
《1期》


ごあいさつ
台湾漫画史100年をたどる展覧会を開催いたします。
本展は台湾における貸本屋(有料の書籍レンタル店)の歴史変遷を中心に、どのような漫画が読まれ、流通し、制作されてきたのかを一望するものです。
「貸本屋」は日本においても、漫画の大衆化に大きな役割を果たしました。江戸時代に始まる日本の貸本業は、第二次世界大戦後、古書でなく新刊の貸し出しに特化し、貸本屋だけに流通する貸本漫画の誕生とその人気の高まりなどを経て、全国的にその数を増やします。
物資が不足し、経済的に疲弊していた時代に、子供から大人まで楽しめる身近な娯楽として隆盛を誇りましたが、高度経済成長期を迎える1960年代からその数が減ってゆきました。明治大学のマンガ図書館を構成する二つの館の内、1978年に私立の施設として開館した現代マンガ図書館も、元はそうした貸本屋の一つでした。
台湾における貸本屋は日本統治時代に始まり、その後同じような歴史をたどります。そこで流通していた漫画を見ると、日本統治の影響など、台湾の社会的・政治的な変動が色濃く表れています。台湾貸本屋と漫画の歩み100年を振り返ることは、つまり台湾の100年の歴史を振り返ることでもあるのです。
この展覧会がみなさんにとって、台湾と日本の共通点と相違、そして現代の台湾における漫画文化の独自な発展を知るきっかけとなれば幸いです。
本展開催にあたり、貴重な資料をご出品いただきました所蔵者、所蔵機関のみなさまに心より御礼申し上げます。また、展覧会実現のためご協力をいただきました関係各位に、深く感謝いたします。
台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター
台湾国立台湾歴史博物館
明治大学 米沢嘉博記念図書館・現代マンガ図書館
会期の説明
今回の展示では、100年にわたる台湾の貸本屋と漫画の発展を日本のみなさまと一緒に探究いたします。各種展示品や解説を詳しくご覧いただくため、会期を三回に分けて展示します。みなさまには、ぜひ三つの会期すべてにご来館いただき、台湾漫画・貸本屋のもつ力を体感していただきたいと思います。
各会期のテーマと展示期間は以下の通りです。
1期:日本統治期~1960年代
2023/10/6(金)-11/13(月)
2期:1960年代~1990年代
11/17(金)-12/25(月)
3期:1990年代~現在
2024/1/12(金)-2/12(月)
読み仮名について
人名などの固有名詞に2つの読み方が記されている場合、前者は中国語(北京語)、後者は台湾語の発音となります。台湾では複数の言語が使われているためです。
読み方の表記は、中央研究院言語学研究所の「閩客方言データベース(閩客語典藏)」プロジェクトによる『台日大辞典台語訳本』を参考にしています。
◆ケース展示
台湾現代史
No.01
1895~1945:日本統治期
1894年に日清戦争が勃発し、1895年に日清両国は下関条約を締結した。この条約には、清国が台湾および澎湖(ポンフー)諸島を日本へ割譲するという内容が含まれており、以後、台湾は日本の植民地の一つとなる。
台湾を大日本帝国の「金のなる木」とするため、日本は台湾人に対する基本的な日本語教育と建物の近代化を推し進めた。こうしたプロセスの中で、積極的な協力を選択した島民もいれば、反植民地運動を展開していった島民もいた。また、「蕃地(未開の地)」に区分され非人道的な統治を受けた島民もいた。

『高砂パック』/プリント
台北:高砂パック社、1919年/文化部 提供
1916年に創刊され、おそらく『大阪パック』または『東京パック』からの影響を受けたと推測される。社会を諷刺する漫画が中心の内容である。
No.02
1937~1945:皇民化運動
1931年の満州事変によって、日本の各植民地当局は徐々に統制を強めるようになった。1937年から、台湾で皇民化運動が正式に実施され、台湾総督府は台湾人に対して神道を信奉し、国語(日本語)を話し、日本式の姓名に変えるよう求め始めた。
1941年、太平洋戦争に伴い台湾総督府は皇民奉公会(※)を創立し、台湾を総力戦に巻き込み、その翌年からは台湾人に兵役に就くよう強く求め始めた。
※皇民奉公会…日本統治時代の台湾における新体制運動を担う組織として、1941年に結成された団体。内地の大政翼賛会と類似している。台湾に在住する全島民が対象であり、「台湾一家」の理念の下、緊迫する国際情勢に対応できる指導体制の確立を目指した。

ポスター「日の丸を仰ぐ心に闇はなし」/プリント
皇民奉公會/国立台湾歴史博物館 提供
No.03
1945~現在:中華民国(国民政府)期
1945年、台湾人は「日本による植民統治を逃れ、自分たちの時代が来た」という気持ちで新政府を歓迎したが、1947年に起きた二・二八事件(※)のため再び沈黙を強いられることとなった。国民政府に不満を抱えた台湾人と法の執行者との間で衝突事件が起き、政府によって武力弾圧されたのである。
※二・二八事件…1947年2月28日に台湾の台北市で発生し、その後台湾全土に広がった、中華民国政権(在台湾の中国人)による長期的な白色テロ、すなわち民衆(当時はまだ日本国籍を有していた台湾人と日本人)弾圧・虐殺の引き金となった事件。

漫画「なるほど」/プリント
王超光、『新新』第3号、新竹:新新月報社、1946年、ページ8-9/傳文文化事業有限公司復刻本
この漫画は、戦後初期の国民政府による経済政策の失敗がもたらした台湾のインフレを示す。米の価格は最初の段階で400元から急騰し、最終的には1800元となった。
No.04
1949~1987:戒厳期
その後、中国大陸より中華民国中央政府が台湾に移転してくると、大陸の中国共産党(中華人民共和国)と対立、政府は人々の自由権を制限して38年間にも及ぶ戒厳体制を敷いた。当時施行された法律によって、党禁・報禁(※)やさまざまな検閲制度が設けられ、人々の言論や思想が統制された。
※党禁・報禁…党禁とは、自由に政党を結成することを禁じること。報禁とは、新聞報道の紙面に関わる禁令を指す。

蒋介石の誕生日奉祝パレード/プリント
国立花蓮女子高級中学 提供
台湾省立女子高級中学(現・国立花蓮女子高級中学)の学生が、カーキ色の軍服を着用し、蒋介石の写真や寿桃などを高く掲げ、蒋介石の誕生日パレードで奉祝した。蒋介石が亡くなった後、この日は「先總統蔣公誕辰紀念日」と改称され、特別な休日として祝われ、2000年まで続いていた。
No.05
1960~1990:高度経済成長期
この30年間は、台湾の国民所得・輸出額・外貨準備高が大幅に増加したため「台湾の奇跡」と呼ばれた。しかし、こうした経済発展の裏にはさまざまな代償が伴った。

陳芬蘭「孤女願望」レコードカバー/プリント
五虎唱片公司出品、1979年/国立台湾歴史博物館 提供
「孤女願望」は、美空ひばりの「花笠道中」をカバーしたものであり、歌詞は、田舎から都市に出て生活を求める女工の物語に変更されている。
No.06
1970~1980:国交断絶ムーブメント
1970~1980年代には、多くの国々が中華人民共和国を支持したことにより、中華民国(台湾)は国際的地位が大幅に低下するという難局に直面した。日本との関係においても、1972年に日中共同声明が発表され、日本は中華人民共和国を承認し、中華民国との外交関係を断絶することとなる。このように、中華民国はアメリカや日本との外交関係に苦慮しつつ、国際的な地位を回復することに尽力している。

中華民国(台湾)との国交断絶に抗議するデモの写真/プリント
1972年/聯合報 提供
No.07
民主化
1979年に美麗島事件(※)が起こると、80年代から90年代にかけて活発化した政治抗争と社会運動が次第に独裁政治を揺るがすようになる。1996年には最初の直接総統選挙が行われ、台湾の民主主義における重要な指標となった。2000年、総統選の結果は台湾に初めての政権交代をもたらし、55年にも及ぶ国民党の一党独裁は終わりを迎えた。
※美麗島事件…1979年12月10日、世界人類デーに、雑誌『美麗島』主催によって行われたデモ活動とその弾圧に関わる一連の出来事。

①雑誌『美麗島』第1卷第1期表表紙/プリント
台北:美麗島雑誌社、1979年/国立台湾歴史博物館 提供
②「100%の自由を求める」/週刊誌『開拓時代』裏表紙 第6期総号134号/プリント
台北:自由時代雑誌社、1986年/国立台湾歴史博物館 提供
週刊誌『開拓時代』は、『自由時代』シリーズの一つである。『自由時代』は、台湾の党外※政論雑誌の一つであり、「100%の言論の自由を追求する」と謳っている。
※党外…中国国民党の党禁下にある政治勢力のことを指す
No.08
新しい台湾
独裁政治から民主制へ移行する過程で、過去に行われた人権侵害の真実を明らかにし、向き合おうとする試み(=移行期正義)を推進するほか、立法により同性婚を認めるなど、自由や民主主義・ジェンダーの平等・同性婚の権利といった観点から、台湾はアジアの他の国々を先取った社会に変化している。

『彩虹公寓(レインボーマンション)』/プリント
台北:大辣出版、2021年/大辣出版 提供
この作品は、台湾で同性婚法が施行された後、6人の漫画家が協力して描いた、未来の台湾のLGBTQ+の家族の物語である。
日本統治期~1960年代
No.09
日本から来た貸本屋
台湾における貸本屋の出現は、日本統治期にまでさかのぼることができる。20世紀初頭に、台湾の新聞で貸本屋についての記事が初めて掲載された。
貸本屋の利用者は、おもに官僚や主婦、労働者などである。貸し出される書籍には、小説・文芸雑誌・講談本・義侠小説・探偵小説などがある。当時、民間では中国・上海の「連環画」や日本の「赤本」なども流通していたが、貸本屋が漫画を扱っていたかについて正確な記録はない。

●正面壁の前にある資料をご覧ください。
日本統治期に台湾で最大の発行部数を誇った政府系新聞「台湾日日新報」掲載の台湾の貸本屋についての記事を読むことができます。
No.10

のらくろと冒険ダン吉
日本の植民地統治を受けたことのある台湾人が、子供の頃に読んだ漫画について回想するとき、しばしば田河水泡「のらくろ」と島田啓三「冒険ダン吉」が挙げられる。
《展示品》
①「のらくろから」の広告/プリント
『台湾日日新報』、1933年12月26日、第5版/漢珍數位圖書公司 提供
②のらくろ系列新書介紹/プリント
『大日本雄辯會講談社圖書目錄』、東京:大日本雄辯會講談社、1937年、頁43/梁乃悅氏 提供
③『冒険ダン吉』、『冒険ダン吉大遠征』の新刊紹介/プリント
『大日本雄辯會講談社圖書目録』、東京:大日本雄辯會講談社、1937年、頁44/梁乃悅氏 提供
No.11

戦後に再版された「冒険ダン吉」の中国語版である。
《展示品》
①『七哥王子歷險記』
王子出版社、1977年/文化部 所蔵
②『七哥王子大進軍』
王子出版社、1977年/文化部 所蔵
戦後台湾の出版社が漫画家に真似をして描かせた「のらくろ」だと考えられている。
《展示品》
①『黑狗兵續集』
海丹、義明出版社、1968年/文化部 所蔵
No.12

《展示品》
①『のらくろ上等兵』
田河水泡、東京:大日本雄辯會講談社、1933年/現代マンガ図書館 所蔵
②『冒険ダン吉漫画全集』
島田啓三、講談社、1967年/現代マンガ図書館 所蔵/後年の新装版
No.13
台湾戦後における「貸本」漫画
戦後の早い時期から、生活に困窮しても娯楽を求める民衆の前に登場したのが移動式の貸本屋台である。店主は漫画を載せた自転車に乗ったり、リヤカーを引いたりして移動し、人が集まる場所に板を立てて漫画本をぶら下げながら商売をした。
1950年以降、街の中に移動式でない貸本屋が現れた。そのほとんどが駄菓子屋や雑貨屋の兼業であり、店主は店舗の外に設けた本棚に本を並べて販売していたという。商品としては連環画(コミックストリップ)や各種雑誌、戦後まもない日本の貸本用漫画などがあった。

No.14

《展示品》
①貸本屋台/プリント
王雙福氏撮影、1950-1960年代/高雄市立歴史博物館 提供
②小さな本好き/プリント
劉亦泉氏撮影、1965 年/国家攝影文化センター 提供
③貸本屋(員林公園)/プリント
張豐吉氏撮影、1964年/張豐吉氏 提供
No.15
1950~1960年代には、日本の漫画のほかに上海からもたらされた中国の「連環画(コミックストリップ)」の小冊子もあった。その内容は、中国の民間伝説・話本小説の翻案、「忠孝節義」※など伝統的価値観を唱える題材がほとんどだった。また、これらの連環画は戦後、台湾人が中国語(北京語)を学ぶための読み物のひとつでもあった。
※忠孝節義…「忠孝」は主君に対する忠誠と親に対する誠心の奉仕、「節義」は操を守り人としての正しい道を踏 み行うことを意味する。儒教を源流にもつ道徳思想。

《展示品》
『俠友』の外函/プリント
国立台湾歴史博物館 提供
No.16

《展示品》
収集家の家で発見された連環画/プリント
国立台湾歴史博物館 提供
No.17
1960年代、貸本屋が次第に主流に
1960年代に入ると、台湾の経済成長とともに貸本屋が普及した。それは、当時の大衆娯楽の好みと消費の状態を反映していたと考えられる。
出版社はまず漫画家に武侠小説の翻案や日本漫画の模写・模倣を要請し、「一日一冊」という方針のもとハイスピードで漫画を出版した。そして、これらの漫画を貸本屋向けに大量販売したのである。50年代に流行した漫画雑誌が次第に休刊や廃刊となったため、単行本がこれらに取って代わり貸本屋の主力商品となった。こうして、単行本は台湾における民衆の漫画読書の主要な担い手となった。

No.18

「一日一冊」漫画書籍の大量制作
文昌出版社は「一日一冊」というキャンペーンで台湾の漫画家に自分たちの作品を大量生産させた一方、日本漫画の模写や模倣もさせた。こうした戦略は読者の切実な需要を反映したもので、商業的な成功を収めた。これにより、多くの出版社も次第に漫画を出版し始めることとなった。
《展示品》
『孤女淚痕』2
瑞祥.雪芳、台北:文昌出版社、1964年/文化部 所蔵
『什麼叫做愛』7
創賢、台北:文昌出版社、1965年/文化部 所蔵
『鬼堡』1
志昌、台北:文昌出版社、1964 年/文化部 所蔵
No.19

范萬楠(ファンワンナン/ホァヌバヌラム)
台湾東立出版社の創設者。
1960年代に台南での藝昇書店で、ちばてつや(1939-)など日本漫画家の作品を模写することで有名となり、その後ペンネーム「范藝南(ファンイーナン/ホァヌゲエラム)」で武侠漫画を創作し始めた。代表作は「血魔劫(シュェムォジェ)」など。友人と虹光出版社を作ったのち、1977年に個人資本で東立出版社を設立した。東立出版社はのちに台湾漫画出版界を牽引する企業となった。范は2012年に金漫賞名誉賞を授与された。
《展示品》
①『草莽雄風』/複製
范萬楠、台北:清華書局、年代不明/文化部 提供
②『流浪太子』3/複製
范萬楠、台北:清華書局、年代不明/文化部 提供
③『血濺崑崙山』1/複製
范萬楠、台北:清華書局、1967年/文化部 提供
No.20

許松山(シュソンシャン/コオシォンサヌ)
許松山は筆名を「貿淞(マオソン/ボオシォン)」という。
1950年代末、藝昇出版社でデビューして以降、『武林皇帝』・『雄獅』・『飛飛』などの武侠漫画作品がある。彼の作品は布袋劇(ポテヒ)(※)から影響を受け、アクションとテンポが強調されている。検閲制度で圧力を受けても許松山はたゆまず創作を続け、『仏祖伝』など宗教をテーマにした漫画を描くようになる。2017年に金漫賞特別貢献賞を授与された。
※布袋劇(ルビ:ポテヒ)…台湾の民間芸能の一つ。頭部や手足は木製、身体は布製の人形を操作して行う人形劇。
《展示品》
『飛飛』/複製
許松山、王家出版社、1969年/文化部 提供
No.21

游龍輝(ヨウロンフゥイ/イウリォンフイ)
1960年代の代表的な台湾武侠漫画家のひとり。漫画家の先輩・陳海虹(チェンハイホン/タヌハイキェン)の下で絵を勉強した。16歳でデビュー、17歳頃の作品『仇斷大別山(チョウドゥァンダービィェシャン)』が大ヒットした。1970~80年代前後にはアニメ制作にも関わった。
1980年代に『皇冠雑誌』で「鐵捕冰心」「大地飛龍」などの作品を発表し、陳海虹の『小俠龍捲風』復刻版の表紙を手掛けた。2019年に金漫賞特別貢献賞を授与された。
《展示品》
①『雪衣神劍』1/複製
游龍輝、台北:毋忘在莒出版社、1967年/文化部 提供
②『磊家莊』1/複製
游龍輝、台北:毋忘在莒出版社、1966年/文化部 提供
③『大邪神』2/複製
游龍輝、宏昌出版社、1974年/文化部 提供
No.22

葉宏甲(イェホンジャ/イァㇷ゚ホンカㇷ゚)
台湾第一世代の漫画家。
日本統治期に通信教育で漫画を学び、後に同好の士らと、1937年に「新高漫画集団」を結成。1945年以降、彼らの漫画作品は雑誌『新新』の漫画コラムで掲載された。葉宏甲は1958年から『漫画大王』で「諸葛四郎大戰魔鬼黨」を連載し、人気を博した。この作品は1963年と1977年に映画化され、80年代には中華テレビ局がテレビドラマを制作した。これらの実績によって、諸葛四郎は台湾漫画の代表的なヒーローとなった。葉宏甲の息子・葉佳龍(イェジャロン/イァㇷ゚カアリォン)は「諸葛四郎のアニメ化」という父の生前の願いを叶えるため、3Dアニメ映画「諸葛四郎-英雄的英雄」を制作し、2022年2月に公開した。
《展示品》
諸葛四郎の台湾語映画の広告/複製
邵羅輝監督、1962年/國家電影及影視文化中心 提供
諸葛四郎3Dアニメ映画のポスター/複製
台北:童年漫畫股份有限公司出品、2022/葉佳龍氏 提供
●正面壁の前にある資料をご覧ください。葉宏甲の作品「諸葛四郎」シリーズの中でよく使われる独特な漫画技法を見ることができます。
No.23
新高漫画集団
1937年に結成された新高漫画集団は、台湾で最も早くに創設された漫画の同人サークルである。メンバーは葉宏甲・王超光(筆名:王花)・洪晁明(洪アサアキ)・陳家鵬・蜂野劍・楊水獅・梁梓義など。
戦時中に、台湾の皇民奉公会は内地の大御所漫画家・清水崑を招き、台湾で漫画の講習会を開催した。新高漫画集団のメンバーたちは講習会に参加したうえで、清水と会食もしたという。
戦後初期、新高漫画集団のメンバーたちは雑誌『新新』を拠点に活躍し、汚職事件・デフレ・社会的不公平など、当時の社会情勢を風刺する作品を多く発表した。二・二八事件後、新高漫画集団自体の目立った活動はなくなっていったが、メンバーたちは広告・デザイン・美術・漫画などの領域で引き続きその本領を発揮していった。

●正面 壁の前にある資料をご覧ください。
新高漫画集団が雑誌『新新』に発表した作品を見ることができます。
No.24

《展示品》
①新高漫画集団のメンバの集合写真/プリント
王曼玲氏 提供
②1942年10月19日、葉宏甲と梁梓義との文通の絵葉書/プリント
葉宏甲、1942年/国立台湾歴史博物館 提供
③清水崑の授業時のスケッチ/プリント
梁梓義、1942年/梁乃悅氏 提供
日本現代漫画略年表
黒=歴史上重要な出来事 青=漫画史
No.25
《展示品》
『團團珍聞(まるまるちんぶん)』
團團社 1896年5月23日号/米沢嘉博記念図書館 所蔵
1877から1907年ごろまで刊行。漫画の歴史をひもとく際しばしば紹介される、絵と文字での社会諷刺を主眼においた雑誌。毎週土曜発行の週刊誌だった。
1868~1911 明治期
1894~95年 日清戦争
※明治ポンチ本の流行 1800年代末〜1900年代初頭
1904~ 05年 日露戦争
1912~25:大正期
1914~18年 第一次世界大戦
No.26
《展示品》
『のらくろ上等兵』(復刻版)
田河水泡、講談社、1969年9月25日/個人蔵
「のらくろ」は『少年倶楽部』に連載され(1931年開始)、国民的大ヒット作となった昭和初期の子ども漫画。今も作者ゆかりの地である東京都江東区森下文化センター内に「のらくろ館」がある。
1923年 関東大震災
1926~45:昭和期1
(第二次世界大戦終戦まで=戦前)
1931年 満州事変
1937年 日中戦争
1938年 国家総動員法施行
1939年 第二次世界大戦
1941年 太平洋戦争
1943年 国家総動員法に基づく出版事業令施行。
すべての出版活動が情報局の統制下に
No.27
《展示品》
『漫画』
漫画社、1946年8月号/米沢嘉博記念図書館 所蔵
1917~51年。大正期に創刊し昭和の戦後もしばらく続いた、政治風刺に主軸をおいた漫画雑誌。その後、65~68年に復刊し廃刊。
1877から1907年ごろまで刊行。漫画の歴史をひもとく際しばしば紹介される、絵と文字での社会諷刺を主眼においた雑誌。毎週土曜発行の週刊誌だった。
戦後赤本漫画の例
『漫画のお部屋』、『海賊と冒険児』、『百万両の茶壷』
出版社、発行年月日不明/すべて米沢嘉博記念図書館 所蔵
赤本漫画は戦前からあるが、戦後の爆発的なブームは1946年から。駄菓子屋や汽車の売店などで売られる簡素な製本のものを、書店売りのものと分けて呼ぶことが多かったようだ。しかし表紙も背もある描きおろし単行本を赤本とすることもあり、線引きは難しい。
「鉄腕アトム」『少年』ふろく「十字架大陸の巻」
手塚治虫、光文社、1958年1月号/現代マンガ図書館 所蔵
赤本の描きおろし単行本『新寶島』(原作・構成:酒井七馬、育英出版、1947年)の大ヒットで注目を集め、のちの漫画界に多大な影響を与えた手塚治虫の代表作。1952年連載開始。1963年に放映開始したテレビアニメはテレビアニメのブームをけん引した。
1945年 広島・長崎に原爆投下
ポツダム宣言受諾、敗戦
1945~89:昭和期2
(第二次世界大戦後 =戦後)
※占領下 1945~52年まで
※GHQによる検閲
1946年 チャーチル「鉄のカーテン」演説、冷戦の始まり
1947年 日本国憲法施行
(国民主権、平和主義、基本的人権の尊重、表現の自由を掲げる)
カストリ雑誌氾濫
※戦後日本のベビーブーム 1947~49年
※戦後の赤本ブーム 1948年がピーク。
1946~50年頃
1950年 朝鮮戦争、特需景気
No.28
貸本漫画の例
日本の貸本自体は江戸時代からあるが、戦後の貸本ブームは、1953、4年にはじまり60年にはピークに達し、69年にはほぼ終息した。貸本屋専用の出版社による出版物が流通し、その多くが漫画だった。『街』12号は貸本発でムーブメントが広がる「劇画」の語が最初に使われた号。『泉』は少女向け貸本誌の代表的存在。
《展示品》
『影』4号
日の丸文庫、1956年/現代マンガ図書館 所蔵
『街』12号
三栄社(セントラル文庫)、1957年/現代マンガ図書館 所蔵
『泉』1号
若木書房、1958年/現代マンガ図書館 所蔵
漫画週刊誌の例
漫画週刊誌は、長きにわたって日本の漫画文化の中心を支え続けてきた。展示品は2冊の代表的児童漫画週刊誌の創刊号。
《展示品》
『週刊少年サンデー』創刊号
小学館、1959年4月5日号(No.1)/現代マンガ図書館 所蔵
『週刊少女フレンド』創刊号
講談社、1963年1月1日号(No.1)/現代マンガ図書館 所蔵
1952年 サンフランシスコ平和条約、日米安全保障条約調印
※民主主義時代~現在
1952~1973年 戦後復興期・高度経済成長期
1956年 『週刊新潮』(新潮社)創刊 週刊誌創刊ブームのきっかけに
※戦後の貸本ブーム 1960年ごろがピーク
※劇画の台頭 1950年代後半
1959~60年 安保闘争(60年安保)
1962年 東京人口1000万突破。世界初の1000万都市に
No.29
《展示品》
『月刊漫画ガロ』創刊号
1964年9月号/現代マンガ図書館 所蔵
『ガロ』1964~2002年ごろまで刊行。日本のオルタナティブを提示し続けた漫画誌。
『COM』創刊号
虫プロ商事、1967年1月号/現代マンガ図書館 所蔵
『COM』1967~71年。手塚治虫の会社虫プロ商事発行の雑誌。新人育成に果たした役割は大きい。後のコミックマーケットなど同人誌即売会の登場にもつながってゆく。
1964年 東京オリンピック開催
1965年 北爆(ベトナム戦争激化)
1968年 文化庁設置
1968~70年 全共闘運動、学生紛争
1970年 大阪にて日本万国博覧会開催
1972年 沖縄本土復帰
No.30
『漫画新批評大系』は初期のコミックマーケットを主催していたサークル「迷宮」発行の漫画批評同人誌。米沢嘉博も参加。『ぱふ』1979年1月号がこの誌名になった第1号。前身となる冊子が1974年より発行されており、2011年まで続いた。ともに漫画評論に大きな影響を与え、現在の研究上の重要な基礎資料となっている。
《展示品》
『漫画新批評大系』1976年WINTER 4・5合併号
迷宮‘76、1976年12月19日/米沢嘉博記念図書館 所蔵
『ぱふ』
清彗社、1979年1月号/現代マンガ図書館 所蔵
1972年 日中共同声明。「中華民国」(台湾)との政治的外交は無くなるも文化・観光・経済・貿易外交は継続。
※少女漫画の革新 1970~80年代
1973年 第一次石油危機
1974年 戦後初のマイナス成長(高度経済成長の終了)
1980年 大阪府立国際児童文学館設立
1981年 雑誌総売上げが書籍を抜く
※バブル経済 1986~1991年
1986年 男女雇用機会均等法施行
No.31
《展示品》
『りぼん』255万部発行号
集英社、1994年2月号/現代マンガ図書館 所蔵
『週刊少年ジャンプ』653万発行部号
集英社、1995年3・4合併号/現代マンガ図書館 所蔵
『りぼん』の最高部数255万部号と『ジャンプ』の最高部数653万部号。少女漫画誌と少年漫画誌の最高発行部数を記録した号。
少年少女漫画の人気はバブル経済がはじけてもしばらくは衰えなかった。
1989~2019:平成期
1989年 連続幼女誘拐殺人事件
1989年 ベルリンの壁崩壊、冷戦終結
1995年 阪神・淡路大震災
地下鉄サリン事件
1997年 高齢者人口が子供人口を上回る(少子高齢化)
2011年 東日本大震災
※漫画・アニメは日本を代表する文化のひとつとなる
No.32
《展示品》
『鬼滅の刃』1巻
吾峠呼世晴、集英社、2016年6月8日/現代マンガ図書館 所蔵
『女神降臨』 1巻
Yaongyi、LINE Digital Frontier、2019年11月15日/現代マンガ図書館 所蔵
今や電子と紙をあわせた出版市場全体において、漫画は4割以上を占める。
「鬼滅の刃」は2019年テレビアニメ化に伴い大ヒット。続く劇場版「無限列車編」が国内歴代興行収入1位となり、漫画市場を支えるだけでなく新型コロナ感染症下の経済を支えるコンテンツとなった。
日本のweb漫画市場でのウェブトーゥン(韓国漫画)の存在は大きい。中でも人気のあるものは紙媒体でも出版されている。多くは日本の漫画出版には珍しいオールカラーである。「女神降臨」はその中でも不動の人気を誇る一作。
元々読み捨てられる存在として展開してきた漫画は、今や日本を代表する文化のひとつとなった。このジャンルを文化資源として残すことは、日本の持つ多くの課題の中でも比較的新しく大切な課題のひとつとなった。
2019~現在:令和期
※webマガジン、SNS発のヒット作多数登場
2019年 横手市増田まんが美術館リニューアル(原画保存に特化した収蔵庫「まんがの蔵」を設置)
2019年 「コミックマーケット96」参加者数72万人
2019年 漫画市場、電子が紙を追い越す。出版市場における漫画市場が4割越え。売上12.8%増(前年比)
※新型コロナ感染症世界的流行 2019〜現在
2022年 安倍元首相暗殺
2022年 熊本大学文学部附属国際マンガ学教育研究センター設立
2022年 漫画市場、5年連続成長で過去最大を更新
【おもな参考資料】
『現代マンガ博物館1945-2005 別冊・資料集』(小学館)2006年
「漫画歴史年表」 広島市まんが図書館webサイト
https://www.library.city.hiroshima.jp/manga/collection/index.html
「資料に見る日本の近代」 国立国会図書館
https://www.ndl.go.jp/modern/utility/chronology.html
◆壁めくり
W-1-1
「学生会」/プリント
『台湾日日新報』、1907年5月24日、第3版 / 漢珍數位圖書公司 提供

W-1-2
「台北の貸本屋」/プリント
『台湾日日新報』、1907年8月28日、第3版 / 漢珍數位圖書公司 提供

W-1-3
「一日一商 貸本屋」/プリント
『台湾日日新報』、1909年3月4日、第5版 / 漢珍數位圖書公司 提供

W-2-1
「完全一個臭蛋子似的!!」漫畫/プリント
王超光、『新新』創刊號、新竹:新新月報社、1945年、ページ12 / 傳文文化事業有限公司復刻本

W-2-2
漫画「種人一日記」/プリント
王超光、『新新』第6期、台北:新新月報社、1946年、ページ9 / 傳文文化事業有限公司復刻本

W-2-3
漫画「老百姓的眼中」/プリント
王超光、『新新』2卷1期、台北:新新月報社、1946年、ページ16/傳文文化事業有限公司復刻本

W-3-1
アクション武打動作:『決戰鐵甲面』
『決戰鐵甲面』第1卷、頁35-36/プリント
葉宏甲、台北:童年漫畫股份有限公司、2019年 / 葉佳龍氏 提供

W-3-2
アクション武打動作:『決戰鐵甲面』
『決戰鐵甲面』第1卷、頁37-38/プリント
葉宏甲、台北:童年漫畫股份有限公司、2019年 / 葉佳龍氏 提供

W-3-3
アクション武打動作:『決戰鐵甲面』
『決戰鐵甲面』第1卷、頁39-40/プリント
葉宏甲、台北:童年漫畫股份有限公司、2019年 / 葉佳龍氏 提供

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機構設計:『決戰黑蛇團』
『決戰黑蛇團』、第一巻、ページ30-31/プリント
葉宏甲、台北:童年漫畫股份有限公司、2019年 / 葉佳龍氏 提供

W-3-5
戦闘場面:『決戰鐵甲面』
『決戰鐵甲面』、第11巻、ページ27-28/プリント
葉宏甲、台北:童年漫畫股份有限公司、2019年 / 葉佳龍氏 提供

◆映像

①『俠友』の修復プロセス、タイムラプス映像
国立台湾歴史博物館 提供
連環画のほとんどには、「外函(そとばこ)」が付属している。国立台湾歴史博物館で購入した当初、これらの外函は湿気でひどく劣化しており、カビや虫食い穴があった。紙は黄色くなり、すり減っており、傷んでいるものもあった。また、外函の裏側に貼り付けた新聞紙や広告も破損していた。
これらの問題を解決するため、修復士はまず付着したホコリを取り除き、虫損部分を修復する。次に、外函の化粧紙や下貼りの新聞紙の位置を記録してからはがし、平(たい)らにする。最後に、修復用紙で箱の傷んだ表面を覆い、外函の用紙や包装用紙を元のように貼り込む。こうして、本来の外観と使用した痕跡を保存することができるのである。
②『雙雄大戰雙假面』予告編
監督邵羅輝、1962年/国家電影及影視文化中心 提供
③諸葛四郎の3D映画の予告編
監督邵羅輝、1962年/国立台湾歴史博物館 提供
◆Tケース

国家漫画博物館準備チーム
台湾の漫画文化資産を保存し、漫画文化を広めるため、文化部は2020年から台湾歴史博物館に依頼し、国家漫画博物館の開館へ向けた準備活動を進めている。そこで「国家漫画博物館準備チーム」(漫博)が発足し、台湾における漫画に関わる資料・文物・書籍の収蔵・研究、展覧やイベントなど様々な企画が行われている。また、来館者との交流によって、異なるコミュニティを繋ぎ、国家漫画博物館のイメージのコンセンサスを図っている。将来的には台湾の国家漫画博物館が海外と繋がり、世界各地の漫画博物機構と交流することを視野に入れている。
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漫博準備チームゆるキャラのキービジュアル/プリント
デザイン:劉倩帆

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『漫射報』NO. 1-6/プリント
國立台湾歴史博物館漫博準備チーム發行、2020-2021年/文化部提供

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漫博準備チームのグッズについて
漫博準備チームは台湾の現代の漫画家と協力して、さまざまなグッズを作成しています。交流先や講演、イベントの際、または抽選などによって、ゲストや当選者に贈られています。

◆柱展示

結び
「貸本屋」は、台湾人にとって世代をまたぐ共通の記憶である。1960年代の武侠小説ブーム、1967年の検閲制度による挫折を経て、1980~1990年代にかけて日本マンガの大流行も経験した。21世紀に入り、デジタルテクノロジーがもたらした衝撃は大きかったものの、困難の中でも経営の多角化に挑み、生き残ろうとする強かさを見せてきた。
現在、台湾に残った貸本屋は多くは無いが、もし街のどこかで見かけたら、スマホの画面から少し離れて「貸本屋」の漫画と一緒に不思議な旅に出てみてはいかがだろうか。
2階閲覧室で、台湾漫画を読もう!
※2階閲覧室では、台湾漫画など展示関連資料を読むことができます。
◆企画体制

助成:文化部
主催: 国立台湾歴史博物館、台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター、明治大学 米沢嘉博記念図書館・現代マンガ図書館
協力 : 台湾クリエイティブ・コンテンツ・エージェンシー、北九州市漫画ミュージアム
台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター
総括コーディネーター:王淑芳
制作チーム:簡志維
国立台湾歴史博物館
総括コーディネーター:張隆志
行政アドバイザー:莊佩樺、李雪敬
展示アドバイザー:陳靜寬、劉維瑛、張淵舜
制作チーム:
王佩廸、余釧榕、李翊寧、林逸琇、陳怡君、黃襄、黃怡婷、黃悠詩、鄭雯齡
展示協力:
呂錦翰、林潔琪、陳明祥、張安理、黃瀞慧、鄭勤思
明治大学 米沢嘉博記念図書館・現代マンガ図書館
【米沢嘉博記念図書館】
スタッフ・リーダー 斎藤宣彦
スタッフ ヤマダトモコ、河合正太郎
折居佳央里、山田彩由、秋田孝宏、
小田切博、中嶋敦
【現代マンガ図書館】
スタッフ・リーダー 信濃潔
スタッフ 山本怜奈、ストークス・セリーナ
展示空間レイアウト・制作:
鉅奇室內裝修有限公司 林郁芳、童心怡、洪嘉憶、許芳慈、株式会社iConnect’a
キーヴィジュアルデザイン:AKRU
資料協力:
王曼玲、王玲婉、李心如、沈俊源、周晉藝、范萬楠、許綺芬、許富淵、陳川夲、陳貝瑜、梁乃悅、葉佳龍、張豐吉、黃廷玉、游龍輝、解永華、劉庭禎、蔡錦堂、師大白鹿洞洞洞戰隊、拍謝少年、高雄市立歷史博物館、耽美書房、國立臺灣美術館、國家攝影文化中心、蓋亞文化有限公司、新華采事業有限公司、漢珍數位圖書公司
スペシャルサンクス:
平柳龍樹、余玟欣、松本淳也、高彩雯、楊雅茜、鳳氣至純平