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特別座談会 明治大学と農業の未来

深作農園さつまいも畑にて

明治大学農学部は、1946年に前身の明治農業専門学校として設立。49年新制大学発足時に農学科と農業経済学科の2学科から始まりました。その後、学科を増やしながら、2008年には農業経済学科を食料環境政策学科へと改称し、現在に至ります。

今回は、農業経済学科を卒業し、茨城県鉾田市「深作農園」の6代目として農業の“6次産業化”に力を入れる深作勝己さんと、竹本田持農学部長、現役農学部生の伊藤大貴さん、杉田華澄さんによる座談会を実施しました。

こちらの座談会は、明治大学広報第769号(2023年1月1日発行)と広報誌『明治』第96号(2023年1月15日発行)に掲載されています。

こだわりの農産物を届けたい

「ファームクーヘンフカサク」外観

竹本 深作さんは、農学部卒業後に家業の深作農園を継がれました。先ごろ、これまでの取り組みが評価されて日本農業賞大賞、農林水産祭 内閣総理大臣賞を受賞され、さらに数年前から農学部の特別講義でのゲスト講師もご担当いただいています。初めに、深作農園についてご紹介ください。

深作 深作農園は、メロン、イチゴ、さつまいもをメインに、人参、トマトなどの野菜やお米などを栽培しており、私で6代目、100年以上続く農園です。5代目の父が自宅の庭先でメロンやイチゴを販売することから始め、1999年には国道沿いの直売所で農産物販売をスタートしました。その後、法人化し、2010年には農家直営としては世界初のバウムクーヘン専門店「ファームクーヘンフカサク」をオープン。2014年に農林水産省六次産業化・地産地消法認定を受け、洋菓子販売と飲食サービスを提供する「ファームパティスリー・ル・フカサク」をオープンしました。

竹本 6次産業化とは、農林漁業者が自ら加工や販売にも取り組むことで、付加価値を高めようとするものです。農業は生産だけでも忙しいのですが、どのような経緯で直売を始められたのでしょうか。

深作 私の祖父が地元JA(農業協同組合)の理事を務め、JAに全量出荷していました。父は農薬をできるだけ使わず、土壌に善玉菌を配合するなど、土づくりにこだわっていました。イチゴの栽培には多くの農薬を使い、手間もかかります。それが影響して父は、喘息を患い入院することもありました。そのため、お客さまはもちろん、自分たちの健康を第一に、また、未来の農業従事者のためにも農薬や化学肥料をできるだけ減らしたいと考え、土づくりにこだわったと聞いています。そうしたこだわりをメッセージにして、農産物に添えて出荷していたところ、有名な菓子店から「素晴らしい取り組みですね」と、手紙を頂いたことがありました。その時、自分のこだわりが認められたと感じたようです。そこで、自分の手で消費者に農産物を届けたいという思いから、直売所での販売を始めたという流れになります。

竹本 こだわりの農産物を直接消費者に届けたいという思いが、さまざまな取り組みの原点だったわけですね。

深作 2000年から時間無制限のイチゴ狩りを始め、メロン日本一の産地である鉾田市のPRにもつながればと、メロン狩りもスタートさせました。イチゴと違い完熟したメロンを見極めるのは難しいですが、お客さまからの要望に応える形で実現しました。そうした声によって深作農園は進化してきたと思っています。

農学部での学び「農業と農業経済は両輪」

店内見学の様子

竹本 農学部農業経済学科(現・食料環境政策学科)に進学した理由をお聞かせください。

深作 小さな頃から農業に慣れ親しんできたため、漠然と将来は自分も農業に携わるんだという気持ちで中高時代を過ごしました。受験を意識する時期になり、明治大学の農業経済学科なら将来農園経営に役立ちそうな分野について勉強できそうだと考えました。植物生理学や、土壌学など、直接役に立ちそうな授業はもちろん、グリーン・ツーリズム※1 や農業の多面的機能などにも関心を持ちました。これからの農家は、農業生産だけを追求するのではなく、マーケティングや経営に関する知識についても学んでいかなければ、生産者という立場で完結してしまいます。そこから脱却するためには、自分で生産して販売するという両面がないと成り立ちません。その学問こそが農業経済学だと考えて、明治大学を選びました。

竹本 深作さんにとって、本学での学びはどのように生かされたのでしょうか?

深作 これまで海外を含めいろいろな場所に視察に出かけ、地元と他の地域を対比させることで、自らの課題や進むべき道が鮮明になりました。その先はいかにブランディングして解決していくかが重要です。おのずとそう進むべきだという未来が見えてきました。これは、大学の授業で金融や民俗学などさまざまなことを学び、常に自分の脳裏にそうした知識が残っていたからで、何かを決断しなければならないときの後押しとなりました。まだ大学で学んだことを生かしきれてはいませんが、全てがプラスに働いていると思っています。まさに、農業と農業経済は両輪でなければなりません。

加工品製造で事業の周年化安定雇用を実現

「ファームパティスリー・ル・フカサク」にて

竹本  卒業してわずか4年後には、本格的なバウムクーヘン専門店をプロデュースしましたよね。頻繁にメディアにも登場して大人気ですが、始めたきっかけを教えてください。

深作  当時は6次産業化や地産地消という言葉は聞かない時代でしたが、父は農産物を生産する傍ら、加工品製造について考えていました。農産物には旬があり、収穫時期が限られますが、加工品にすれば通年販売ができるからです。大学卒業後、まずは農業に従事しました。農業は全ての作業を1年に1度しか経験できず、天候にも左右されます。そのような環境で父からたくさんのことを学びました。そして、その農作業の途中、休憩時間に食べたバウムクーヘンがとてもおいしくて気になりました。縁起物で日持ちが良いですし、結婚式の引き出物や会社の周年記念などの記念品にも選ばれ、かつ輸送時にも崩れないということで、これをつくってみようということになりました。

竹本  とはいえ、お菓子づくりは1からのスタートで苦労されたと思います。どのように実現されたのですか?

深作  フランスやバウムクーヘン発祥の地といわれるドイツ、また、国内の専門の機械メーカーや有名店を視察しました。茨城県は鶏卵の生産量が日本一なので、いろいろと食べ比べ、使う卵や空気の比重によって味や食感が違うことが分かりました。試行錯誤しながらプレーン味のものから販売を始め、その後、メロン味やイチゴ味のものを開発しました。

竹本  そうした工夫を重ねて加工品が完成し、季節性のある果実の生産だけでは難しい「周年化」を実現したんですね。

深作  「旬」だけにとらわれる状況から脱却する第一歩となりました。事業を周年化できると安定的な雇用も行うことができます。農業法人格を取得したことで社会保険なども完備できました。また、わざわざ遠くからイチゴ狩りやバウムクーヘンを求めに来てくださる方が増えてきたので、食事やスイーツを提供できるよう「ファームパティスリー・ル・フカサク」もオープンしました。

生命力あふれる野菜をつくりたい

ファームパティスリー・ル・フカサクで提供されている「自家製トマトソースのパスタ」

伊藤  日本では年々農業従事者が減り、農業の衰退が危惧されていますが、深作農園のこだわりを持った取り組みは、農業の未来の発展のカギになると思う一方、農業の大規模化や機械化・AI化が進み、こだわりが失われてしまうのではないかという課題も同時に感じました。その点はどう思われますか?

深作  その通りだと思います。農業人口が減る一方で、異業種や大手企業が参入し、大規模農業は増えています。また、農産物の価格は需要と供給の関係で成り立つため、常に変動しています。そして、コロナ禍の影響で海外への販路が縮小していますが、むしろ販売チャンネルは増えたと言っていいでしょう。インターネット販売はその主たる例ですが、深作農園でもSNSを活用するようになってから、いわゆる「映える」ケーキやフルーツパフェを求めて遠くからお客さまがいらっしゃいます。テレビなどでも紹介され芸能人の方も訪れ、効果的なPRとなっています。もちろん見た目だけではなく、こだわりの農産物を使い、味を追求しているからこそ伝わっているのだと思います。

杉田  そうしたこだわりは、時間無制限のイチゴ狩りや、さつまいも掘り体験など、地域の方々や訪れる方との交流を大切にされている点にも表れていると思います。農業について多くの方に知ってもらいたいという思いが含まれているのだと思いますが、いかがでしょうか。

深作  イチゴ狩りを時間無制限にしたのは、お子さま連れの家族など、準備や世話で何かと時間を取られ、30分ではとても時間が足りないと思ったからです。お客さまの立場に立って考えてみたら「満足いくまで食べたい」というのは当然です。満足していただき、結果として帰りに直売所でお土産を買っていただければありがたいですね。

杉田  そうした取り組みもあり、高い評価を受けていらっしゃるのだと思います。私だったら現状に満足してその場にとどまってしまうかもしれません。深作さんが「前へ」と進む原動力はどこにあるのでしょうか。

深作  農業に近道はありません。1cmの土ができるのに100年かかるとも言われています。また、明治大学で学び始めると知らないことばかりでしたし、現場を知れば知るほど改めて自分には知識が足りないと思い知らされました。私の最終的な目標は、「生命力あふれる野菜」をつくりたい。これに尽きます。そのためには土壌の力を最大限に引き出し、天候に合わせた植物にとって最適な環境整備などが必要です。ところが気候は毎年違うので、初心に戻り、気を引き締めて取り組んでいます。

「食料・環境・生命」をキーワードに



竹本  農学部は教育・研究におけるキーワードとして「食料・環境・生命」を掲げています。深作さんからお話を伺い、卒業生としてまさにそのことを体現されているのだなと感銘を受けました。

深作  私にとって農業は一生をかけられる価値があると確信しています。畑で作業していると日が沈む頃に、地球との一体感を感じる瞬間があります。その時、人間として生まれて何をすべきなのかと考えさせられます。植物は種子として子孫を残しますが、人間にはそれに加えて文化があり、私には次の世代に農地や技術を引き継ぐという使命があります。そして、鉾田市の農家が何世代にもわたって日本一※2 に引き上げてくれたことに尊敬の念を忘れることなく、地域を全国にアピールすることをこれからも続けていきたいですね。今後、深作農園は、ジェラートやチョコレートなど新たな工房をオープンし、世界展開も視野に入れながら、より多くの可能性を形にするチャレンジを行っていきます。

伊藤  私は将来、農業に従事します。ただ漠然と実家を継ぐものと考えていましたが、深作さんのお話を伺い、私も地元が好きなので、自分は農業で何を成し遂げたいのか考えてみたいと思います。

杉田  私も将来農園を継ぐにあたり、たくさんのヒントを頂きました。実家でもレストランなど6次産業化に取り組んでいますが、農業との両立はやはり難しくうまくいかないことも多いようです。まずは、私たち生産者がこだわりを持ち、消費者の方たちに何を伝えたいのか、どんなものを届けたいのかという原点に戻って農園経営をしていく必要があると思いました。

深作  農業だけを見ていたら、新しいことにチャレンジする際に、視野が狭いままだったかもしれません。明治大学で、農業に限らずさまざまな情報を全方位で得てきたことが大きな財産だと思います。私たちはどのような状況になっても、食べなければ生きていくことはできません。第1次産業である農業は、全ての産業の起点にあるのだという誇りを持って、これからもひたむきに向き合っていきたいと思います。こうして皆さんに訪ねていただき、明治大学卒業生としてこれ以上の名誉はありません。

竹本  卒業後も深作さんのように頑張って活躍している人が全国にいることは、明治大学農学部にとって大変誇らしいことです。貴重なお話をありがとうございました。

※1 農村地域における自然、文化、人々との交流を図る滞在型の余暇活動
※2 鉾田市は農林水産省・市町村別農業産出額「野菜部門」2014年から2020年まで全国第1位を記録した


農園へのアクセスや通信販売の案内なども掲載しています
深作 勝己 農業法人深作農園有限会社代表取締役
1981年茨城県生まれ。2006年明治大学農学部農業経済学科卒業。徹底した土づくりにこだわった農業を展開し、農林水産省六次産業化・地産地消法認定を受けるなど、多角的な経営を推進。深作農園は2022年に第51回日本農業賞大賞、第61回農林水産祭 内閣総理大臣賞を受賞。農産物や菓子も国際的な賞を多数受賞している

竹本 田持 明治大学農学部長
1981年明治大学農学部卒業。83年同大学院農学研究科修士課程修了。同年財団法人過疎地域問題調査会研究員。86年明治大学農学部助手、2007年同教授。副学長(教務担当、社会連携担当)などを歴任して2020年4月より現職。主要科目は「農業マネジメント論」。博士(農学)

伊藤 大貴 農学部食料環境政策学科3年
竹本研究室ゼミ長。実家は愛知県田原市で農業を営む。卒業後は企業に就職して経営やマーケティングなどを学んだ後に実家を継ぐ予定。好きな授業は「農業マネジメント論」。卒業論文で取り組みたいテーマは「田原市における地域農業振興の要因と今後の課題」

杉田 華澄 農学部食料環境政策学科3年
竹本研究室副ゼミ長。実家は神奈川県川崎市で農業を営む。卒業後は実家の農業経営を継ぎ、経営を多角化するとともに地元川崎市の農業振興に貢献したい。好きな授業は「農業経営の発展と地域農業」。卒業論文で取り組みたいテーマは「都市農業がもつ農業教育の可能性」