3人+αの原画:西島大介

西島大介


「ディエンビエンフー」
(角川版2004〜2005年/小学館版2006〜2016年)

京都国際マンガミュージアムからの巡回企画である本展における当館オリジナル要素「+α」としての特別展示。大塚英志と東浩紀という二人の批評家が米国同時多発テロ事件の影響下で立ち上げた文芸/批評雑誌『新現実』(角川書店)をきっかけに誕生した(※)本作は、同誌休載後『月刊IKKI』(小学館)でリメイクされることとなった。
前3期の女性作家たちによるある意味'文芸的'な戦争へのアプローチとは異なり、独特のかわいい絵柄にSF・ロボットアニメ・戦争映画・ホラーetc.といったポップカルチャーからの引用が、高度な批評性をもって散りばめられている。
戦後70年の節目に企画された京都での展示から71年目を迎え、より幅広い「戦争」と「マンガ」の関わりを読者や鑑賞者に対し示唆する作品として、本展示ではこの作品と作家を迎えた。

※「ディエンビエンフー」角川版は『新現実』二期にあたる『Comic新現実』2号から連載開始された。


壁面全体

「ディエンビエンフー」複製

「ディエンビエンフー」原画

















「殺すな」
作中でも触れられているが、この「殺すな」の文字は1967年に日本の市民団体「べ平連」が米ワシントンポストの紙面を買い取り、全面広告として掲載したもので、文字の作者は現代美術作家の岡本太郎。西島が引用している文字は2003年イラク戦争に対する反戦運動として美術評論家、椹木野衣が立ち上げたプロジェクト「殺す・な」がネット上で提供していた画像データを使用している。

正統派戦争マンガの現在形
マンガ史研究/明治大学国際日本学部准教授 宮本大人

胡志明杯て。
10巻までこの作品の世界観を受け入れてきた読者でさえ、11巻を前に思わずそうつぶやいたに違いない。どこまで針を振り切る気なのかと。「往々にして馬鹿みたいな話が真実」なのだとしても、ここまで?と。

ベトナム戦争、さらにはそこに至るベトナムの長い戦争の歴史という史実を題材にしながら、超人的な身体能力を持つ兵士たちがガンダムやマクロスのそれを想起させるバトルシーンを繰り広げる第1部、テト攻勢からソンミ村虐殺にいたるエヴァンゲリオンを思わせる鬱展開の第2部、そしてホー・チ・ミンの死後唐突に天下一武道会が始まる第3部。

「史実」とされる出来事や実在の人名・地名へのリンクを切らないまま、どこまで「馬鹿みたいな話」を展開できるかに挑むこと。この構造は、戦国時代における信長をはじめとする戦国武将と百姓一揆の抗争の中で超人的な忍者バトルが展開する白土三平の「忍者武芸帖」に似ている。

また、いかにも「かわいい」デフォルメの施された絵で凄惨な殺傷シーンを描く落差も含めて、「リアリティ」のレベルを意図的に不安定なままに留めることもこの作品の特徴だが、受け手の当初の想定を裏切る描写の挿入によって意図的にリアリティのレベルを混乱させ、安心して楽しめるフィクションとしての戦争マンガを超えようとする試みも、水木しげるの「総員玉砕せよ!」、手塚治虫の「カノン」などから、こうの史代「夕凪の街」、今日マチ子「cocoon」まで、枚挙にいとまがない。

その意味でこの作品は極めて正統的な戦争マンガの系譜の上にある作品だ。そしてまた、虚と実の振り幅の大きさ、マンガ・アニメ史的記憶も含めて詰め込まれている情報量の多さ、そして全体の見通しのきかなさにおいて、極めて今日的な作品でもある。予告された結末にどのような意味付けが与えられるのか。このまま未完に終わるとすればマンガ史的損失だ。何らかの形での再開を強く望む。

「ディエンビエンフー」制作参考資料リスト

映像:
「ディエンビエンフー」パイロット映像(スタジオ4℃制作、2012年)
「2009 Ho Chi Minh」(西島大介、2010年)
「2010 Hue」(西島大介)


テーブルケース
おざわゆき「あとかたの街」原画