアップの提案をしてくれました。そのため様々なバックグラウンドを持つ学生が、各講義のテーマの中で、自分の研究の立ち位置がどこにあるか確認しながら参加できたのではないかと思います。融合教育においては、こうした環境がとても大切で、実践を含めこうした場をつくることができる先生方が明治大学には在籍しているということです。

末松その通りだと思います。私が所属する先端数理科学研究科現象数理学専攻では、設立当初から、数理科学と諸分野のつながりを意識した教育プログラムが設置されています。これらは、数理科学と諸科学の融合研究が熟成され、教育プログラムへと発展してきました。

異分野間にある言葉の壁を越えられる人材育成を目指して

小川学生に対してこうした教育プログラムが必要な理由についてはどのようにお考えですか?

末松これまで複数の分野による融合研究や教育の場において、「言葉」が課題となってきました。例えば、「ソリューション」という言葉を、数学畑の人は「解」だと認識しますが、化学畑の人は「水溶液」と認識するでしょう。研究分野が異なる学生を混在させた形で教育を行う際は、こうした言葉の共通理解が重要になります。そのため、異分野間でのコミュニケーションをいかに円滑に実現するかという課題がありました。

菱田同じ研究科のなかでも、建築系と機械系では同じことを言っているのに、公式が異なるために意味が通じないといったケースがあります。そのため、融合研究を行える人材を育成するための教育が必要で、それを行うためにはどうしたらいいのか議論を重ねてきました。

小川現象数理学研究拠点である「先端数理科学インスティテュート」では、数学モデリングとコンピュータシミュレーションを用い、分野融合研究を推進していますが、実験科学系の研究者に数学を理解してもらう難しさを肌で感じてきました。融合研究では、自分の専門分野にしっかりと軸足を置いたうえで、他分野の人とコミュニケーションできることが何より求められます。そのためには、お互いの研究についての最低限の知識を共有したうえでディスカッションを行う機会が求められるわけです。

矢崎世の中の「現象」を知りたいと思ったら、あの手この手で様々な角度からその現象を眺めなければなりません。数学といったテーマの内に留まるのではなく、なるべく外の世界とつながる必要があると考えていたため、私自身、常々研究領域を超えた教育プログラムがあればいいと思っていました。自分の研究を人に語ることができるようになることはとても重要なのですが、そうした機会を提供するプログラムはこれまでありませんでしたので、「現象数理・ライフサイエンス融合教育プログラム」は楽しみでもあり、期待もしていました。

相澤「バイオエコノミー」「材料開発とデータサイエンス」「ライフサイエンスデータ解析」といった講義科目に加え、集中講座である「融合共創プロジェクト」は、まさにそのような場を学生するために設置され、本プログラムの核となっています。本来であれば、2泊3日のキャンプ形式で開催されるものでしたが、2020年度は新型コロナウィルス感染防止の観点から、4日間のオンライン講座となりました。

矢崎私自身合宿を楽しみにしていたので、オンラインになったのは残念でしたが、それでも結果的には良い機会になったと思います。

小川コロナ禍に見舞われ、講義科目である3科目含め、すべての講義をオンラインで行うことになりましたが、実は融合教育を行う上では、キャンパスをまたぐことになるため、オンライン講義についても以前から検討しており、進めやすいといった側面はありましたね。

教員同士の交流も促進され、新たな気付きや可能性の種に

小川以上のような課題意識から数年前から議論を始め、2020年4月に実際にスタートしましたが、手ごたえの方はいかがでしたか。

相澤初めての試みでどのような学生が集まるかといった不安はありましたが、結果様々な分野から学生が集まりました。学生たちの反応もよく、面白がってくれたのではないでしょうか。また、私のゼミの学生と矢崎先生のゼミの学生がつながり、新たな共同研究の種が生まれるという副次的な効果もありました。それにより私と矢崎先生も協働することになりましたが、このような教員同士の融合は波及効果が大きいのではないかと思います。

末松今回プログラムを担当いただいた4名の特任の先生方の力で、無事オンラインでの開催を終えることができましたが、今後これをどのように続けるかという新たな課題もあります。2021年以降、本来の合宿形式での開講となれば、さらに効果も大きなものになると思います。

菱田相澤先生が触れたように、大学教員にとっても素晴らしい機会だと思います。我々はどうしても自分の専門分野に没頭しがちですが、学生がこれまでとは異なる研究テーマを持ち込んでくることで、学生はもちろん教員にとっても気づきやこれまでとは異なる視野を手に入れる機会となります。そのため本プログラムを担当する教員には、様々な分野を受け入れ、それを学生に戻すことが求められます。

小川確かにこれまで、制度や機会がなく、教員同士の交流は少なかったと思います。ところが、参画した教員は、こうした機会に触れ、互いに話をしてみることで、融合研究の面白さに気づいたのではないでしょうか。

紀藤小川先生のおっしゃる通りで、教員同士が交流する機会はなかなかありませんでした。この教育プログラムの設計段階に、教員同士が議論を交わすことで深まった感がありますね。それぞれの文化も分かり、いろいろなレベルで交流がプラスになったと感じています。

なぜライフサイエンスに「数理」という視点が必要なのか

小川昨今、大国が自国主義的な方向に舵を取り、国際的な分断が顕著になっていますが、学問の分野でも分断が起こっています。例えば数学といっても、そこには複数の分野があり、互いに理解しているかといったら決してそうではありません。目の前の新型コロナウィルスや、環境問題への対応も、分断しているがゆえに十分ではありません。例えば「温暖化により北極圏の氷が減少している」という事実のみを伝えるのではなく、科学的な根拠を示すことで、現状を理解してもらい、自らの行動を変えるきっかけにしてもらう。そこまでしなければ解決にはつながりません。学問は学者のうちに留まるのでなく、広く集合知として行き渡らねばなりません。そのために学問や研究の分断を解消し、接着剤となりえるものの一つが「数学」なのです。しかし、日本に限らず、高校生は文系と理系というように分断され、文系は数学については深く学ぶ機会がありません。そのため、数学と聞くと二次方程式や微分積分といった算術のイメージしかなく、苦手意識が生まれ、数学嫌いになり、さらに分断が起こります。本当は誰しも日常的に数学的な考え方をしているのに、それが発揮できていないのです。

矢崎数学者のなかにも計算が嫌いという人はいます。数学科の教員なのだからと、割り勘の際に計算しろとよく言われてしまう(笑)。私個人でいえば、そうした計算が得意なわけでは無いのです。むしろ、論理的な考え方でものごとを構築していく過程が好きなのです。小川先生が説明されたように、例えば経済学を学ぼうと大学を目指している文系の生徒は、文系だからという理由で、高校では数Ⅲは勉強できません。このように大学に入る前から分断が起きているため、文系の人にとっては理系の重要性が分からないということがあって当然です。書評欄で数学の本が取り上げることなどめったにありませんし。また、同じ理系のなかでも分野が異なれば互いの理解は到底及びません。その際私がお勧めしているのが、他専攻の修士論文や文系の人であれば、理系学部の卒業論文を見ることで、研究の種を互いに見せ合い、ざっくばらんに分断を乗り越えることです。その際、相手の立場に立つための想像力をぜひ養ってほしいと思います。

末松明治大学の付属高校に在籍する2年生に大学での学びを紹介する機会があったのですが、全く異なる興味関心を持った生徒たちに、数学への興味を持ってもらうことの難しさを感じています。これが、3年生で数学系学科への進学を考えている生徒であれば、どれだけ数学が役に立つかという話に関心を持ってもらえるのですが、色々と工夫をしながらの授業を心掛けているもののやはり難しい。だからこそ、興味が異なる相手にいかに自分の分野に興味を持ってもらうかを考える必要性を、私自身も考えざるを得ませんでした。

菱田現在日本が抱える課題として、欧米では様々な分野でドクターを取った人が働いているのに、日本ではドクターを取った人たちの活躍の場が少ないという事実があります。また、自分の専門分野における課題解決には長けているのですが、そもそもの問題発見能力、特に他分野に対する問題発見能力に欠けるという弊害もあります。そのため今、課題解決能力より問題発見能力が求められています。ここに貢献していくのは大学の責務であり、明治大学は、数学を一つのキーワードに明治大学らしく役割を果たしていくべきでしょう。

現象数理・ライフサイエンス融合教育プログラムが目指す人材とは

相澤人工骨など、再生医療の現場では、化学と医学と力学などが既に融合しています。その際、動物実験も含む数多くの実験が必要となります。そこで、数学と融合することで、これまで取得したデータを解析し、予測を立てることで実験を減らすことができる可能性があります。

末松数理が専門ではなくても、「こういう形なら数学が使えるかも」と想像できる学生を増やしたいと思っています。数理の学生が異分野に入っていくという取り組みは近年増えてきていますが、今後は、様々な分野の学生が数理の世界に入ってこられるような橋をつくることが重要だと考えています。ライフサイエンスをはじめとした諸科学を専門とする人に、数学と手を組むことで、何かできそうだという感覚を身に付けてもらえればと思います。研究の方向は2つあります。一つは専門的に深めていく。もう一つは、新しい方向に踏み出す。全く違うこの二つを組み合わせると、新しいものを生み出せるという、成功体験になればよいと思います。

紀藤それぞれの学生にはベースとなる研究があるので、そこに、数学またはライフサイエンスと交流することで、どのようなプラスの視点をもてるかが大切です。バランスを持って捉えて欲しい。他のテーマを知ることで、自分の立ち位置がわかることが多々あります。

矢崎数学者の語源は、ギリシャ語で「学ぶ人」という意味なんです。学ぶことが好きな人。勉強が好きな人は数学者なんだよということ。数学の「学」はなぜ「楽」しいと書かないのかと思ってしまいます。夏目漱石の俳句に「落ちざまに虻を伏せたる椿かな」という句がありますが、寺田寅彦という学者が力学的考察を加えて、この俳句を解析しています。私たちはそれに共感するのですが、ぜひその感覚を人文系の人にも味わってほしいと思います。それによって目の前の現象に対し、違う見方ができるようになります。

菱田数理を根幹にして、明治大学が今後どれだけ幅広く展開できるかを考えています。本プログラムは「現象数理+ライフサイエンス」という枠組みでの実施となっていますが、今後、例えば文系であれば、マーケティング+数理、農学部であれば食糧問題+数理といった可能性が考えられます。そこにある課題を横断的にみられるよう、数学の素養があり、多様な視点を持った人材をつくることが明治大学らしい取り組みだと考えています。基盤ができているからこそ今後の発展形を考えていくため、地に足を付けた議論を続けたいと思います。

小川大学院としては、こうした取り組みを小規模でも、徐々に人文社会系も巻き込んで継続していければと思います。コロナ禍で企業がテレワークを導入するなど、働き方が大きく変わっています。そうした新たな労働環境においては、文系出身であっても自然科学に取り組んだことが評価されるようになると思います。卒業後、例えば官公庁で働くとすると、必ず科学技術系の話題が絡んできます。そのためそうした分野のキーワードは誰もが知っておくべきでしょう。そのため、学生時代に他分野の仲間と議論を交わした経験は財産となります。これからの世界は、今までのようなルーティンでは通用しません。問題を自分ごととしてとらえ、自ら突破していけるか。そこに融合教育をベースとしたディスカッションが役に立ちます。

参加者プロフィール

  • 小川 知之さん

    大学院長・総合数理学部 教授小川 知之

    1984年京都大学理学部卒。広島大学理学部,大阪大学基礎工学部を経て2011年明治大学理工学部,2013年総合数理学部に移籍。先端数理科学研究科長,研究担当副学長を経て,2020年4月から現職。博士(理学)。専門は応用数学,数理モデリングで,最近では生理学の分野とも学際研究を進めている。
    https://researchmap.jp/tshogw

  • 菱田 公一さん

    学際高等研究院 副研究院長・研究・知財戦略機構 特任教授菱田 公一

    1976年 慶應義塾大学 工学部 機械工学科 卒業 1982年 慶應義塾大学 工学研究科 機械工学専攻 博士課程修了 工学博士
    1982年 慶應義塾大学助手 1986年 専任講師
    1989年 英国ロンドン大学インペリアルカレッジ機械工学科 客員研究員
    1991年 慶應義塾大学助教授 1997年 慶應義塾大学教授
    2019年 明治大学 研究・知財戦略機構 特任教授
    2020年10月~ 日本学術会議 副会長
    専門:熱流体工学

  • 相澤 守さん

    理工学部 教授相澤 守

    1991年3月上智大学理工学部化学科卒業後,1992年上智大学大学院理工学研究科博士前期課程を修了。花王株式会社研究員,上智大学助手を経て,2003年4月に明治大学理工学部応用化学科(当時, 工業化学科)に助教授として異動。2008年4月より現職。博士(工学)。専門はバイオマテリアル(生体材料学)および組織工学。化学の醍醐味である「モノづくり」の力で「健康寿命の延伸」に貢献したい。直近の目標は、矢崎先生と進めている数理科学との融合により材料系の論文に見た目が難しい方程式を導入し、研究室の学生達に威張りたい。
    研究室HP:http://www.isc.meiji.ac.jp/~a_lab/

  • 紀藤 圭治さん

    農学部 准教授紀藤 圭治

    1993年東京工業大学理学部卒業後,1995年東京大学理学系研究科修士課程を修了。第一製薬株会社,金沢大学,東京大学を経て,2009年明治大学農学部に移籍。2016年より現職。博士(理学)。専門は分子生物学およびプロテオミクス。生命活動の動的なふるまいを,大規模解析データを活用して解き明かしていきたい。
    研究室HP:http://www.isc.meiji.ac.jp/~kito/

  • 末松 信彦さん

    総合数理学部 准教授末松 信彦

    2003年東京理科大学理学部応用化学科卒、2008年筑波大学数理物質科学研究科で博士(理学)を取得。
    東京農工大、広島大を経て、2010年9月より明治大学に異動し、2017年より総合数理学部准教授。
    「動く」「リズムを刻む」「模様を作る」をテーマに様々な実験を行いつつ、背後に潜む仕組みを数理科学の研究者と共同で進めている。
    個人HP:http://www.isc.meiji.ac.jp/~suematsu/

  • 矢崎 成俊さん

    理工学部 教授矢崎 成俊

    (やざきしげとし)
    2000年,東京大学大学院数理科学研究科数理科学専攻博士課程修了.博士(数理科学).
    電気通信大学,武蔵工業大学(現・東京都市大学),宮崎大学などを経て,現在にいたる.
    専門は,界面現象の数理解析(応用数学)ですが,実験数楽しています.コロナ禍でハマったこと:ラップ.
    著書に『実験数学読本』シリーズ第1巻〜第3巻(日本評論社),『界面現象の微積分』(共立出版)などがある.
    ホームページのURL:http://www.isc.meiji.ac.jp/~syazaki/