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PICK UP 教養デザイン 「教員が語る」 ~平和・環境 コース編~

教養デザイン研究科は、人類が直面する諸課題を包括的に探究するため、「思想」、「文化」、「平和・環境」の3つの領域研究コースを設置しています。
今回は、その中で、戦争・紛争と平和構築の問題、経済開発や貧困問題と平和の問題、また自然と共生の問題を研究している「平和・環境」コースから、先生をご紹介します。

環境問題を多角的に考える

「平和・環境」領域研究コース 石山 徳子 教授



 アメリカ合衆国(以下 アメリカ)の多岐にわたる環境問題について、人文・政治地理学の観点から研究しています。環境問題にはさまざまな事象、側面、解釈が存在しますし、地理学的なスケールも多様です。個々の身体から地球規模に至るまで、異なるレベルで複合的に変化を繰り返す「環境」には、生態学的なプロセスだけでなく、歴史的、社会的、政治経済的、文化的な制度や構造も深く関連しているからです。例を挙げるならば、多国籍企業がいわゆる発展途上国で進める資源開発の現場で働く人びとの身体が蝕まれていくプロセスや、放射性廃棄物処分候補地を歴史的な生活圏とする先住民族が抱える葛藤は、グローバル経済が生み出す格差の問題や、植民地主義の歴史や思想とつながっています。また、現場の人びとが当事者として、現在直面している環境リスクは、究極的には、世代を超えて生きとし生けるものに影響するものです。私は、このような複雑なプロセスについて、地理学という学問領域の要ともいえる「場所」「位置」「空間」といったキーワードを手がかりに検証しています。また、環境問題に内在する人種、階級、ジェンダー、セクシュアリティ、種に根ざした差別、格差、抵抗の営みについて、「環境正義」の問題意識をもって問いつづけていきたいと考えています。環境問題の所在と、解決に向けた道筋を探求する研究とはすなわち、これまで周縁化されてきた弱者にも開かれた参加型民主主義と、社会的な正義の実現に向けた取り組みでもあるからです。
 たとえば、アメリカの文化的なアイデンティティにもつながる豊かな自然を、公共の財産として次世代に残そうという民主主義的発想から生まれた、国立公園の空間を例に「環境問題」について考えてみましょう。国立公園の設立には、アメリカの環境保護・保全運動の先駆者たちが関わっていました。アメリカ的な理念を掲げた環境運動家たちのおかげで、各地の美しい景観が開発の波から守られたいっぽうで、国立公園を訪問する観光客や現場で働く職員の多数を占めるのは白人です。オバマ政権もこの問題を懸念し、国立公園の多文化的表象と実践を促進すべく特別委員会を発足させました。しかし、ただ単に多文化的要素を取り込めばそれでよいのかという難題が残されています。
 そもそも国立公園の大半は、その場所を生活圏としていた先住民族から、アメリカ政府が土地を収奪したからこそ成立しました。そして、19世紀末から20世紀前半にかけては、公民権運動時代に至るまでアメリカ地理空間に深く根を張っていたジム・クロウ制度(人種隔離制度)が、そのまま国立公園にも応用され、黒人をはじめとする有色人種の入園は規制されていました。経済的に恵まれた中・上流階級の白人にとっては癒しをもたらしてくれる美しい森林は、リンチの記憶を呼び起こす景観でもあると主張する黒人研究者もいます。たしかに、黒人女性歌手ビリー・ホリデーの代表作である『奇妙な果実』(1939) は、アメリカ南部でリンチされた挙げ句に、木につるされた黒人の死体について歌ったものでした。植民地主義の歴史と人種差別的な思想に根ざした国立公園の地理空間は、アメリカ型民主主義、そして伝統的な環境保護・保全運動に内在する矛盾や不平等を象徴しています。
 このような空間に埋め込まれた記憶を解明しつつ、環境問題を多面的に捉え直す作業は、多様な背景を持つ人びとやさまざまな生きものが、時空を超えて共生していく可能性について考えることを意味します。教養デザイン研究科では、そのような批判的思考を皆さんと一緒に開拓し、深めていければと考えています。
コースの特色、魅力
 平和・環境コースに所属する教員は、学問分野・領域のみならず、研究対象とする地域も多様です。大学院生の皆さんとともに、批判精神と知的好奇心をもって、それぞれの研究テーマに取り組めるような、そして、想像力と創造力を育めるような環境をともにつくっていきましょう。
【プロフィール】
氏名 石山徳子
所属(研究科コース)教養デザイン研究科 「平和・環境」領域研究コース
研究分野 地理学、地域研究(アメリカ合衆国)
研究テーマ 環境正義問題、核開発とセトラー・コロニアリズム
学位 Ph.D.(地理学)
主な著書・論文 『米国先住民族と核廃棄物 — 環境正義をめぐる闘争』(単著; 明石書店、2004年)、『グローバル・ヒストリーとしての「1968年」:世界が揺れた転換点』(共著; ミネルヴァ書房、2015年)、The International Encyclopedia of Geography: People, the Earth, Environment and Technology. (共著; Wiley-Blackwell、2017年)






明治大学大学院