融合教育教員座談会02

「現象数理・ライフサイエンス融合教育プログラム」を通して異分野の研究と交わることで自分の研究に新たな視点を

社会の諸問題に共同でアプローチできる人材を育成するために、2020年度よりスタートした「現象数理・ライフサイエンス融合教育プログラム」の講義やプロジェクトを担当する4名の教員の方々に、本プログラムを実際に運営してみての意義や気づき、また今後の課題について伺いました。

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1段目左から農学研究科 特任講師 山本英司、研究・知財戦略機構 特任准教授 山本誉士
2段目左から理工学研究科 特任講師 萩原 健太、研究・知財戦略機構 特任准教授 白石允梓

講義科目と集中講義からなる「融合教育プログラム」

山本(英)「現象数理・ライフサイエンス融合教育プログラム」には、3つの講義が用意されていますが、その中の一つ「バイオエコノミー」を担当しています。バイオエコノミーとはOECDが広く提唱しているコンセプトで、生命科学の研究をベースに経済や社会を発展させていくというものです。この講義は、私が一方的に知識を伝達するという形ではなく、学生に研究と社会のつながりを知ってもらうために、民間企業や公的機関などで研究開発に携わる方々をゲスト講師にお迎えし、その実情についてご講演いただいた後で、学生から質問や意見をしてもらう形式をとっています。

山本(誉)私の担当は「ライフサイエンスデータ解析」という講義で、統計学、機械学習の基礎について学んでもらいました。専門科目の講義との一番の違いは、講義の主体が異なるということです。融合教育の場では、主体は学生になります。様々な研究科から学生が集まるオンラインでの講義だったため、私が説明しながら、実際に手を動かしてデータ解析を体験してもらう場となるように努めました。

萩原私は、応用化学を専門としない大学院生が物質や材料に係わる理解を深めるとともに、計算科学手法による分子や材料の設計に関する導入科目となる「材料開発とデータサイエンス」という講義のほか、本プログラムの核となる、「融合共創プロジェクト」という集中講義を複数の先生方と一緒に担当しました。計画時は2泊3日の合宿形式を予定していましたが、コロナ禍にあってオンライン形式への変更を余儀なくされました。この集中講義では、いくつか融合研究の事例を紹介したのち、グループに分かれてそれぞれのバックグラウンドを持ち寄ることでどのような融合研究が可能かをディスカッションを重ねてもらいました。

異分野の学生が共に学ぶ教育プログラムに求められる視点

山本(誉)研究者が研究に取り組む際は、まずその社会的意義を考えます。つまり、自分の研究が社会にどう役立つかを考えて取り組んでいます。ところが修士課程では、多くが自分の興味に沿った、もしくは与えられたテーマに取り組むことが多いのが現状です。そのため、本プログラムでは、SDGsという視点を加えることにより、自分の研究が社会にどう役立つのかといった点にも着目してもらえるよう工夫しました。実は、自分の研究がSDGsの17のピースのいずれに当てはまるかを伝えるのは簡単ではありません。研究者の卵である修士課程の段階から少しでも自分の研究の意義を社会に向けて伝える、という視点を持ってもらえればいいと思っています。

白石本プログラムを運営するうえで難しいと感じたのは、どのようなバックグラウンドや興味を持った学生が参加するのか分からないという点でした。食材が分からないのに料理をしろと言われているようで(笑)。そのため、山本先生がおっしゃったSDGsを共通のテーマとして設定したのは分かりやすかったと思います。異分野の学生がゼロから何かを創発していくのは非常に難しいですから。また、教育プログラムである以上、評価を行うわけですが、その基準も難しいと感じました。プレゼンテーションの内容だけではなく、それに至るまで、どのようなコラボレーションをしてきたのかという途中経過も評価したいところです。評価とは、学生にとっては自分が行ってきたことに対するフィードバックであるわけなので、自分自身の糧にしてもらえるような評価を行うことが教育の使命でもあります。

山本(英)自分たちでテーマを考えて立ち上げるという経験がない中で参加した学生たちにとっては、融合や共創というテーマはかなり難しいテーマだったのではないかと思います。一方で、教員が必要以上にアドバイスをしてしまうと、どうしてもその方向に引きずられてしまうという懸念があり、本プログラムへのかかわり方には慎重にならざるを得ませんでした。学生にとって、もがくことも大事だと思うからです。幸い私が見る限り、自分たちで一生懸命考え取り組んでくれたという印象を持っています。これは教員にとっても貴重な場で、自分の研究室の学生であれば、テーマが決まっておりそれに対しては論理的に正しい方向性があるため、経験を積んだ教員は学生に対して断定的なアドバイスをすることも可能です。しかし、融合教育の場では決まった正解があるわけではないため、教員の主観で誘導していくのは避けなければと思っていました。

萩原まだまだ経験も知識も十分ではない学生たちがどのように研究を融合するさせるのかと不安に思いながら楽しみでもありました。困難なプロジェクトになるだろうと想像していましたが、半面これを乗り越えたらきっと視野が広がるだというという期待もありました。山本先生が指摘された教員のかかわり方の難しさについては私も共感していて、経過を見ているなかで、そこは違うかなと思うこともありましたが、ぐっとこらえて見守りました(笑)。

異分野同士のディスカッションの難しさを越え、
研究の種を見つける

萩原これまでなかなか交流する機会がなかった学生同士が融合研究の提案を行うというのはとても難しい作業だったと思いますが、よく頑張っていたと思います。粘り強く議論を進めて、学生の本分を果たしているなあという印象でした。なかには、さらなるブラッシュアップを行えば学会で発表できるくらいのクオリティを収めたグループも見られました。今の学生のポテンシャルを見せてもらいました。

山本(英)見ず知らずの人が集まりディスカッションを行うことは難しいと思います。教員が方向性を誘導しないということはもちろん、主体である学生同士でも一人の意見に引きずられることなく議論を進めていくことが大切です。そのため、こうした経験をすることは、学生にとっても今後の糧になるのではないかと思います。学生たちの話を聞いて楽しかったし夢も感じました。

白石今回はオンラインだったため、特に議論の進め方に難しさを感じたのではないかと思います。さらに4日間という日数の制約もあるなかで、お互いの話をよく聞きあっていたと思います。実験系の研究者と理論系の研究者が共同研究を進めるときには、一般に理論側が柔軟に対応する方が上手くいく場合が多いですが、実際に学生同士でもそれぞれの専攻を意識した同様のコミュニケーションがとれていたと思います。また、こうした融合の場ではリーダーシップの在り方も問われます。本来の合宿形式であれば、もっとコミュニケーションの時間もとれますし、一つのグループに所属するのではなく、シャッフルしてみるなど工夫もできそうです。

萩原今回のゴールは研究の種を見つけるというところまでだったのですが、そもそも研究とは何かを考えてみると、これからの社会をつくっていくような大きな研究もあれば、数人集まればできてしまう小さな研究もあります。そうした定義をこちら側がしっかりすることの大切さに気づきました。同じ現象に対し様々な見方ができるということを多くの学生が経験したと思いますが、やはり今回は文系の参加がなかったため、少々スパイスが足りないという印象もありました。ここは次年度以降の課題で、実現できたら楽しいと思います。

山本(誉)「数理」と聞くと、文系の方にとってはハードルが高いと感じてしまうかもしれませんが、数学を覚えることが目的ではないですし、すべての学生に役立つ視点を手に入れられると思いますので、ぜひ文系の学生にも参加してもらいたいですね。私たち教員にとっても良い融合の機会になると思います。

萩原まずは経済学とのコラボレーションが考えられますね。

白石経済は何となくわかりますが、法学、文学、となってくると私たちの想像の域を超えてきますね(笑)。本プログラムはここで何かの成果を出すことが目的ではないので、まずは他分野の学生が同じテーブルにつき、互いに話を聞きあうことで何かしらの共通点を探し出すだけでも十分な価値があると思います。「トランス・サイエンス」という概念がありますが、例えば、「安心」って何だろうかと考えた際、その答えを科学だけで導くことはできません。科学的・数理的にどれだけ正しくても、それが伝わらなければ意味がありません。その差をどう埋めていくかというのがシリアスな問題となっています。

山本(誉)理系のなかにも数学に苦手意識がある学生は意外と多いと思います。そのためにこのプログラムがあるわけです。分野融合するために大切なことは、数学を理解することではなく、数学が自分の分野にどう絡んでくるのかを明らかにすることです。それを知れば、おのずと数字に興味がわくのではないでしょうか。そのうえで、数学の分野は数学の人に託せばいい。統計は大事だから覚えなさいと言われるより、自らの研究データについて、それをどう分析するか考えるほうが興味は沸きます。そういう意味では文系も理系も関係ありません。あくまで自分の守備範囲のなかで、どうやって数学を活かすことができるかと考えるだけでも、研究間の壁がなくなるでしょう。

白石数学は、諸般の様々な現象を探るという特別な役割があることは確かです。文系の方はどうしても数学というと高校までの数学のイメージを抱かれると思います。理系の学生でも大学で扱う純粋数学は論理構造や概念を追求するので、抽象的で哲学のようなものに感じ、嫌いになってしまうというケースもあります。一方、「現象数理」に代表される現象を説明するための数学、道具としての数学は、受け入れやすいという面もあります。この使う数学という捉え方をしてもらえると、文化や背景が異なる研究間で互いの理解が進み、研究の幅が広がる、ぜひともそこを伝えたいですね。

異分野の人と交流するという貴重な体験をぜひ明治大学大学院で

山本(誉)修士課程を経て、社会人になるとしても、博士を目指すにしても、他の研究科の人たちとの交流の機会は今後もなかなか得難いため、ぜひこのプログラムに参加して、融合研究の一部を経験し、楽しんでもらえればと思います。

山本(英)私たち教員にとっても、異分野の人と話をする機会はなかなかありませんでした。若い時期にこうした経験をすることは大きな意味があります。ぜひ頭が柔軟なうちに真剣に議論を交わしてみてください。そういう人が社会に出て活躍してくれることを期待しています。

萩原融合研究のさわりを知りたい方はもちろん、博士後期課程を目指す方も是非参加してください。視野を広げることの大切さを感じてもらえると思います。また、別の分野に一踏み込むことで、自分の研究についてより深めるヒントも得られるのではないかと思います。オリジナルの研究のテーマを探し出すことは博士でもなかなか難しいことなので、このプロジェクトを通して、さわりだけでも体験できることはとても貴重です。融合研究の楽しさに触れ、博士を目指したいという人が増えてくれたらうれしいです。

白石数理モデルの授業で、扱ったことのない現象に対しての数式を見て、数学的にはこうなるのかと想像している学生にとって、実際に現象を扱う人の話を聞くことには大きな意味があります。現象を知ることで数式の扱いの意味が変わってきます。自分の研究について、実態を伴うことで初めて理解できることもあるのです。そうした点からも、融合教育プログラムは意義があります。

参加者プロフィール

  • 萩原 健太さん

    理工学研究科 特任講師萩原 健太

    2016年明治大学大学院理工学研究科応用化学専攻博士後期課程修了.博士(工学).
    明治大学研究・知財戦略機構博士研究員,理工学部助教をへて,現在にいたる.
    専門は材料化学,分析化学.

  • 山本 英司さん

    農学研究科 特任講師山本 英司

    山本英司(やまもとえいじ)
    2010年, 名古屋大学大学院生命農学研究科生命技術科学専攻博士課程修了. 農学博士. 農業・食品産業技術総合研究機構、かずさDNA研究所などを経て、現在にいたる. 専門は植物を対象とした遺伝学、ゲノム科学、育種学.
    https://researchmap.jp/yame

  • 白石 允梓さん

    研究・知財戦略機構 特任准教授白石 允梓

    2012年早稲田大学大学院博士後期課程満期退学。博士(理学)。
    早稲田大学助手,広島大学特任助教を経て,2020年4月より研究知財戦略機構特任准教授。
    生物の集団運動に表れる個体行動と集団運動の関係に興味を持ち,
    現在は社会性昆虫の自己組織組織行動についての研究を進めている。

  • 山本 誉士さん

    研究・知財戦略機構 特任准教授山本 誉士

    (やまもと たかし)
    2012年,総合研究大学院大学複合科学研究科極域科学専攻博士課程修了.博士(理学).
    北海道大学,名古屋大学,統計数理研究所などを経て,現在にいたる.
    専門は,鳥類や哺乳類などの大型野生動物の時空間動態解析.
    最近では,動物園や水族館における研究にも多く携わっている.
    ホームページのURL:https://ytaka.mystrikingly.com/