2021.1.15 OPEN♪

2021年1月15日(金) 開 院

こころの病気のお話

原因のわからない体の症状や、ふだんとは違う行動は、
言葉にできない心のメッセージ。
私たちは、それに耳を傾けるところから始めます。

こころの病気のおはなし

第1回 子どもの精神科について
 最近は、「○○メンタルクリニック」「△△こころの診療所」などと書かれた看板を、街で見かけることが多くなりました。これらは精神科、心療内科を専門にする診療所ですね。なかには子どもを診る「児童精神科」も、チラホラって感じで増えてきています。
それでは、どんなときに子どもを精神科に連れて行ったらいいのか、みなさん、わかりますか?
 話が小児科ならそんなに難しくありませんよね。高い熱が出てなかなか下がらないとき、おなかをひどく痛がるとき、ひきつけを起こしたときなど、いろいろあるものの、経験に照らせばだいたいわかります。
 これが精神科となるとどうでしょう。なにが病気の症状なのか、どんなときに医者にみせたらいいのか、そこからしてよくわからないのではないでしょうか。
 心の病気の場合、病気の症状は体の不調として現れるもの(身体症状)と、ふだんと違う言動として現れるもの(精神症状)とがあります。両方が混在して見られることも少なくありません。
 身体に症状が出ているときは、順番からしてまず身体の病気を疑いますから、精神科より小児科です。そこで診察や検査をして、どうも身体の方じゃないようだぞとなると、精神科を紹介されるというのがおきまりのコースです。
 ふだんと違う言動が見られたときは、精神科の出番ですが、この場合は迷わずすぐに! というわけにもいかないでしょう。やはり、それなりの見極めが必要です。ポイントは、なにがどうして子どもがそうなっているのか、その見当がつくかつかないかにあります。
 一般的にいって、子どもには身のまわりに起こる出来事や自分の置かれた状況を理解する力が足りません。そのうえ、心の中を見つめて自分の感情の動きを把握する力もついていない。したがって、自分の体験を心の中で整理することや、感情を言葉にして人に伝えることがじゅうぶんにできません。
 ですから、子どもの心の問題は、言葉で語られるよりも、身体の病気やいつもと違う行動として表現されやすいのです。逆にいえば、子どもが見せる身体症状や問題行動は、かれらの言葉にならないメッセージだということです。
 私が「見当がつくかつかないか」といったのは、このメッセージを読み取れるかどうかという意味です。最近、しきりに目をパチパチするようになった、一日に何度も手を洗うようになった、元気がなくなって無口になった……。この子にいったい何があったのか、いろいろ考えてはみたがどうにも見当がつかない。そんなときに精神科にご相談ください、というわけです。
 子どもの精神科は、そのような形で「SOS!」を発している子どもの身になにが起きているかをつきとめ、余計な苦痛を取り除き成長を助けるためにはどうすべきかを、ご家族と一緒に考えるところ。私たちは、そんな考え方に基づいて、医師と心理師が手を組み肩を組み、みなさんのお役に立ちたいと思っています。
 
第2回 精神科の診断とは



 心の病気は身体の病気と違って実体がありません。ここで「実体がない」というのは、身体の病気のように、数値や画像によって病気の根拠を示せないという意味です。したがって、どこまでが健康でどこから病気という線引きが難しい。とくに、子どもは日々成長する存在ですから、心のありかたも病気の形もうつろいやすく、つかまえにくいものです。
 では、精神科医はどうやって病気を診断しているのでしょう。
 まず、この図を見てください。この三角が一人の人間、この四角の中がその人を取り巻く「環境」を表しています。人間は生き物ですから、「身体」をベースに生きていて、その行動は個人の「パーソナリティ」を反映しています。その間を取り持つ重要な臓器が「脳」ですね。脳には身体の内外からの情報が上がってきます。内からでいえば、たとえば痛み。外からでいえば、視覚、聴覚、皮膚覚などを通して入ってくる外部の情報です。
 いっぽうで、脳は感情や意思を生み出し、意識的あるいは無意識的に個人の行動を決定します。これはパーソナリティとして表に現れます。私たちは、それを見て「ははあ、この人はこういう人なんだな」と、人となりを判断しているわけですね。
 さて、人間は環境からの刺激に絶えず反応を繰り返して生きていますが、刺激の種類や大きさによって、この反応は通常レベルから大きく逸脱することがあります。また逆に、環境に変化がなくても、身体(脳を含む)のほうに不具合があると同様のことが起きます。
 私たち精神科の医者が病気を疑うのは、このように個人の反応が通常のレベルから大きく逸脱したときです。具体的には、検査しても原因のみつからない身体の症状や、ふだんはみられない奇妙な言動が見られたときです。
 これら、われわれが「症状」と呼ぶものが、特徴的な経過に沿ってひとつのまとまりを見せた場合、そして、そのことによって本人が苦しみ周囲も対応に苦慮する場合に、その状態を○○病だの××障害だのと名づけているわけです。ですから、精神科の診断というのは、一種の申し合わせ、約束事のようなものです。
 もちろん、この約束事は近代精神医学の歴史に裏付けられていますから、それなりの信用性はあります。疫学や脳神経科学などの研究データにも基づいています。しかし、冒頭に述べたように、いまだに実体がない病気が大部分です。
 上に「個人の反応が通常レベルから大きく逸脱したとき」に病気を疑うと書きましたが、ここに疑問を持つ人もいるでしょう。「通常」とか「大きく」とかってどうやって決めるの? なにか物差しがあるの?
 当然の疑問ですね。もちろん物差しなどはありません。精神科医が「約束事」を基準に、それぞれ個人の判断に従って決めているのです。
 ですから、当然のことながら、医者によって診断に違いが出ることがあります。これは精神医学の成り立ちからいって、ある程度しかたのないことなのです。今後、医学の進歩によって少しずつ解消される問題かと思いますが、現時点ではこれが現実です。
 ですから、精神科にかかるときは、こういう事情を知っておいた方がいい。そして、その医者の態度や説明に納得できなかったときは、これがこの人の「物差し」なんだなと考えて、ほかの医者の意見も聞いてみたらいいと思います。いわゆるセカンドオピニオンですね。
 診断の正しさもさることながら、自分の信用できる医者を見つけること。精神科にかかるにあたっては、それがいちばん大切なことかもしれません。