チェコ簡易年表 | チェコ・コミック史 | |
1850 ~ 60 年代 | 最初のチェコ語のユーモア画および風刺画の確立。近代コミックス初期の先人たちが登場しはじめる。 | |
1867 年 | オーストリア=ハンガリー帝国の成立 (オーストリア帝国内でのハンガリーの自治権承認) ※チェコ民族主義運動盛んに 帝国成立時にチェコの自治権承認を得られなかったことでチェコ国民に不満が残る。政治運動だけ でなく芸術面でも民族の自主独立心を喚起する音楽作品が登場した。スメタナ、ドヴォルザーク、ヤナーチェクなど。 |
当時チェコの土地は、オーストリア=ハンガリー帝国の一部だが、チェコ語の出版物はある程度広く流布していた。都市文化(特にプラハとブルノ)の成長により、新しい読者層も徐々に増えた。 カレル・ヴァーツラフ・クリーチ(1884 ~ 1926) 当時ヨーロッパの影響下にあったチェコ文化の中、ヨーロッパに影響を与えた数少ないチェコアーティストの一人。オーストリアとイギリスでコミックスを描き出版する。 |
1900 年 | 20 世紀当時、政治運動に思想家や芸術家が貢献することは自然であった。第一共和国の初代大統領は哲学者・マサリク。画家クプカやミュシャも民族の独立を支えた。 | 20 世紀初頭の10 年間に、フキダシが使用されたチェコ語での最初のコミックスが少数ながら出版される。 |
1914 ~ 1918 年 | 第一次世界大戦 | |
1918 年 | チェコスロバキア第一共和国独立 | チェコスロバキア共和国独立によって、チェコ語の出版物とその市場が大幅に拡大。 |
1920 年代 | ヨゼフ・ラダ(1887 ~ 1957) オンドジェイ・セコラ(1899 ~ 1967)などの有名なイラストレーターが、新聞や雑誌でコミックスも描き出版する。 |
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1920 ~ 30 年代 | このころのチェコ・コミックには、絵の下に文字が配置されるものと、コマがありフキダシが使用されるものがあった。前者は子どもによいものとされ、後者は読書習慣に有害なものとされた。 | |
1920 年代後半 ~ 1930 年代前半 |
アメリカのキャラクター(フィリックス・ザ・キャットや初期のディズニーものなど)がアニメを通して輸入され、人気に。 コミック専門誌や、コミックスをメインにした雑誌が数誌創刊。『コウレ』、『マリー・スプラボダイ』、『プンチャ』など。だが、多くは続かず。 |
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1930 年代末 | 人気があり刊行が続くコミック雑誌が登場し始める。 『ムラディー・フラサテル』、『プンチャ』など。 コミックスが徐々に、週刊新聞、ユーモア雑誌、子ども向け、青年向けの雑誌、新聞に共通のお楽しみ部分を担うようになる。 |
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ヘレナ・ボホジャーヴァー・ディトリホヴァー (1894 ~ 1980) チェコで最初の女性グラフィックノベル作家といわれている。彼女がモノクロ木版画で描いた物語はドイツ、フランス、イギリスでも翻訳出版される。コミックスと美術周縁に面白い作品が生まれる。 |
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1938 年 | チェコスロバキア第二共和国 (チェコスロバキア、ナチスドイツにズデーテン地方を割譲) |
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1939 年 | 第二次世界大戦 ドイツの保護領化 (ナチスドイツ進駐、チェコスロバキア共和国解体) |
チェコ・コミック、深刻な抑圧状態におかれる。第二次世界大戦終戦まで。ナチスドイツが文化を弾圧し、出版物を検閲し、紙その他の資源が不足していたため。 しかし、人気の衰えないコミックスもあった。 「リフレー・シーペ」(「速い矢」シリーズ/1938 ~) 原作ヤロスラフ・フォーグラル(1907 ~ 1999)、 イラスト:ヤン・フィシェル(1907 ~ 1960) 若者に爆発的人気。読者ファンクラブができ、制約のある時代ながら、42 年には数百人のメンバーがいた。フキダシの使用を推進。 |
1945 年 | 第二次世界大戦終結。旧共和国領の国土のほどんどがソビエト軍によって解放される。 チェコスロバキア第三共和国 (共産党との連立により新共和国政府発足) |
第二次世界大戦後「パルプフィクション」反対の動きあり。多くの新聞・雑誌、そこに描かれていた人気コミックスのヒーローは戦後も復活せず。しかし、新聞や雑誌には、新しい読者獲得のため日々コミックスが掲載され競合した。ユーモア雑誌や子ども向け雑誌には、多くの新しいチェコ・コミックが登場する。 |
1948 年 | 2 月事件 (共産党がソ連の軍事力を背景に単独政権を樹立) |
2 月事件以降すぐ報道規制。宗教や新しい社会主義体制への批判は" プロレタリアによる独裁" によりすべて禁止。 フキダシ付きのコミックスは「帝国主義のパルプ」と名づけられ禁止。子ども雑誌数誌に掲載された連続ストーリーは、イラストの連続か、絵の外にテキストのついたおとなしい形のものとなる。1950 年代の中盤まで。 |
1950 年代後半 ~ 60 年代初め |
スターリンの死後(1953 年)、ソビエト連邦で起こったスターリン批判の波により、社会主義に対する抑圧が多少やわらぐ。 コミックスは1948 年以前の状態に徐々に戻る。 |
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1960 年 | チェコスロバキア社会主義共和国に国名を改称 | |
1968 年 | 1 月 プラハの春 (第1 書記に就任したアレクサンドル・ドヴチェクによる改革、民主化運動の開始) 8 月 チェコ事件 (ワルシャワ条約機構軍が侵攻、チェコスロバキア全土を占領) |
ソ連侵攻後の新しい社会主義体制は50 年代ほど厳しくなかったが、社会もコミックスも再び資本主義諸国から完全に隔離。 コミックスは国家経済の冷え込みや、窮屈な社会的制約から人々の目をそらすための、低俗な、あるいは子供だましの楽しみとして容認されていた。 |
1969 年 | チェコスロバキア社会主義連邦に国名を改称 | |
1970 ~ 80 年代 | 制約は依然続いていたが、いくつかのコミックス表現やジャンルが容認される。 | |
1989 年 | 8 月 ベルリンの壁崩壊、東西ドイツ統合 11 月 ビロード革命 (民主化デモをきっかけに共産党政権崩壊。デモのリーダーは、のちに大統領となる劇作家ヴァ―ツラフ・ハヴェル) |
ニューススタンドに新しいコミック雑誌が氾濫。ほぼすべての定期刊行物にコミックスが再び掲載されるも、すぐに消え去る。 大きな経済変動の中、出版文化や文学の価値は崩壊し、物価は急上昇。 |
1993 年 | チェコ共和国成立 (チェコとスロバキア、連邦を解消) |
チェコ・コミック、海外の輸入作品と競争できず。他の娯楽メディアも同様。 経済も落ち着き、イデオロギーに一切抑圧されることなく「自由」に表現できる状態がはじめて出現。 コミックス作家はいるが発表の場が無い時期。アーティストが自費出版物として『AARGH!』を創刊し作品を発表。 現代の代表的コミック作家パベル・チェフが最初の単行本『ルディ』を出版。チェコで初めて現代コミックスのコンベンションが開催。 |
2004 年 | 欧州連合(EU) に加盟 | |
現在 | チェコ・コミックの黄金期といえる。 世界のコミックスを読むことが可能。自国のコミックスが成長し、見るべき作品が増加している。コミックス史の掘り下げを行うことも可能となった。 |