第4期:2017年12月15日(金) - 2018年1月28日(日)



ー 現代チェコ・コミックを代表する4人の作家たち ー
このコーナーでは、現代チェコ・コミックを代表する作家たちを特集し紹介した。会期ごとにひとりの作家をピックアップし、壁で原画展示を行い、中央の覗き込みケースでは残り3人の現代作家を書籍とともに紹介した。

■ ニッカリンNikkarin

 ニッカリン(本名、ミハル・メンシーク)は1987年生まれ、本展示で紹介されている作家の中では最も若いアーティストのひとりだ。彼は1989年の共産主義独裁政権崩壊後の社会で育った世代で、世界中のコミックスや大衆文化に制限されることなく触れることができた。それゆえ、彼の作品には世界的に有名なコミックスやアクション映画、テレビゲームなどから題材や手法を取り入れているのを見ることができる。ニッカリンの初期作品では、フランスのBD作家メビウスからインスピレーションを得ているのがはっきりと見て取れ、また、日本マンガからの影響もうかがえる。
 ニッカリンの作品の中で最も野心的なものは、間違いなく三部(もしくは四部作になるかもしれない。先ごろ第4巻発売が予告されたところだ)からなる『130』シリーズだろう。それはロードムービー・ファンタジーとでもいうべき作品で、「ボ」という名の巡礼者が不思議な世界を彷徨い歩く中、奇妙な生き物や物と出会う物語だ。このように「真面目」な作品を描く彼だが、日本のRPGのパロディーとも言える、『スペルソード・サガVII:アルティメイト・ドラゴン・ファンタジー・クエスト』も制作している。現在、ニッカリンは若い読者向けの作品を中心に、子供、青年向けのシリーズ物、読みきりのコミックスを描いている。




130:オデュッセイア
130: Odyssey (2009)



130: Odysea
130:オデュッセイア
Nikkarin (s.a k.)
ニッカリン(作・画)
2009


 ニッカリンは、本展示で紹介しているコミックス作家の中で最若手といってよい作家だ。彼の作品には、このことが作風として反映されている。彼の作品には高い普遍性があり、全世界から影響を受け、新しいメディアやパソコンで画像処理も行っている(「130」シリーズは手描きだが)。ニッカリンがチェコ・コミック界にデビューした2008年当時は、チェコでのコミックスへの「子ども向けのくだらないもの」という偏見が薄れはじめた過渡期にあたり、出版業界もコミックスに注目しはじめていた。ニッカリンが単行本を出版できたのは、コミックスを取り巻く出版環境、社会環境が整い始めたという理由もある。

 ニッカリンのアーティストとしてのキャリアは、2000年代初頭に登場した、いわゆる「ジェネレーション・ゼロ」の作家とは大きく異なる。「ジェネレーション・ゼロ」の作家は非商業的な雑誌や、同人誌に短編が掲載されるかたちでデビューすることが多い。対してニッカリンのデビュー作、「130」シリーズ第1巻は、直接、単行本として発売された。版元はラビリント社(Labyrint)で、当時は既に「アロイス・ネーベル」を出版したことで名が知られており、この作品はグラフィックノベルシリーズの一つとして出版された。 こうしてニッカリンの100ページからなる作品は、三部作プロジェクトの第一幕として発表され、多少短絡的かもしれないが、描き下ろし単行本出版の更なる増加を通して、現代チェコ・コミックが新しい発展段階に入った兆候のひとつと考えられる。

 「130」の漠然とした世界を語るのは難しい。主人公である巡礼者「ボ」は、初め荒廃した不思議な場所を彷徨っている。「ボ」は、奇妙な人々や生物との出会いを通して情報を収集し、彼らのいる世界の輪郭が、「ボ」と読者の目の前に徐々に現れてくる。




130:惑星の旅人の時代
130: Čas hvězdoplavců (2015)


130: Čas hvězdoplavců
130:惑星の旅人の時代
Nikkarin (s.a k.)
ニッカリン(作・画)
2015


 「ボ」が出会う人物の何人かは読者にも馴染み深いはずだ。主人公のひとり、アントワンヌには、サン=テグジュペリの有名な小説の主人公、「星の王子さま」を大人にした面影がある。「130」は、この小説の精神的後継者のようにも考えられる。文学的暗示だけでなく、他のメディアの影響も見られる。この作品を読み進めると、荒廃した世界が舞台になっているテレビゲーム「フォールアウト」シリーズや「スター・ウォーズ」的要素も見出すことができる。

 これまでにこのグラフィックノベルシリーズは、第3巻まで発売されている。第2巻の題名、『善良な奴、意地悪な奴、腹黒い奴』は、セルジオ・レオーネの有名な西部劇、「続・夕日のガンマン」(英題The Good, the Bad and the Ugly)からインスピレーションを受けたものだ。この作品は第1巻が発売されて間も無い2010年に発売された。しかし、このシリーズのファンは次の第3巻、『惑星の旅人の時代』が発売されるまで5年もの間、待たされることになる。2015年に第3巻が発売された際、ニッカリンは、このサガの完結編となる第4巻(2017年現在、未発売)の刊行を予定していると語った。

 瞑想的な情感が漂う、複雑なナレーションのニッカリンのグラフィックノベルシリーズには熱狂的な支持者も多く、現在ニッカリンは21世紀のチェコ・コミック界において最も興味深い作家のひとりと考えられている。年を追うごとに技術面も優れたものとなり、絵のスタイルは繊細に、内容も作者の内面に迫ったものになってきている。ページ構成のセンスにも磨きがかかり、ページ全体に広がるイラストレーションが発する力も上手く調節されている。そして巡礼者「ボ」の話は、まだ終わらない……。




■ チェコ・コミックのメディアミックス&チェコ・コミックの中の日本

 第4期はチェコ・コミック史から離れ「チェコ・コミックのメディアミックス」と「チェコ・コミックの中の日本」の二つのテーマで総覧する。


チェコ・コミックのメディアミックスについて
 1920年代から、チェコのコミックスキャラクターはコミックス以外の媒体にも登場していた。最初にキャラクターが登場したのは絵本である。コミックスの芸術的価値は低く見られていたため、コミックス作品とその作者にとって絵本であってもある種の文学として扱われることは名誉なことだったのだ。
 コミックスキャラクターを使ったもう一つの媒体は人形劇である。チェコでは長い歴史を持つ伝統芸能である人形劇は、1920年代から1930年代にかけてヨゼフ・スクパが作り出した「シュペイブルとフルヴィーネク」のヒットで活況を呈していた。
 そして『リドヴェー・ノヴィニ』紙のオンドジェイ・セコラの大人向けコミック・ストリップ、「フナートとパトルチカ」がブルノ・ラドスト劇場で人形劇化され、人気を博す。ほぼ同時期に同紙に掲載されていたセコラのもう一つの作品「ツヴォチェク」は少年ツヴォチェクが主人公で子ども向けだったが、これもブルノ・ラドスト劇場で人形劇化されている。これらの作品ではセコラ自身が人形のデザインを手がけた。
 他にも1930年代には様々なコミックスキャラクターが人形劇になった。今日、人形劇には当時ほどの大衆的な人気はないが、いくつかのコミックスが人形劇化され、成功を収めている。フランチシェク・スカーラ「ヴラスとブラダの大冒険」(ヴラスは髪、ブラダは顎の意)はその一例だ。また、コミックスからの人形劇化だけでなく、人形劇のコミカライズもある。先述「シュペイブルとフルビーネク」は、現在も人形劇の続編がコミックスとして描き続けられ、多くの新聞に掲載されている。
 1932年には、チェコで初めてコミックスが実写映画化された。長編ミュージカル映画、「ペピナ・レイホルツォヴァー」( ヴァーツラフ・ビノヴェツ監督)は、フランチシェク・ヴォボルスキー作のコミックスを原作としている。だが、次にコミックスが実写映画化されるのは1993年まで待たなければならない。そのペトル・コテク監督の「知恵の輪の謎」は「リフレー・シーペ」のワンエピソードを映画化したものだ。他のコミックス作品は、今のところ実写化されていない。
 「ありのフェルダ」は誕生直後から様々なメディアに登場したキャラクターだ。1930年代末には人形劇化、次いでラジオドラマ化され音源はレコード発売もされた。このありのヒーローはいまもアニメーション映画がつくられ続けている。
 第二次世界大戦後、コミックスとアニメのつながりはさらに強くなった。1965年からチェコスロヴァキア国立テレビ局が、毎晩幼児向けアニメを放映するようになり、1969年に子ども向けコミック誌、『チティジリーステック』(四つ葉の意)が創刊されると、同誌掲載の何作ものシリーズがテレビと雑誌の両方で展開された。1990年代の『チティジリーステック』で最も人気のあったルチエ・ロモヴァーの「アンチャとペピーク」も2017年に第1シーズンがテレビ放映されている。
 コミックスのアニメーション映画化でもっとも成功したのは「アロイス・ネーベル」だ。ヤロスラフ・ルディシュとヤロミール・シュヴェイジークによるコミックス(2003-2005年)を原作とするアニメーション映画は2012年にヨーロッパ映画賞の長編アニメ部門最優秀賞を獲得した。


チェコ・コミックと日本について
 20世紀のチェコ・コミックに日本が与えた影響はあまりない。おそらく当時チェコ・コミックが日本に近づいたもっとも興味深い事例はカーヤ・サウデックが手掛けた1980年に日本でおこなわれたチェコ展のガイドブックだろう。
 1989年のビロード革命後のチェコ・コミックスでは、自由化に応じて、日本はエキゾチックな旅行先として登場するようになった。1994年の『チティジリーステック』では主人公たちが日本を訪れている。
 21世紀に入ると、インターネットと翻訳版により、チェコに日本のマンガ(そしてアニメ)が浸透し始め、若いコミックス作家に多大なインスピレーションを与えるようになった。2009年からはじまったアンソロジー、『扇』(ヴィエイーシュ)はそうした「日本スタイル」のコミックス(マンガ)の描き手たちによるものである。



フィリックスの人気

 パット・サリヴァンとオットー・メスマー原作の、アメリカ生まれの「フィリックス・ザ・キャット」は、両大戦間期にチェコスロヴァキアでも大スターになった。彼は短編アニメーション映画や広告、絵本などさまざまなところで活躍した。展示品はアルパ・フランツォフカ社の飲み薬の広告である(手前)。右ふたつとなりのケース(※後註2つ下のケース)にてチェコで作られたフィリックスのアニメを観ることができる。



アニメの巨匠、ヘルミーナ・ティールロヴァーとコミックス

 雑誌『プンチャ』には雑誌タイトルにもなっている同名の犬のコミックス「プンチャ」以外にも、何本ものコミックスが連載された。「プンチャ」に次ぐ長期間連載コミックス、「ルーダとスラーヴィンカ」(奥)では子どもらしい日常の中での冒険を取り上げている。作者は、その後、チェコアニメの巨匠となり、「ありのフェルダ」など、多数の作品を撮ることとなるヘルミーナ・ティールロヴァー(1900-1993)である。上記フィリックスのアニメを制作したのもティールロヴァーである。


Kocour Felix
フィリックス・ザ・キャット
作・画ともに不明
1930年代

Růda a Slávinka
ルーダとスラーヴィンカ
Hermína Týrlová (s. a k.)
ヘルミーナ・ティールロヴァー(作・画)
1940 『プンチャ』 #79



ペピナの展開

 「ペピナ・レイホルツォヴァー」(1929-1941)は大戦期のチェコスロヴァキアで最も人気のあったキャラクターのひとり。元気で気立てはいいが、おっちょこちょいな田舎娘が、近代的で洗練された街に上京した際の様々な戸惑いを描いたユーモア・コミックス(中央)。初めて実写化されたチェコのコミックスのキャラクター(※後註1つ下のケース)であることからもそれがわかるだろう。様々な広告や新聞のコミック・ストリップでこの映画は宣伝されたが、興業的には散々な結果になった。当時としては珍しくこの映画には「日本人」や「アフリカ系」の俳優が起用されている。かなり偏見のあるとらえ方ではあるのだが。
 しかし作者のヴォボルスキーは「ペピナ」の売込みを上手にやってのけた。映画化された後、「ペピナ」は人形劇になり、様々な印刷広告に起用され、当時の流行り歌にも登場した。製菓会社とのコラボ商品として「ペピナ」という飴も発売されている。ケース奥はその飴の宣伝用コミックス。


Pepina Rejholcová
ペピナ・レイホルツォバー
František Voborský (s. a k.)
フランチシェク・ヴォボルスキー(作・画)
1930年代

Jak Pepinky způsobily
radost Pepince
ぺピナがぺピナを喜ばせた理由
※飴の宣伝用コミックス
František Voborský (s. a k.)
フランチシェク・ヴォボルスキー(作・画)
1930年代

Jak Pepinu štěstí potkalo
ペピナにチャンスがやってきた理由
※薬の宣伝用コミックス
František Voborský (s. a k.)
フランチシェク・ヴォボルスキー(作・画)
1930年代



映像化されたチェコ・コミック

 コミックスの登場人物は、1920年代から映画界に登場し始める。それはアニメ映画のときもあれば、実写化されたものもあった。
 このケースでは映像化されたチェコ・コミックを紹介した。


Pepina Rejholcová
(záběr z filmu)
実写映画『ペピナ・レイホルツォヴァー』(スチル)
Václav Binovec (r.)
ヴァーツラフ・ビノヴェツ(監督))
1932

【上映作品】
カレル・ドダル(監督)
「フィリックスの新しい冒険」(1927年)
※アニメーターは
 ヘルミーナ・ティールロヴァー

ヴァーツラフ・ビノベツ(監督)
「ペピナ・レイホルツォヴァー」
(1932年、映画)

イジィ・トルンカ(監督)
『バネ男とSS』(1946年、映画)

マレク・ベルジェール(監督)
『ぺラーク:プラハを覆う闇』
(2016年、映画予告編)



バネ男(ペラーク)の展開

 「バネ男」はナチス・ドイツ占領時代の都市伝説ヒーロー。足にバネを装着し、プラハの路地やビルの屋根の上でナチスと戦う。当時の人々は、「バネ男」を実在するヒーローとして噂した。その噂話から生まれた「バネ男」は、イジー・トルンカとイジー・ブルデチュカによって、1946年にアニメ化された(左隣のケースで紹介 ※後註上のケース)。
 本ケースに展示した「バネ男の更なる冒険」シリーズは第二次世界大戦後を舞台にした作品。平和が戻った後、かつてのヒーローは本職の煙突掃除人として精を出す。このシリーズは政治的スローガンに強く感化されており、共産主義の敵との戦いを主題としている。
 1989年以降、彼をモチーフにしたいくつかの映画や演劇作品、コミックスが発表されている。アドルフ・ラフマンの未完のコミックス(2002-2006)も、その一つ。


Pérákovy další osudy
バネ男の更なる冒険
Vláďa Dvořák
1948



リフレー・シーペの展開

 都会っ子5人組のグループ、「リフレー・シーペ」の冒険は、最初、少年週刊誌『ムラディー・フラサテル(Mladý hlasatel、「若きメッセンジャー」の意)の裏表紙に連載された(1938-48年)。原作者のヤロスラフ・フォグラルは、最も有名な20世紀のチェコの児童小説を書く作家の一人。
 「リフレー・シーペ」は体制側に何度も発売を禁止された。1960年から1970年「自由化改革」で政府の検閲が緩む中、「リフレー・シーペ」の復刻版が出版された。このケースの展示品はその時の復刻版である。


Rychlé šípy
リフレー・シーペ
Jaroslav Foglar (s.), Jan Fischer (k.)
1948年 (1970年復刻版)



リフレー・シーペの展開 その2

 60年代のリバイバルブーム時に、フォーグラルは新エピソードを書き下ろした。また「リフレー・シーペ」のグッズや商品も発売されていた。ケース奥の冊子『リフレー・シーペ』の広告にあるトランプなどが、その一例である。
 また、1960年代後半には、「リフレー・シーペ」の9つのエピソードがテレビドラマ化されたが、第一話放映後、ソ連(ワルシャワ条約機構)軍侵攻により放送を禁じられた。ケース手前の本は1970年に出版された「リフレー・シーペ」のテレビ番組についてのムック。
 1989年のビロード革命後の「リフレー・シーペ」人気により、復刻版が冊子として出版されただけでなく、その第一話だけ放映されて終わったテレビ番組も放映された。さらに1993年には実写映画化され、チェコ・コミックとしては実写映画化された2番目の作品となった。下のケース(※後註3つ上のケース)でテレビドラマ版と実写版の一部を観ることができる。


Záhada hlavolamu
映画『知恵の輪の秘密』DVD
1993

Rychlé šípy v televizi
ムック『テレビ版「リフレー・シーペ」』
Otakara Fuky
オタカール・フカ
1970

Rychlé šípy
『リフレー・シーペ』
1960年代



アロイス・ネーベルのコミックス

 「アロイス・ネーベル」は「チェコ近代史の闇」と呼ばれる有名な事件を扱い「コミックスは子どものもの」という常識を覆したグラフィックノベル作品である。タイトルと同名の駅員を主人公としたこの三部作は、21世紀のチェココミックス界で最も大きな影響を与えたコミックスだといえるだろう。「アロイス・ネーベル」は、続編がコミックストリップ形式で発表された。


Alois Nebel -
Prachatický granát
アロイス・ネーベル -プラハティツェの手榴弾-
Jaroslav Rudiš (s.), Jaromír 99 (k.)
ヤロスラフ・ルディシュ(作)、ヤロミール99(画)
2005

Alois Nebel - Bílý potok
アロイス・ネーベル -白い小川-
Jaroslav Rudiš (s.), Jaromír 99 (k.)
ヤロスラフ・ルディシュ(作)、ヤロミール99(画)
2003

Alois Nebel - Na trati
アロイス・ネーベル -トラックの上-
Jaroslav Rudiš (s.), Jaromír 99 (k.)
ヤロスラフ・ルディシュ(作)、ヤロミール99(画)
2007



アロイス・ネーベルのアニメ

 グラフィックノベル「アロイス・ネーベル」は2011年に映画化された。ロトスコープ技法が用いられたこのアニメーション作品はチェコ国内で大ヒットし、国外でもヴェネチア国際映画祭で招待作品として上映されるなど高い評価を受けている。


Alois Nebel - záběr z filmu
映画『アロイス・ネーベル』(スチル)
2011

Alois Nebel - DVD
映画『アロイス・ネーベル』DVD
2011



映像化されたチェコ・コミック2

 1960年代に『リフレー・シーペ』がコミックスとしては最初にテレビドラマ化された。この作品は1993年に実写映画化された。
 2000年以降に実写映画化されたコミックスはなく、「チティジリーステック」と「アロイス・ネーベル」はアニメーション映画として制作された。


【上映作品】
ヒネク・ボチャン(監督)
『知恵の輪の秘密』(1969年、テレビ映画)

ペトル・コテク(監督)
『知恵の輪の秘密』(1993年、映画)

ミヒャル・ジャブカ(監督)
『王様に仕える四つ葉』(映画の予告編)

トマーシュ・ルニャーク(監督)
『アロイス・ネーベル』
(2011年、映画の予告編)



雑誌『チティジリーステック』2015年599・600合併号(右奥)

 4匹の擬人化された動物(猫と犬と豚とウサギ)を主人公とした児童向けコミック「チティジリーステック」が掲載された、コミックスのタイトルと同じ名前の児童誌『チティジリーステック』は、短期間実現した自由化改革時の1969年に創刊された。1989年の自由化後は、同誌からスピンオフ作品や様々なメディアミックス作品などがつくられるようになっている。
 21世紀になっても「チティジリーステック」関連のキャラクター商品は様々な展開を見せている。


Čtyrlíštek speciál
"Horymírovo dobrodružství"
雑誌『チティジリーステック
特別号:ホリミールの冒険』
1998 #6

Čtyřlístek:
Strašidelný hrad
テレビゲーム『四つ葉:呪われたお城』
2002

Čtyřlístek: Prsťáčci
指人形『チティジリーステック』
2010以降

Čtyřlístek
雑誌『チティジリーステック』
2015 #599-600



 「チティジリーステック」の原作者、ヤロスラフ・ニェメチェクはこの作品の映画化を期待し続けてきたが、その夢は2013年についにかなった。「王様に仕えるチティジリーステック」が長編アニメーション映画になったのである。
 「王様に仕えるチティジリーステック」が映画化された際、出版社『チティジリーステック』(1991年に創立、作者の家族が代表を務める)は様々なキャラクターグッズの販売を始めた。このムックもそのひとつ。映画のコミックス版や映画情報、撮影の裏話などが掲載されている。
 左にふたつ隣のケース(※後註2つ上のケース)でこの映画の一部を観ることができる。


Čtyřlístek ve filmu
ムック『映画チティジリーステック』
2012

Čtyřlístek ve
službách krále
映画『王様に仕えるチティジリーステック』DVD
2013

Čtyřlístek: Prsťáčci
指人形「チティジリーステック」
2010以降



デザイナー テオドル・ピシュチェクのコミックス

 テオドル・ピシュチェクはファッションデザイナーであり芸術家。ミロシュ・フォアマン監督の映画「アマデウス」では、衣装デザイナーとしてアカデミー賞を受賞している。彼は1970年代に「ドゥガン先生」(中央/1973-1975)および「女郎蜘蛛」(奥・手前/1975-1977)という2作のコミックスを描いている。「女郎蜘蛛」は当時としては異彩を放ったファンタジー/SFコミックスである。


Pavouk Nephila
女郎蜘蛛
Ivo Pechar (s.), Theodor Pištěk (k,)
イヴォ・ペヒャル(作)、テオドール・ピシュチェク(画)
1976 『オフニーチェク』 #13(手前) #21・22(奥)

Profesor Dugan
ドゥガン先生
Ivo Pechar (s.), Theodor Pištěk (k,)
イヴォ・ペヒャル(作)、テオドール・ピシュチェク(画)
1977 『オフニーチェク』 #21・22(中央)



「もぐらのクルテク」のアニメ監督ミレル作のコミックス

 アニメーション「もぐらのクルテク」シリーズで有名なズデニェク・ミレルが発表した唯一のコミック・ストリップが「ロボット・ミキ」(1965-1969)である。
 後ろの大型テレビで「もぐらのクルテク」にロボット・ミキが登場するアニメをみることができる。


Ohníček
雑誌『オフニーチェク』
1966 #6 (奥)
1968 #5 (左手前)



アンチャとペピーク 1991-2000

 共産主義体制崩壊後に発表されたファニー・アニマル・コミックス最大のヒット作。2匹のネズミを主人公とした作品で、女の子がアンチャ、男の子がペピークである。全エピソードが二度にわたり単行本化され、テレビアニメ化もされている。


Anča a Pepík
アンチャとペピーク
Lucie Lomová (s. a k.)
ルチエ・ロモヴァー(作・画)
2012



アンチャとペピークの展開

 「アンチャとペピーク」の作者ルチエ・ロモヴァーは、彼らをコミックだけでなく、非商業的な公報やキャンペーンでも活躍させている。手前に展示しているのは「子どもと青少年の読書促進」キャンペーンのものである。
 2008年に「アンチャとペピーク」の一エピソードが人形劇用の脚本にアレンジされた。この物語でふたりは乱暴な盗賊を魔法のコーヒーミルの助けを借りて打ち倒す。 こうしたミステリとファンタジーを融合させたようなストーリーはこのシリーズではおなじみのものである。


Anča a Pepík:
Kafemlejnek
人形劇『アンチャとペピーク:コーヒー挽き』(スチル)
2008以降

Noc s Andersenem
アンデルセンとの一夜
※広告イラスト
Lucie Lomová (k.)
ルチエ・ロモヴァー(画)
2013



 1960年代後半のチェコ・コミックのなかで最も重要な作家であるカーヤ・サウデックは、ミロシュ・マツォウレク監督の大衆映画二本の制作に美術の担当者として本格的に携わった。このときサウデックはポスターも手がけている。「ジェシーを狙え」のポスター(右奥)は、当時の検閲で「西側的過ぎる」と判断され、使用されなかった。
 また、ipadで紹介しているもう一つの映像作品、「スペイブルの映画的酩酊」は右隣のケース(※後註1つ下のケース)で紹介している、1920年代に登場した人気キャラクター「スペイブルとフルヴィーネク」の初の映画化作品。


Kdo chce zabít Jessii?
映画『ジェシーを狙え』ポスター
Kája Saudek (k.)
カーヤ・サウデック(イラスト)
1966(未公開)

Čtyři vraždy stačí, drahoušku
映画『あなた、4つの殺人事件で、もう、十分よ』ポスター
Kája Saudek (k.)
カーヤ・サウデック(イラスト)
1970

映像
Spejblovo filmové opojení 1931
Kdo chce zabít Jessii? 1966
Čtyři vraždy stačí, drahoušku 1984
スペイブルの映画的酩酊 1931
ヴァーツラフ・クバーセク(監督)、ヨゼフ・スクパ(監督)
ジェシーを狙え 1966
ヴァーツラフ・クバーセク(監督)、ヨゼフ・スクパ(監督)
あなた、4つの殺人事件で、もう、十分よ 1970
オルドジッヒ・リプスキー(監督)



 1920年代に登場した時から、少年フルヴィーネクとその父親スペイブルはチェコの子ども達に大人気のキャラクターだ。元々は人形劇として生まれたキャラクターだが、年々、活動の場を広げている。コミックスもその一つ。現在のコミックス版は、児童向けコミックス作家として注目を集めるトマーシュ・フルトが作画を担当している。


Šmankote
しまった!
Denisa Kirschnerová (s.), Tomáš Chlud (k.)
デニサ・キルシュネロヴァー(作)、トマーシュ・フルト(画)
2007



現代美術作家フランティエク・スカーラヴラスのコミックス

 フランティエク・スカーラは現代のチェコ美術界を牽引する現代美術作家のひとり。拾ってきたものや自然界のものを使ったオブジェや絵画で有名である。1989年に発表されたこのスカーラのコミックス第1作にも、彼の他の現代美術作品と同じ美術的観点が見られる。2007年にはこの「ヴラスとブラダの大冒険」は人形劇として上演され成功を収めている。
 スカーラのコミックス第2作(1997年)は絵ではなく、写真で構成された作品。この作品にも彼独特のユーモアは健在だ。この第2作目の英語版が当館2階展示室で読める。


Velké putování Vlase a Brady
ヴラスとブラダの大冒険
František Skála (s. a k.)
フランティシェク・スカーラ(作・画)
1989



 チェコ・コミック界ではアーティストたちはしばしばビデオゲームの世界へ冒険に出かけたがる。 戦略系ゲームの「Ufo Aftershock」はトマーシュ・クチェロフスキーがビジュアルを担当している。クチェロフスキーは「ジェネレーション・ゼロ」を代表する作家のひとりで、『AARGH!』誌の創設者のひとりでもある。「Ufo Aftershock」コレクター版の発売に伴い、クチェロフスキーは同ゲームの短編コミックス『空飛ぶ島の衰退と墜落』とカードゲームを制作した。


Ufo Aftershock
ゲーム『UFO アフターショック』ガイドブック
2005

Ufo Aftershock karty
カードゲーム『UFO アフターショック』
※『UFO アフターショック』コレクター版用
2005

The Decline and Fall of the Flying Island
空飛ぶ島の衰退と墜落
※『UFO アフターショック』コレクター版用コミックス
Martin Klíma (s.), Tomáš Kučerovský (k.)
マルティン・クリーマ(作)、トマーシュ・クチェロフスキー(画)
2005




特集1: 「ありのフェルダ」のメディアミックス




「ありのフェルダ」のメディアミックス

 ヒット作「ありのフェルダ」以前にも、オンドジェイ・セコラは「フナートとパトルチカ」という人気コンビを生み出している。今ではほとんど忘れられてしまったこの二人組のキャラクターは、二つの世界大戦のあいだ、非常に人気があり、何度も人形劇として上演された。


SuperHana v zeleném pekle
スーパーハナ、緑の地獄で
Kája Saudek (s. a k.)
カーヤ・サウデック(作・画)
1966



「ありのフェルダ」のアニメーション

 10分程の映画「ありのフェルダ」(ヘルミーナ・ティールロヴァー監督、1944年)は、当時のチェコ・アニメ映画としては、今までにない長編作だった。なお、この作品が制作された第二次世界大戦当時、作者のセコラは強制労働所に入れられていた。フェルダはその後ほかの話も何作かアニメ化されている。例えば、やはりヘルミーナ・ティールロヴァー監督によるフェルダのアニメ(1977-78)では、切り絵アニメーションの技法をもちいている。展示のチラシは同アニメがフランスで公開された時のもの。この作品はオンドジェイ・セコラ(1899-1967)の死後に製作された。
 84年のアニメはチェコ独合作のセルアニメーションである。


【映像】
Ferda Mravenec, 1944
Příhody Ferdy mravence, 1977
Ferda Mravenec, 1984
ありのフェルダ 1944 ヘルミーナ・ティールロヴァー(監督)
フェルダの冒険 1977 同上
ありのフェルダ 1984 チェコ・ドイツ合作(セルアニメ)

Ferda Mravenec (DVD, moderní reedice)
アニメ『ありのフェルダ』DVD
2006 (復刻版)

LES NOUVELLES AVENTURES DE FERDA LA FOURMI (dépliant)
フランス語劇場版「ありのフェルダ 新たな冒険」 (フライヤー)
2017



「ありのフェルダ」のコミックス

 1933年に登場したありのフェルダはチェコ大衆文化の中で最も人気のキャラクターの一つだ。陽気で働き者のこのキャラクターの話は、新聞『リドヴェー・ノヴィニ』紙の子ども向けふろくのコミックスとして登場した。


Ferda Mravenec
ありのフェルダ
Ondřej Sekora (s. a k.)
オンドジェイ・セコラ(作・画)
1930年 (2010年復刻版)



「ありのフェルダ」の絵本

 コミックス版の「ありのフェルダ」は、誕生から3年後に絵本として出版された。 オンドジェイ・セコラは、原作をさらに児童書に適したものへ書き直したのである。


Ferda Mravenec
とらわれのフェルダ
Ondřej Sekora (s. a k.)
オンドジェイ・セコラ(作・画)
2014 (復刻版)

Ferda cvičí mraveništé
フェルダ、仲間をトレーニングする
Ondřej Sekora (s. a k.)
オンドジェイ・セコラ(作・画)
2014 (復刻版)

Mraveci se nedají
アリはやられやしない
Ondřej Sekora (s. a k.)
オンドジェイ・セコラ(作・画)
2015 (復刻版)



その他の「ありのフェルダ」

 誕生してから80年以上もの間、フェルダはチェコの児童文化における人気キャラクターであり続けている。
 第二次世界大戦後、コミックス版「ありのフェルダ」の新シリーズがカラーではじまった。チェコスロヴァキアでは1948年の政変後、共産主義政権下でフキダシの使用が「アメリカ帝国主義の象徴」として禁止されている。このため当時のコミックスはコマ割りは使われているものの、各コマ下にテキストが書かれる形式をとっていた。
 その後もフェルダは、幾度となく変わった政権の全てを乗り越えてきた。そして、20世紀のほほすべての時期に渡って、ぬりえなど様々なフェルダグッズが発売されてきたのである。


Kousky mládence Ferdy Mravence
ありのフェルダ ベルトコンベアで移動の巻
Ondřej Sekora (s. a k.)
オンドジェイ・セコラ(作・画)
1960 『オフニーチェク』 #5

Kousky mládence Ferdy Mravence
若き日のありのフェルダの楽しいいたずら
Ondřej Sekora (s. a k.)
オンドジェイ・セコラ(作・画)
1951

Ferda mravenec - omalovánky
ぬりえ『ありのフェルダ』
1979




特集2:チェコと日本




ニッカリンによる日本ゲームパロディ

 「130」シリーズの作者によるこの作品は、ゲームブックやビデオゲーム、「ゼルダの冒険」、「ファイナルファンタジー」などのパロディである。


Spellsword Saga VII.
Ultimate Dragon Fantasy Quest
スペルソード・サガⅦ
アルティメイト・ドラゴン・ファンタジー・クエスト
Nikkarin (s. a k.)
ニッカリン(作・画)
2012



日本のホラー・コミックスからの影響 テサーシュ兄弟

 日本のホラー・コミックスから影響を受け続けるテサーシュ兄弟の作品。『妖怪高校』(左2冊)は伊藤潤二と楳図かずお から強くインスピレーションを受けたホラー・コミックス。高校が舞台になっている。ケース内には他に『ヴァーサス』(手前)、『千の仮面』(右)の単行本が入っている。
 彼らの作品のスタイルは徐々に変化しており、近年ではヨーロッパのシュールレアリズムの影響も見られる。


Gymnázium příšer
妖怪高校
Antonín Tesař (s.), Jiří Tesař (k.)
アントニーン・テサーシュ(作)、
イジィ・テサーシュ(画)
2010 2冊とも

Tisíc masek
千の仮面
Antonín Tesař (s.), Jiří Tesař (k.)
アントニーン・テサーシュ(作)、
イジィ・テサーシュ(画)
2016

Versus
ヴァーサス
Antonín Tesař (s.), Jiří Tesař (k.)
アントニーン・テサーシュ(作)、
イジィ・テサーシュ(画)
2012



チェコの「MANGA・スタイル」アンソロジー

 『ヴィエイーシュ-チェコMANGAアンソロジー』(ヴィエイーシュは扇の意)は2009年に創刊され、毎年一冊刊行されている年刊コミックスアンソロジーである。主に新人作家が毎号短編コミックスを10作品ほど寄稿している。
 『ヴィエイーシュ』に収録されたコミックスは日本のマンガを完全に模倣したものもあれば、自分のアートスタイルに日本マンガの画風を少し取り入れた斬新な作風のものなど、幅広いスタイルの作品が掲載されている。寄稿している作家の何人かは、『妖怪学校』、『ヴァーサス』、『千の仮面』のテサーシュ兄弟のように単行本を出版している。


Vějíř - sborník české mangy
『ヴィエイーシュ チェコMANGAアンソロジー』
2013, 2014, 2015, 2016



日本の遊園地・ユネスコ村でのチェコ展

奥) 1980年、埼玉県所沢市の遊園地ユネスコ村子供館でチェコ展が開かれた。紹介した芸術家にはズデニェック・ブリアン(古代生物を題材にした画家)がおり、スタニスラフ・ホリー(ポップな色使いのイラストで有名)が展示場内部のデザインを任された。カーヤ・サウデックは、14ページからなる会場パンフレットを手掛けた。パンフレットにはテキストはなく、そこには展覧会場を訪れた親子の様子が想像で描かれている。ケース奥がそのパンフレットよりの1ページ。


手前)  「ゴロ、猿の守り人」シリーズは、雑誌『コメタ』に連載された作品。日本人の少年「ゴロ」が、野生の猿を狩人と違法な猿の売人から様々な努力によって守り抜く物語で、環境問題を扱った初のチェコ・コミックといえる。


Průvodce po české
výstavě
ユネスコ村子供館でのチェコ展パンフレットより
Kája Saudek (s. a k.)
カーヤ・サウデック(作・画)
1980

Goro, ochránce makaků
ゴロ、猿の守り人
Ivo Pechar (s.), Jiří Petráček (k,)
イヴォ・ペハル(作)、イジィ・ペトラーチェク(画)
1990 『コメタ』



『週刊モーニング』に掲載されたチェコのコミックス

 我々の知る限り、この『週刊モーニング』1990年9号(2/15号)に掲載されたカレル少年と飼い犬ゾフカの奇妙な物語は、20世紀に日本で紹介された唯一のチェコ・コミックだ(ケース正面)。 脚本家もアーティストもチェコではほぼ無名である。 この作品はチェコスロヴァキア時代だけでなく、チェコ共和国になった今日もチェコ国内では発表されていない。
 チェコで唯一発表されているオルガ・プターチコヴァーの作品は、雑誌『チティジリーステック』に6作品掲載された「ルントとシュプント」で、ここでも、少年とその飼い犬のダックスフントのシュプントが主人公となっている(ケース手前)。


Lunt a Špunt - Ovčáci
ルントとシュプント
Lída Sedláčková (s.), Olga Ptáčková (k.)
リーダ・セドラーチコヴァー(作)、オルガ・プターチコヴァー(画)
1989 『チティジリーステック』 #166

Karel and Žofka
カレルとゾフカ
L. J. Nováková (s.), Olga Ptáčková (k.)
L. J. ノヴァーコヴァー(作)、オルガ・プターチコヴァー(画)
1990 『週刊モーニング』9号



日本の昔話(?)「猫の王国のハナコ」

 児童向けコミック誌『チティジリーステック』に、1980年代半ばから連載されたコミックス版世界昔話シリーズでは、日本の昔話として「猫の王国のハナコ」という話が紹介された。


Hanako v kočičím království
猫の王国のハナコ
Martin Matouš (s.), Lucie Dvořáková (k.)
マルティン・マトウシュ(作)、
ルチエ・ドヴォジャーコヴァー(画)
1989



札幌雪祭りに参加するチティジリーステックたち

 雑誌『チティジリーステック』では、海外の様々な国を旅行する紀行コミックスが定期的に掲載されている。その中に日本を扱った号もあり、「日本のクリスマス」(ハナ・ラムカ(作)、ヨゼフ・ラムカ(作)、ヤロスラフ・ニェメチェック(画)/1994年)では、同誌の4人の主人公が北海道に行き、札幌雪祭りに参加する。


Čtyřlístek
雑誌『チティジリーステック』
1994 #226 2冊とも



チティジリーステックたちの「日本冒険」

 『チティジリーステック』の少女向けの姉妹誌として、2012年に『はーい、フィフィよ』(Ahoj, tady Fifi)が創刊された。その創刊号では、「チティジリーステック」のトレードマークの主人公4人が日本旅行に出かけ、天狗と出会う「日本冒険」(リヒャルド・スヴィタルスキー(作)、ヤロスラフ・ニェメチェク(画)/2012年)が掲載されている。


Ahoj, tady fifi
雑誌『ハーイ、フィフィよ』
※雑誌『チティジリーステック』 特別号
2012