「ITAN」と「昭和元禄落語心中」
R001から003には「昭和元禄落語心中」掲載誌である、「ITAN」を展示した。講談社発行の「ITAN」は、2010年3月に創刊準備零号が、6月に創刊1号が刊行された。当時のコンセプトは「世界のはじっこを描き出す新しいコミック誌」。誌名には「異端」「畏憚」「異譚」「偉譚」などの意味がこめられている。創刊当初は季刊誌、2012年11号(12月)より隔月刊化した。2013年には、同誌掲載の田中相「千年万年りんごの子」も文化庁メディア芸術祭新人賞を受賞しており、いまや世界のはじっこどころか、マンガ界の中心に躍り出る勢いがある。「昭和元禄落語心中」は零号から連載開始し現在も連載中。創刊から同誌を支えてきた看板作品といえる。ケース手前には雲田はるこが表紙を飾る号を展示した。
「昭和元禄落語心中」単行本
単行本1巻は、2011年7月「ITAN」掲載作の初単行本化の際に刊行された。6タイトル同時刊行のうちの1冊であった。4巻は通常版と特装版とでカバーイラストが違う。4巻の特装版には、雲田が自らデザインをてがけた手ぬぐいが特典として付いていた。
◇雲田はるこコメント
「昭和元禄落語心中」の単行本カバーは、人物のみ描いて、背景には何色を使ってほしいか、の希望をお伝えしてデザインして頂きます。江戸文化によく使われる粋で渋い色合いを意識しております。
表紙担当雑誌
R005から008には、雲田はるこが表紙およびカバーを担当した「ITAN」以外の雑誌や他作家の単行本、およびそれらの原画を中心に展示した。
◇雲田はるこコメント
表紙を描くのは緊張しますが好きです。カラーには、全体を手で塗ったものとパソコン上で塗ったものとがあります。温かい感じにしたいときは手塗り、ポップな仕上がりにしたいもの、色むらを出したくないものなどはPC上で色を塗って完成させることが多いです。
「Citron」vol.19 表紙用イラスト 原画 (2013年)
雲田はるこには、他作家や特集企画ものの単行本カバーを担当した書籍も多い。そのどれもが、各作家や企画への理解と愛情を感じさせつつ、雲田独自の作品世界を有している。その多くが持つのは、よくみられるようなパッと目を引く押し出しの強いカバーイラストとは異なった、見るものがその親しみやすさに自然に手に取ってしまうような風情である。
「まるごとねこっけ」 単行本カバー用イラスト 原画 (2014年)
カバー担当書籍
◇雲田はるこコメント
他の作家さんの本や企画作品のイラストは、なによりその本や作品の意図が、一目で読者さんに伝わるよう心がけております。その作品を読んで私が感じ取ったすてきだな、と思う部分を描くということなんですけども。人様のことなので緊張もしますが、思いがけないものを描けたりすることもあってとても楽しいお仕事です。
扉絵ギャラリー1 与太郎放浪篇 其の二より (2010年)
扉絵ギャラリー2 八雲と助六篇 其の六より (2012年)
本作の扉絵は、勢いのあるもの、静かな佇まいのもの、どれもがモノクロの一枚絵として美しい。R009-R010では、連載各回の扉絵の中から抜粋して紹介。雲田手描きの原画と、単行本版の最終ページをパネルにて展示する。
効果音 その1 与太郎放浪篇 其の四より (2010年)
「昭和元禄落語心中」には、高座への入りのお囃子、三味線の練習風景、寄席の一番太鼓の音など、作中の随所に落語の音が効果的に流れる。その効果音が読み手をマンガの世界に誘い、さらにマンガから落語へと誘うのである。
R011-R013では「昭和元禄落語心中」の効果音を、ほんの少しだけ体感できるよう工夫した。
◇雲田はるこコメント
「落語心中」では、落語のお囃子や三味線を聞いたりしながら描くことが多いです。他の作品でも、大体それにあった音楽を聴きながら描きます。音をマンガで感じ取ってもらえるのは素晴らしい経験だと思います。
効果音 その2 八雲と助六篇 其の一より (2011年)
効果音 その3 与太郎放浪篇 其の四より (2010年)
落語シーン その1 八雲 動画 (6分43秒)
R014-016では、八雲(菊比古)【R014】、二代目助六【R015】、与太郎【R016】の落語シーンを抜粋してみせる。八雲の江戸弁をはじめ、作中の噺家たちのセリフはこびは音楽のようだ。そのリズムの心地よさが際立つのである。雲田による、読むことと聴くことがイコールであるかのような、落語シーンのセリフやコマの展開を堪能してほしい。
◇雲田はるこコメント
落語を聞く時に、五感の記憶を思い起こして楽しむ感覚を、マンガでちょびっと感じ取って頂けたらと思っております。それからいざ本物の落語を聞いて頂けると、思い入れも違って見えたりしてきっと良いでしょう。
落語シーン その2 助六 動画 (11分47秒)
落語シーン その3 与太郎 動画 (5分6秒)
「いとしの猫っ毛」 単行本第1巻カバー(表1) 原画 単行本第1巻カバー(表4) 原画 (2011年)
男性同士の恋愛を描くボーイズラブ(=BL)ジャンルは、雲田にとって、プロとしてデビューを果たし今も活躍している場所だ。「昭和元禄落語心中」とあわせて、雲田マンガにとって重要な二つの流れのうちの一つとなっている。R017からR024の横のラインでは、雲田はるこのBL作品の貴重な原画資料を紹介する。
「いとしの猫っ毛」 単行本第2巻カバー(表1) 原画 単行本第2巻カバー(表4) 原画 (2012年)
第二期のR017-024のケースには「いとしの猫っ毛」(リブレ出版)のカラー原画を中心に展示する。「いとしの猫っ毛」は現在、単行本3巻までと小樽編で計4冊刊行されている、雲田のBL作品の代表作である。2010年、アンソロジー誌「Citron」VOL.1より連載開始され、2013年に掲載誌を「BE・BOY GOLD」に移した。小さなエピソードのつらなりで日常を描く本作品の連載が、雑誌を移しつつ長く続き巻数をかさねていることは、読み切りで単行本も一冊完結のものの多いBLの世界ではとても人気がある証拠といえる。今回展示した単行本の表紙は、季節が春から始まり夏、秋と続いている。本作が日常の積み重ねを大切にしていることがここからもうかがえる。
「いとしの猫っ毛」 単行本第3巻カバー(表1) 原画 単行本第3巻カバー(表4) 原画 (2014年)
◇雲田はるこコメント
BLは男性同士の恋愛ものですが、今までに無い男性像を描ける場所でもあります。多種多様なタイプの男性キャラがあり「男性をチャーミングに描ける」または「過剰な男性性も利点にできる」、それが読者さんにも求められる幸せな環境です。私は多いに影響を受けていますし、マンガでやりたいことのひとつです。隆盛極まるこの時代にBLを描けて幸せですし、今後もなんとかしてBL業界にしがみついてゆきたいです。
「いとしの猫っ毛」 第14話 扉絵原画 (2011年) 第25話 扉絵原画 (2014年)
本来薄墨や鉛筆線は、印刷でグラデーションを調整するのが難しいので、マンガ業界では紙でのアナログ入稿では敬遠されることが多い。
雲田は原画をスキャンし完全データ入稿をするため、返って手描きの味をだせるのである。薄墨の効果は、懐かしいものを新しい目線や技術で表現することにすぐれた、雲田らしい効果の使い方ではないだろうか。
◇雲田はるこコメント
『ねこっけ』は、ちょっと水彩みたいな感じにして薄墨と鉛筆を使ってるんですが、これはたとえば力強い線で描きたい『落語心中』だったら絶対できないことなんです。コマ割りもかなりシンプルで、タチキリも無いし、画面を斜めに切ったりするコマもあまり作らない。『ねこっけ』はドラマ性とか物語とかをあんまり出したくなくて、淡々とさせたいとすごく思っています。だから、集中線も使わないですし、効果トーンもほとんど使わないです。
(「まるごとねこっけ」/リブレ出版/2014年刊より)
「いとしの猫っ毛」 登場人物紹介イラスト 原画 単行本第2巻より (2011年)
「いとしの猫っ毛」 登場人物紹介イラスト 原画 単行本第1巻より (2012年)
「いとしの猫っ毛」 ドラマCDカバー用イラスト 原画 ドラマCDメッセージカード 原画 ドラマCDアフレコレポマンガ 原画 (2011年)
「いとしの猫っ毛」 web告知用イラスト原画(額) サイン会カード用イラスト原画(奥) ポップ用イラスト原画(手前右) 寒中お見舞い用イラスト原画(手前左) (2011年)
◇雲田はるこコメント
単行本用の特典グッズ、書店さん用のPOP、雑誌やイベント用のフライヤーなどを作るのはワクワクします。「りぼん」「なかよし」などの少女マンガのふろくを楽しみにして育ってきました。今は忙しくて前ほどはできていませんが、それでもしつこく色々してます。他にも、きせかえ、トートバック、すごろく、絵葉書、オリジナル手ぬぐい、CD用特典、グリーティングカードなど。グッズのお誘いはついつい引き受けてしまいます。
マンガ関連
R025からR028には、雲田はるこ個人にまつわる品々を展示した。
R025は雲田家の往年の傑作から近作までズラリと揃ったマンガの本棚からのマンガとマンガ関連書籍を抜粋した。
◇雲田はるこコメント
美術系の専門学校を卒業し、留学したニュージーランドが、ネットも厳しい田舎だったので、日本で親しんでいた娯楽文化への執着がほとんど薄れました。でも、マンガへの愛着だけは残ったんです。ここには、自宅のマンガ本棚からお貸出ししましたが…。日本のマンガ家さんは天才だらけでとても選びきれるものではありません。自分のマンガで、先輩のマンガ家さんたちが作ってきてくださった、マンガならではの表現・題材を伝えていきたいと思って描いています。
KING of POP
マンガ以外の愛用品や好きな書籍、映像作品、落語関係のDVDなど。雲田所蔵のものを展示した。
◇雲田はるこコメント
敬愛するのはKING OF POPの皆様のお仕事です。マンガ以外だと突き抜けてPOPで唯一無二な、始めは異端だけど王道を自分で作ってしまった表現者に惹かれます。天才性に浸ります。ジャンルはバラバラですが、私の中では一貫しているのです。落語関連だけはちょっと違うかも。安定の柳家さん、小三治師匠。上方の異端児、枝雀師匠。演芸評論の私の神様、色川武大。落語家さんは皆それぞれ神様で。そこもマンガと似ています。
小学生時代の文集 ドラえもん色紙 忍者ハットリくん(シンゾウ)色紙
幼いころの思い出の品から、マンガに関するものを展示した。緑のドラえもんに「雲」が描き足されていることに注目してほしい。
◇雲田はるこコメント
文集の表紙は、萩岩睦美先生の影響が強いですね。小学生のころ大好きだったんです。一番思い出に残っているのは「うさぎ月夜に星の船」です。緑のドラえもんは、父が仕事関連で藤子不二雄A先生にお会いできる事があり、私と弟妹に頂いたものです。何も知らなかった私が、恐れ多くも色を塗りアイテムを付け足しています。そもそも、これは弟への色紙なんですけど。姉の権力フル活用です。子どものしたこととお許しください。
アシスタント時代
雲田はるこには、「ピアニシモでささやいて」「愛のように幻想りなさい」などの代表作を持つマンガ家、石塚夢見のもとでの5年ほどのアシスタント経験がある。遊園地のシーンはまだアシスタント初期のころのもの(「ピアニシモでささやいて 第二楽章」/「BE・LOVE」2004年2号)。同作単行本では巻末の「いしづかさんちのねこまんが」を任されてもいる(4,5,7巻掲載)。「おしみなく緑ふる」(2007年)のころには、主要人物の老人を全編通して任されるまでになった。
◇雲田はるこコメント
マンガを本格的に描いてみたいなと思い始めた頃、知人の紹介で石塚夢見先生のアシスタントに入りました。ペンも使えないしパースもわからないのに、よく採ってくださったなと思います。先生が絶妙のタイミングを見計らって、思い切って作業を任せて下さる方だったので、すごく勉強になりました。得意なはずのおえかきが全然できないので落ち込む事もありましたが、自分でも知らぬうちにマンガの技術が身に付いて行くのが快感でした。これを経て、いつの間にかマンガが描けるようになった感じです。
雲田はることバラ
デビュー作「窓辺の君」(2008年)は趣味でバラのオリジナル品種を育てている青年が主人公であり、同作単行本表紙にもバラがぐるりと配される。2冊目の単行本タイトルは「野ばら」(2010年)。表紙にも赤いバラがあしらわれる。「新宿ラッキーホール」(2012年)単行本表紙には濃いピンクのバラ、単行本未収録の短編「ばらの森にいた頃」(2012年)に至ってはタイトルにバラ、バラを食べる吸血鬼が出てきて、妙に具体的なバラ料理のシーンが描かれる。長期連載「昭和元禄落語心中」と「いとしの猫っ毛」(2010年)以外の雲田作品には、頻繁にバラが登場する。
◇雲田はるこコメント
ご覧の通り、10年程前から、父の趣味により自宅の庭がバラまみれです(写真)。私自身は元からバラがちょう好き! という意識は薄かったんですが、これだけ毎年お美しい姿を拝見していると、強制的に讃えざるをえない、そんな所がバラの魅力でしょうか(笑)
身近な存在なので、つい使ってしまうのかもしれません。
落語関連 エッセイ・コラムなど
雲田はるこのイラストエッセイやコラムから、落語に関するものを集めた。雲田の落語への気持ちが素直に伝わってくる。また、雲田が似顔絵も巧いことがわかる。「落語に夢中です。」のコラムの原稿用紙左下に、よくつかわれる雲田はるこの著者カット(本展示でも使用)が描かれていることにも注目。
「メガネ男子」イラスト
雲田のイラスト仕事には、メガネの男性を描いたものがなぜか目立つ。雲田によるメガネ男子の原画を堪能してほしい。
「書店男子」(2013年刊)カバー用イラスト原画2枚
「理系男子特集」扉用イラスト /「CLASSY」2011年6月号
「まんがキッチンおかわり」 巻末カラーマンガ原画 (2014年) 福田里香コラム用イラスト原画 (2011年)
福田里香の著「まんがキッチンおかわり」(アスペクト/2014年刊)の巻末カラーマンガでは、著者の福田が年を経た男性のお菓子研究者として登場しているのが興味深い。この本には雲田へのロングインタビューも収録されている。また、ケース左側面から見えるイラストは、雲田が福田の連載コラム「本日の差し入れ」(「旅」掲載)用に描いたカットである。