



展示概要 / 監修者 ごあいさつ / 会期情報 / 主要参考資料 / 謝辞
※『ぱふ』の50年展「展示概要・監修者 ごあいさつ・会期情報・主要参考資料・謝辞」と同じ
コミティアとは
自主制作漫画誌展示即売会「コミティア」は同人誌即売会の一つである。現在の会場は東京ビッグサイトで、年4回開催される。1回あたり4000~5000のサークル(個人、またはグループ)の出展があり、2~3万人の来場者が集まる。大きな特徴は出展できる作品がオリジナルのみ(二次創作は不可)ということ。オリジナルに限定した同人誌即売会としては、日本はもちろん、世界最大のイベントである。1984年に第1回を開催以来、40年の歴史の中で150回の開催実績がある。
コミティアへの参加方法
コミティアは、来場者をいわゆる「お客」とは呼ばない。全員がコミティアを形作る「参加者」として、互いにそれぞれを尊重し、理解し、時に協力し合うことで成り立っている。
◎サークル参加者
自己の作品を出展するサークル(個人、またはグループ)参加者。
出展できるのはオリジナル作品のみ。基本は自主制作のマンガ本の販売だが、自作のオリジナルであれば商業出版されているものも出展可能。また、オリジナルの創作物であれば小説、雑貨、音楽なども出展することができる。
参加申込みは数か月前に行う必要がある。郵送とオンラインでの申込み方法がある。1サークルには会議机半分のスぺースと椅子1脚が貸与される。椅子は2脚まで申請することができる。
◎一般参加者
発表される作品を閲覧・購入する来場者。事前申込み不要。
入場料の代わりにカタログ『ティアズマガジン』を1人1冊購入する。12歳以下は不要。このカタログは当日会場でも販売されるが、事前購入したほうが無理なく参加できる。前売り価格として安くなるほか、当日の混雑時は長い列に並ばなければならない場合もある。イベント開催の2週間ほど前より取扱い書店での購入が可能。当日の閉場1時間前には購入不要となり自由に入場できるようになる。
◎スタッフ参加者
イベント開催のため、事前の計画や準備、当日の運営などを行う有志のボランティアスタッフ。
スタッフは描き手と読み手の両者をつなぐ役割を担う。コミティアに参加し、この「場」が続くことを支えたい気持ちのある人が求められている。スタッフ参加のモットーは「出来る人が出来ることをやる」である。当日作業を中心に継続的に協力できる仲間を募集している。設営準備や閉会後の片づけであればスタッフ以外でも参加することができる。
◎企業参加者
自社の製品を出展販売、あるいはサービスをPRする法人・企業参加者。
コミティアでは、創作活動やイベント参加に役立つ・刺激になる企業を募集している。出展担当者が2年以内に1回以上東京で開催されるコミティアへの参加経験があることが申込みの条件。
→詳しくはコミティアの公式ホームページへ
https://www.comitia.co.jp/
主要参考資料
コミティア公式HP https://www.comitia.co.jp/
『コミティアの創り方』2023年2月19日 コミティア実行委員会
『コミティアの歩み 大中村展 ~100サークルからはじまった30年~』(私家版)2014年2月9日 コミティア実行委員会
『コミティア魂』2024年3月5日 著者:ばるぼら+あらゐけいいち 編・コミティア実行委員会、伊東弘剛、発行:フィルムアート社
※本展示では、上記資料に関しては、表記が的確で手を加える必要が無く、
表現をそのまま使用させていただいている箇所も多々ございます。
◆壁ケース展示

No.01
コミティアの誕生 1984年
「コミティア」の第1回は練馬産業会館にて1984年11月18日に開催された。
本ケースには、『ぱふ』掲載の第1回コミティアイベントレポートと、コミティアの初代代表二人(土屋真志(つちやしんじ)と熊田昌弘(くまだまさひろ))のうち、熊田主宰の人気サークル「TEAM COMPACTA」(ティーム・コンパクタ)の会誌、そしてコミティアの第1回カタログを展示した。「COMPACTA」と、今も使われる「COMITIA」(コミティア)の目を引くロゴデザインは熊田による。ロゴを見るだけで二つのつながりがみてとれるだろう。コミティアの命名も初代代表たちによるもの。古代ローマの民会(集会場)を意味する言葉「COMITIUM」から取られた。
創作オンリー(パロディは扱わない)にすることは最初から決まっており、通常の直接参加サークルによる即売にプラスして、地方在住作家制作の同人誌を郵送であずかり販売すること(地方同人誌の委託販売)を大きくあつかうことを基本にすることで、コミックマーケットから分派した創作中心の即売会「MGM(まんがギャラリー&マーケット)」と差別化した。
土屋、熊田代表時代は2回までであり、1985年9月開催の3回目より、協力先であった『ぱふ』の編集者・中村公彦が『ぱふ』の仕事を続けつつ、コミティアの代表となった。
※コミティアの誕生と『ぱふ』との関係については、中央のぞきこみケース内「『ぱふ』とコミティア」コーナー参照のこと。

《展示品》
「第1回コミティアイベントレポート」『ぱふ』
1985年2月号 雑草社
『COMITIA CATALOGUE』1号
1984年11月18日 コミティア実行委員会
『COMPACTA THIRD』 TEAM COMPACTA
1984年2月12日 中村公彦氏蔵
No.02
会場流浪、東京都立産業貿易センター時代 COMITIA1-15 1984-89年
第2回までの練馬産業会館のあとの3回目より、コミティアはよりよい会場を探し流浪しはじめた。3回目の飯田橋RAMLA会場は来場者以外も自由に行き来できる駅ビルのアーケードであった。1987年には東京都立産業貿易センターに定着した。
展示品の『シティロード』は、中村が会場探しに使っていたカタログ。パンフレット類はそのあいだに挟まっていた様々な施設のものである。
参加サークル数は、1回目は直接参加55と委託46あわせて101。88年に直接参加で300を超え、400に届いた89年COMITIA14で、次のメイン会場となる東京流通センターを初めて利用した。
この頃はC翼(=キャプテン翼)同人誌が大ブーム。同人誌界全体の高度成長期だった。コミティア内では「オリジナルvsパロディ論争」などがかまびすしかった。この間コミティアはカタログ名を『ティアズマガジン』(89年 COMITIA13より)に変えている。中村は88年8月号より『ぱふ』の編集長に就任し、しばらくコミティアの代表と兼任することとなった。

《展示品》
COMITIA3 飯田橋駅ビル「RAMLA」のアーケードにて開催
1985年9月15日 パネル
『シティロードカタログ’85(ダッシュを数字に寄せる)劇場・ホール篇』
1985年3月31日 エコー企画 中村公彦氏蔵
上記に挟まれていた施設のチラシおよびパンフレット類 中村公彦氏蔵

No.03
東京流通センター時代 COMITIA16-31 1990-95年
1990年7月のCOMITIA16以降は、東京流通センターがメイン会場となる。参加サークル数はこの回で500を超え、翌91年の20回目で900、さらに3年後、10周年を迎えた94年のCOMITIA30で1000を超える。
中村は、この間の『ぱふ』93年8月号をもって編集長を辞し雑草社を退職。コミティア代表に専念することとなった。退職とともに有限会社コミティアを設立。それまでは雑草社の名義で会場を借りていたが、大きな会場は個人では借りることができないからだ。
94年より年4回の開催とし、『ティアズマガジン』の書店委託販売を開始した。最初の委託先は、まんがの森池袋店。また、この時期には地方コミティアが次々にはじまった。
95年最初のCOMITIA31から、初回より名乗っていた「創作漫画同人誌展示即売会」を改め「自主制作漫画誌展示即売会」*を採用した。同人誌という語のもつ矛盾、すでにほとんどが個人参加であることと、同人誌というとパロディ・二次創作という、この頃には定着していたイメージを、オリジナルのみを扱う場として回避する意味があった。

《展示品》
COMITIA23 年の瀬の会場にて微笑む若き日の代表・中村公彦
1992年12月27日、パネル
COMITIA25 待機列そばを台車で移動しつつカタログを販売する様子
1993年8月1日、パネル
*本展示では、コミティアを知らない来館者がイメージしやすいよう「創作マンガ同人誌即売会」とした。


No.04
池袋サンシャインシティ併用時代 1995-98年 COMITIA32-49
1995年COMITIA32で初めて池袋・サンシャインシティ会場を利用。知名度が高くアクセスしやすいため、会場費は高く予約も取りにくいが、年1回のペースで使うことにした。5月は池袋での開催が定番となった。以降しばらくは東京流通センターとの併用時代が続く。
コミティアは、作家が安定して作品を発表でき、少しでも多くの読者に届けられる場所の確保を目標とし、規模を拡大し続けた。この頃には1回1000サークル超えが通常になった。
この時期はプロとアマチュアの垣根を低くする動きが進む。少し前から始まっていた『ティアズマガジン』での「編集王に訊け!」(94年29号より)の連載を皮切りに、95年COMITIA33で行われた商業誌『ネムキ』とのイベント「ネムキ大感謝市」も象徴的だ。中村は「現在かなりの人数のプロ作家がコミティアに参加しており、彼らの商業誌掲載作品がオリジナルであるのに区分けされねばならないことに疑問を感じました。」(『ティアズマガジン』95年34号)と記し、本人による創作であれば、同人誌でなく商業コミックスでの出展も可とした。
また、普段のコミティアではできないことをする特別回「コミティア X」を98年9月6日に初開催。久々の東京都立産業貿易センターで、カタログ無し、うちわが入場券代わり、PRカットは当日持参しサークル自らパネルに貼りだすなど異色の形式だった。

《展示品》
COMITIA32 初のサンシャインシティ開催で混雑する会場
1995年4月29日、パネル
コミティアX 会場の様子
1998年9月6日、パネル


No.05
東京ビッグサイト時代 1999年以降 COMITIA50-現在
東京ビッグサイト会場が定着するのは1999年。ただし2003年8月までは東京流通センターと併用していた。03年11月のCOMITIA66 以降はずっと東京ビッグサイトを利用している。
参加サークル数は99年11月のCOMITIA50で1500超え、07年5月には2ホールに初挑戦したCOMITIA80で2000超え。80回以降毎年5月は2ホール開催を定番化。09年5月COMITIA88で3000超え、12年5月のCOMITIA100で5000を超えた。近年は3~4ホール開催が定番となった。新型コロナ感染症の流行による存続危機を抜けて、24年11月17日の40周年回にあたる COMITIA 150では5ホール開催。ついに6000を大きく上回る6909サークルが参加した。
ビッグサイトという広い会場に移ったことで、より頻繁な原画展の開催、ジュンク堂書店池袋本店による書籍の出張販売(02年COMITIA59より)、出張マンガ編集部の開始(03年COMITIA63より)などを行うことが可能になった。東日本大震災による開催危機(11年)、COMITIA100開催(12年)、文化庁メディア芸術祭功労賞受賞と30周年(14年)、新型コロナ感染症の流行による存続の危機(20-21年)、手塚治虫文化賞特別賞受賞と40周年(24年)など、この間様々な出来事があった。しかし、おそらくコミティアを知る人々がもっとも驚いたのは代表交代だったかもしれない。
22年11月27日(日)COMITIA142で中村公彦は代表を退任し会長に就任。副代表の吉田雄平が代表となった。交代後の最初、COMITIA143の新代表によるごあいさつのタイトルは「「いつも通りのコミティア」をお届けします。」だ。この先もずっと開催を続けるための交代だったことが伝わる。

《展示品》
COMITIA120 入場開始を待つサークル参加者の列
2017年5月6日、パネル
COMITIA142 会場前の待機列
2022年11月27日、パネル


No.06
2014年 コミティア30周年
2014年、30周年最初のCOMITIA107は、前年末の代表・中村公彦の第17回文化庁メディア芸術祭功労賞受賞を記念して「大中村展」を開催、同2月に文化庁側主催の記念イベントとお祝いムードではじまる。30周年を迎えるにあたって、様々な企画が行われた。
本ケースには、30周年記念グッズを展示した。
対外的に最も大きな企画は『コミティア30thクロニクル』全3巻の刊行である。コミティアで作品を発表した経験をもつマンガ家74人の同人誌として出した作品を掲載。合計2000ページにおよぶボリュームである。COMITIA108から110にかけて1巻ずつ先行販売し、終了後双葉社より一般書店で発売された。クロニクル関連イベントは、地方コミティア会場や書店で各所にゆかりの作家を呼び翌2016年まで続いた。

《展示品》
COMITIA110 『コミティア30thクロニクル』販売特設コーナー
2014年11月23日、パネル
『コミティア30thクロニクル』 全3巻
2014年5月18日、9月7日、11月30日
編・発行:コミティア実行委員会 発売:双葉社
コミティア30th記念グッズ
*オノ・ナツメ日本酒セット
*きみぴこぬいぐるみ
きみぴこは『ティアズマガジン』82号のスタッフ募集マンガに登場したなぞの小動物。その腹黒さが人気となり、本当にスタッフが激増した。生みの親はMatsuzaki。
*コミティアちゃんヨーヨー
コミティアちゃんはCOMITIA100で生まれたコミティアを見守るなぞの生物。あらゆる制作物を執筆できる数々の手とそれらを同時に把握できる複数の目を持つ。生みの親は双見酔。

No.07
2020年 新型コロナウィルス感染症禍のコミティア
2020年から21年まで、コミティアは存続の危機に直面した。世界的な感染症の流行のため、ライブハウスや映画館、そしてコミックマーケットをはじめとするあらゆる同人誌即売会と同様、開催中止を余儀なくされたのである。20年2月のCOMITIA 131は一般参加者が3割減、総利益が半分に、132、133、135の3回が中止となった。二度目の中止があると次の開催が危うくなるためクラウドファンディング(インターネットで不特定多数の支援者を募る資金調達法)の活用を模索しはじめ、COMITIA 133の中止が決定したため20年8月28日、正式に開始した。反響は大きく、目標の3000万円を初日で達成し、10月23日の最終日までに1億4791万1500円の支援が集まる。支援者は11980人であった。大きな支援により存続の危機は回避できたが、その後しばらくは感染症も落ち着かず、参加者も以前のようには戻らなかった。
「コロナの前に戻りましたね」というあいさつをスタッフが参加者から耳にするようになったのは、参加率が6割ほどに戻った2022年5月のCOMITIA 140からだという。
展示品はクラウドファンディングの返礼品である。グッズの中に本(初期カタログの復刻版)があるのがコミティアらしい。

《展示品》
クラウドファンディング「続けコミティア」メインビジュアル
クラウドファンディング「続けコミティア」返礼品
2020年 コミティア実行委員会
*内藤泰弘さん/クラフトビール
*たつき(irodori)さん/ミネラルウォーター
*こうの史代さん/ぶどうジュース
*初期COMITIAカタログ復刻版
No.08
2024年 コミティア40周年
コミティアは150回目で開催40年を迎えた。これに先んじて、同年4月22日、コミティアは手塚治虫文化賞特別賞を受賞した。6月6日の贈賞式・記念イベントには会長・中村公彦と代表・吉田雄平が並んで登壇。30周年に続いて40周年のコミティアも、よい意味での慌ただしさが続く。
本ケースには、40周年記念グッズを展示した。
40周年に際して刊行されたのは、『コミティア魂 漫画と同人誌の40年』(フィルムアート社)である。著者は、ばるぼらとあらゐけいいち。コミティアを軸に、関係者への取材を織り交ぜて記された歴史ドキュメンタリーである。ばるぼらは情報収集と集約力に定評のある周辺文化研究家、あらゐけいいちはコミティアへの出展が作品発表の第一歩となったマンガ家で、「日常」「CITY」の代表作をもつ。
本展示「『ぱふ』の50年とコミティアの40年」記念展も、コミティアの40周年をきっかけに、中村公彦監修、コミティア実行委員会協力のもと開催した記念展示である。

《展示品》
COMITIA150 会場写真
2024年11月17日
『コミティア魂』
2024年3月5日 著者:ばるぼら+あらゐけいいち 編・コミティア実行委員会、伊東弘剛、発行:フィルムアート社
コミティア40周年記念グッズ
2024年11月17日 コミティア実行委員会
・コミティアの空気 デザイン:panpanya
・布製 コミティアバッグ
・コミティアてぬぐい

No.09
コミティアについて
コミティアについて
コミティアとはプロ・アマを問わないマンガの描き手たちが自主出版した本を発表・販売する展示即売会です。
そこは、枠にはまらない自由で新鮮な個性を持つ作家が腕を試す自己表現の舞台であり、既製品に飽き足らない読者にとってまだ見ぬ、そして求めていたマンガを発見できる宝探しの山でもあります。
コミティアは、そうした一人一人の描き手と読み手がダイレクトに出会える「場」として開催されます。
そんな描き手と読み手の、あるいは描き手同士の作品を介して魂と魂が握手するような出会いが、新たな創作への刺激とエネルギーになることを信じています。
コミティア公式ホームページより
『コミティア魂』(p.302)にも記されているが、この公式ウェブサイトの言葉以上に端的に、コミティアの精神、目指すもの、つまり「コミティア魂」を示す言葉はない。
展示品は、コミティアがまだ試行錯誤していたころ、魂と魂が握手する同士である「描き手」と「読み手」それぞれに向けて書かれたメッセージ「コミティア憲章」の初掲載号と、「魂と魂が握手するような出会い」という言葉が初めて記された参加申込書である。

《展示品》
『COMITIA11 CATALOGUE』
1988年10月30日 コミティア実行委員会
コミティア56(2001年5月4日開催)サークル参加申込書
2001年2月1日配布開始 コミティア実行委員会
No.10
『ティアズマガジン』の登場
1989年、第13回よりカタログを『ティアズマガジン』に改称。リバーシブル仕様で、同人誌や作家の紹介に重点をおいた誌面を目指した。この試みは読者にも歓迎され、その回の「よかった本アンケート」で第1位となったほどである。
この変化が喜んで迎えられる下地は、『COMITIA CATALOGUE(コミティアカタログ)』時代から作られていた。例えば、85年の3号には「COMITIA・3参加サークル地図」が見開きで掲載されている。協力先である『ぱふ』の前身誌『だっくす』79年11・12月合併号の「全国まんが同人誌地図」特集をリスペクトしたものではないか。参加サークルや当日のサークル配置図など、いわゆるカタログ要素以外の記事部分が充実していくのは、『ぱふ』編集者でもあった中村が代表だった影響もあるだろうが、中村自身は、初回からスタッフとして参加していた山川直人の名を挙げ、次のように述べる。
当時のカタログは山川が実質編集長として記事ページを増やしていきました。(略)
彼の「作家を本気にさせるのは評論ではなく作品」という言葉は、その後のコミティアの指標になりました。
『コミティア魂』pp.53-54より

《展示品》
『ティアズマガジン』(COMITIA13)
1989年8月20日 コミティア実行委員会
COMITIA13 ごあいさつペーパー
1989年8月20日 コミティア実行委員会
No.11
Push&Review(プッシュ&レビュー) 『ティアズマガジン』の 同人誌紹介コ-ナー
1995年の『ティアズマガジン』31号より、それまでの「リーダーズチョイス」が、今も続く「Push&Review(プッシュアンドレビュー)」コーナーにリニューアルした。10周年を越えてのコミティア全体のリニューアルの一環であった。
「ようは、何票集めたかより、一通一通のハガキから伝わる熱意をクローズアップするページになります。」と模様替えしたコーナーのトビラに記されるように、アンケートのランキング順ではなく読者の熱量を重視する方向へ変更された。
コミティアに出展される同人誌が描き手の魂の入れ物、コミティアの一方の核であるとしたら、読者向けの「コミティア憲章」に記された、描き手への「素直で、真剣な手ごたえが欲しい」という希望への打ち返しが載った「Push&Review」は、読み手の魂の入れ物、コミティアのもう一方の核だ。
前身となる「よかった本アンケート」は『COMITIA CATALOGUE』87年7号より開始、89年12号で「リーダーズチョイス」コーナーとなった。

《展示品》
『COMITIA CATALOGUE』12号
1989年3月21日 コミティア実行委員会
『ティアズマガジン』(COMITIA31)
1995年2月12日 コミティア実行委員会
No.12
FRONTVIEW(フロントビュー) インタビューコーナー
「FRONTVIEW」コーナーは描き手にインタビューし紹介するコーナーである。カタログでの描き手へのインタビュー・紹介は1986年『COMITIA CATALOGUE』5号より長めのインタビュー記事としてはじまっている。Push&Reviewの巻頭にある「FRONTVIEW」コーナーの登場は、01年の『ティアズマガジン』57号より。描き手の紹介を主体とした短めの記事にし、より読みやすく多くの描き手を紹介する形となった。
ロングインタビューの時期から現在までの40年で様々に拾われたその声は貴重である。バックナンバーをめくると、代表作を発表して皆が知ることとなった作家たちの、デビュー前の声を拾えたりするのも重要だ。
展示ケースでは、ロングインタビューの頃と「FRONTVIEW」の様子を見比べてみてほしい。

《展示品》
内藤泰弘インタビューページ/『ティアズマガジン』(COMITIA15)
1990年3月4日 コミティア実行委員会
「FRONTVIEW」九井諒子&水あさとページ『ティアズマガジン』(COMITIA96)
2011年5月5日 コミティア実行委員会
No.13
コミティア実行委員会
「コミティア実行委員会」はコミティアを主催する非営利組織である。有志のボランティアスタッフを中心に構成されている。その名は第1回から変わらない。所属するスタッフは描き手と読み手の両者を繋げる役割を担う。描き手と読み手とスタッフと、その三者がそれぞれの立場で互いに尊重し、理解し、時に協力し合うことでコミティアは成り立っている。
会場を借りるため法人化する必要があったことから有限会社コミティアが設立された。規模が大きくなったコミティアを運営するため約10人の社員スタッフが会場をはじめとする関係企業との交渉、金銭出納など、ボランティアスタッフでは難しい業務をこなすため事務所を構えている。
コミティアでは、著作権など法的知識の共有や、様々な社会情勢の中円滑な即売会の開催を維持するため、全国同人誌即売会連絡会や、DOUJIN JAPAN 2020 などの社会活動にも参加している。
展示の写真は、開催前に実行委員会のスタッフが集まって行う事前集会の様子。

《展示品》
COMITIA150 事前集会の様子
2024年11月3日、パネル
コミティア実行委員会腕章
コミティア実行委員会名札
『本子(もとこ)ちゃんコミティアスッフになる』全4話
あむぱか・作 コミティア実行委員会

No.14
委託販売と地方コミティア
コミティアは1984年の第1回から、全国の同人誌が集まる場を作りたいと、直接参加とほぼ同数の地方からの委託参加サークルを迎えて開催されたが、88年のCOMITIA 10で委託をいったん中止した。委託同人誌の受け取りや管理する場所に窮したことなどが理由だ。その後99年COMITIA 50で委託を再開し、断続的ながら12年COMITIA 101まで続けた。
地方との交流は、むしろ「地方コミティア」の開催という形で続く。地方コミティアは、コミティアの趣旨に賛同し、それぞれの地域でコミティアを行いたいと考える地元のスタッフが、独自に主催団体を組織し開催している。最初の地方コミティア「コミティアin新潟」(現・新潟コミティア)の開催は91年11月4日。93年ごろから、新潟、大阪などでの地方コミティアが次々に増えていった。
現在は、関西(大阪・京都)、名古屋、新潟、北海道、みちのく(福島・宮城)、福岡の6つの地域で開催されている。今では委託の時代とは逆に、東京コミティアのスタッフが地方コミティアに出向き、東京コミティア出展サークルの同人誌を委託販売するという形で紹介している。

《展示品》
全国コミティアネットワークマップ
2024年1月11日現在

No.15
見本誌コーナーと見本誌読書会
サークル参加者が、イベント当日の新刊をコミティア実行委員会に提出するのが見本誌である。見本誌はコミックマーケットなどの同人誌即売会でも回収するが、コミティアではこの見本誌を自由に閲覧する機会が2回ある。イベント当日の見本誌コーナーと、コミティアが開催されてから約1週間後を目安に、都内の公共施設や会議室などで開催されるイベント、見本誌読書会である。
見本誌読書会では直近の見本誌だけでなく、『ティアズマガジン』の「Push&Review」コーナーで紹介された前回の見本誌を読むこともできる。毎回100~200人が参加する。明治大学駿河台キャンパスで開催されることが多い。会場ではアンケートを配っており、寄せられたアンケートは、WEBで募集される感想とともに、『ティアズマガジン』の「Push&Review」掲載の原稿として掲載される場合もある。

《展示品》
全国コミティアネットワークマップ
2024年1月11日現在


No.16
出張マンガ編集部
「出張マンガ編集部」は、出版社がマンガ・イラスト等の持ち込みをコミティア会場で受け付ける恒例企画である。直接プロの編集者のアドバイスを聞くことができ、1日に複数の編集部に持ち込むことも可能な、描き手にとって貴重な機会である。年齢・経験を問わず、プロ志望の者も、今の評価を聞いてみたいという者も、すでにプロとして描いているが別の機会を得たいという者であっても参加できる。現在は他のイベントで行う例もあるが、2003年よりコミティアが先駆ける形でスタートした。現在、年間10000件以上の持ち込みがある。出張マンガ編集部がきっかけでデビューした者も多い。業界からの評価も高く、COMITIA150では140誌(媒体)の編集部が集まった。

《展示品》
COMITIA117「モーニング×ITAN即日新人賞」審査の様子 2016年8月21日、パネル
※出張マンガ編集部とは切り分けたイベントとしての開催だが出張編集部の発展形と言えるだろう。
COMITIA150 出張マンガ編集部の様子
2024年11月17日
COMITIA150 出張マンガ編集部 参加編集部一覧
2024年11月17日


No.17
イベント内企画 展示
コミティアでは、コミティア実行委員会による独自企画やコラボ企画も開催されている。毎回実施されるわけではないが、一度に三つの企画が並行して行われる場合もあるなど、積極的に行っている。このケースではコミティアの展示について記す。
コミティア実行委員会の企画には展示が多い。その多くは描き手の創作を支えるものである。ベテラン作家やコミティアゆかりのマンガ家の原画は、描き手が多くいるコミティア会場では技巧や技術の学びと継承の意味合いも大きい。
2015年よりしばらく2月の恒例企画となっていた、ちばてつやが教鞭をとる文星芸術大学の卒業制作展とちばの講評を聞くことができる「マンガの授業」が一緒になったイベントも、創作の技術と精神を学ぶ内容だ。作品発表の場である商業誌とのコラボ展示も多い。その他、コミティアの周年展がある。特にCOMITIA 50では表紙イラスト原画を集めた50回記念原画展を開催、COMITIA 51で展示原画を掲載した記念本を刊行した。
ちなみにCOMITIA150に掲示の年表に最初に登場する展示は、1987年COMITIA6での 「BELNE原画展」である。BELNEの原画展は翌88年のCOMITIA8、そして2016年に40周年記念展と3回行われている。BELNEはコミティアが始まった頃にはすでにプロとして活躍中のマンガ家でありつつ同人活動にも熱心で、コミティアにも初回から参加していた。中村公彦にとっては、作家側の意見を聞くことのできる頼りになる存在。様々なマンガ展への協力も多い人物である。

《展示品》
『COMITIA50thプレミアムブック』
2000年2月13日 コミティア実行委員会
COMITIA84 西原理恵子大原画展の様子
2008年5月5日、パネル
COMITIA145 いしいひさいち「ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ」原画展の様子
2023年9月3日、パネル


No.18
イベント内企画 トークイベント等
トークイベントとして、COMITIA150掲示の年表に最初に登場するのは、1988年のCOMITIA9で開催した座談会「同人誌における読者について」である。当時のコミティアが読み手のあり方を一貫して考え続けていたことがわかる。
コミックマーケット準備会代表の米沢嘉博に関しては、94年、10周年を記念してのCOMITIA30で公開インタビュー「米沢嘉博に訊く!」を、2007年COMITIA80で、追悼イベント「「米沢嘉博を語る」トークライブ」を開催している。同人誌即売会を運営する際、誰もが意識せざるを得ない対象としてコミックマーケットがあり、米沢がコミティアにとっても重要な存在だった証左だ。
連続開催で目立つイベントとしては、12年から18年まで行われていた「海外マンガフェスタ」(海外マンガフェスタ事務局との共催)や18年より会場内企画として開催された「ゲンロン ひらめき☆マンガ教室」がある。「海外マンガフェスタ」は、そこで紹介される海外マンガ作品や、海外の有名マンガ家と日本の有名マンガ家との刺激的なトークイベントが行われ話題を呼んだ。
その他にも、折にふれ数々の貴重なイベントが開催されている。

《展示品》
COMITIA80「米沢嘉博を語る」トークライブより
2007年5月5日、パネル
COMITIA115内藤泰弘×宮尾佳和「コミティア30thクロニクル刊行記念」トークショーより
2016年1月31日、パネル
COMITIA123 海外マンガフェスタ2018より
2018年2月11日 、パネル



No.19-24までは、実際にコミティアにて頒布されていた同人誌の中より、コミティアにゆかりの深い作家や印象的な作品を中心にピックアップし、紹介する。ケースNo.19-23までは会長・中村公彦、No.24は代表・吉田雄平によるコメントである。
No.19
印象的な作家と作品エピソード①
こうの史代という作家が最初に注目されたのは『WEEKLY漫画アクション』(双葉社)に掲載された「夕凪の街」からである。
ヒロシマをテーマに描かれた本作は発表後に読者の反響を呼ぶが、こうの氏はそのテーマ性ゆえ、直前でも雑誌掲載が不可となることを怖れ、発売の約1週間前に開催されたCOMITIA65(2003/08/31)の見本誌コーナーに本作をコピー誌の形で提出した。つまり「夕凪の街」という作品が初めて世に出たのはコミティアということになる。
週刊誌は1週間後には次の号が出てしまうため、同作は「幻の傑作」となりかけるが、こうの氏は版元の許可を得て同人誌版を作成しコミティアで販売する。さらにジュンク堂書店池袋店のコミティア委託コーナーでも扱われて300冊以上を販売。そこから多くの読者に読まれ、その熱狂的反響から翌年に続編の「桜の国」が発表され、その後に単行本化。文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、手塚治虫文化賞新生賞などの受賞に結びつく。
こうの氏は「もし雑誌に掲載されなくても、その時はコミティアで発表すれば良いや、と思って気が楽でした」と語っている。

《展示品》
こうの史代 『夕凪の街』見本誌版 の乃野屋
2003年8月31日
こうの史代 『夕凪の街』同人誌版 の乃野屋
2003年11月16日
こうの史代 「夕凪の街」/双葉社『WEEKLY漫画アクション』
2003年9月31日号
No.20
印象的な作家と作品エピソード②
おざわゆき氏が最初にコミティアで注目された「MESSENGER」は、当時は治療法が見つかっていなかったエイズに罹患した主人公の話。B6サイズのコピー誌で少部数刊行されていたが、コミティアが発行元となり、上下巻のコミティアパーソナルコミックスとして刊行された。
しばらくの中断を経たが、その後も、おざわ氏はコミティアへの参加を続け、40代となり「自身のラストワーク」のつもりで、父親のシベリア抑留体験を描いた「凍りの掌」(2008〜2010年/同人誌版全3巻)を発表。同作は小池書院からコミックス化され、文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞を受賞。そこから母親の空襲体験を題材にした「あとかたの街」(講談社)の発表につながり、同二作で日本漫画家協会賞コミック部門大賞(2015年)、「傘寿まり子」で講談社漫画賞一般部門(2018年)を受賞した。

《展示品》
おざわゆき 『凍りの掌』3 同人誌版
おざわ渡辺2010年8月15日
おざわゆき 『凍りの掌』
小池書店 2012年7月24日
おざわゆき 『MESSENGER』① 同人誌版 まじめなたまご
1989~1992年
おざわゆき 『MESSENGER』上巻
コミティアパーソナルコミックス 1992年7月28日
No.21
印象的な作家と作品エピソード③
内藤泰弘 『サンディと迷いの森の仲間たち』 鴨葱スウィッチブレイド
1989年5月15日内藤泰弘氏が大学時代に初めて作った同人誌。装丁デザインの秀逸さも含めて、その完成度の高さに「久々にコミティアに乗り込んできた核弾頭」とティアズマガジンで絶賛される。初版では、物語のキーとなるシーンが2ページ分コピーを挟み込む形で追加されており、ギリギリまでクオリティにこだわる作者の創作姿勢が窺える。
みなもと太郎 『スターウォーズ・ドン・キホーテ』 みにゃもと 1999年11月11日
大河連載「風雲児たち」の打切りで不遇の時期にあったみなもと太郎氏をコミティアの事後合宿に招き、公開インタビューを行った際、著作権の問題で単行本化されていなかった同作品の同人誌出版を提案。そこからみなもと氏は積極的に同人誌活動を始めたこともあり元気を取り戻し、「風雲児たち」の連載再開につながった。初めてのコミティア参加の際に「長くマンガ家をやっているが、目の前で多くのファンがうれしそうに自分の本を買っていってくれるのを見るのは初めてだ。マンガ家冥利に尽きるね」とうれしそうに語っていた。
森博嗣、他 『JET PROPOST FIRST』 ジェットプロポスト社 1981年11月17日
現在は小説家として活躍する森博嗣氏がかつて主宰した同人グループの発行。コミティアの初代共同代表の土屋真志は同グループの東京支部長を務め、そこからの縁でコミティアが生まれたとも言える、記念碑的な同人誌である。

《展示品》
内藤泰弘 『サンディと迷いの森の仲間たち』
鴨葱スウィッチブレイド
みなもと太郎 『スターウォーズ・ドン・キホーテ』
みにゃもと 1999年11月11日
森博嗣、他 『JET PROPOST FIRST』
ジェットプロポスト社 1981年11月17日
No.22
印象的な作家と作品エピソード④
オノ・ナツメ 『GENTILUOMO』 setteorsi 2003年
オノ・ナツメ氏のイタリアの老政治家好きから生まれた、老眼鏡愛があふれる作品集。本誌収録の一編で従業員全員が老眼鏡をかけるリストランテが舞台の掌編から、オノ氏の最初のヒット作となる「リストランテ・パラディーゾ」(太田出版)が生まれた。
森薫 『Shirley Medison』 Lady Maid 2000年2月20日
元より英国メイド好きで知られる森薫氏(往時のペンネームは県文緒)の13歳の幼いメイドを主人公にした作品。本作が森氏の最初のヒット作「エマ」(KADOKAWA刊)の連載につながった。なお「エマ」のコミックス1巻と同時発売で本作もKADOKAWAよりコミックス化されている。
九井諒子 『人魚禁猟区』 西には竜がいた 2011年5月5日
九井諒子氏は個人WEBサイト「西には竜がいた」で作品発表後に、同名のサークル名でコミティアに参加。同人誌で切れ味の鋭い短編を多数発表し、それらを収録した『竜の学校は山の上』(イースト・プレス)で単行本デビュー。その後初めての長期連載「ダンジョン飯」(2014-23年)は、2024年にアニメ化されるなど大人気を博す。
つくしあきひと 『スターストリングスより』 ドアビートル 2011年8月14日
つくしあきひと氏がゲーム会社コナミに在籍中に初めてマンガを描き、発表した同人誌。無人の小さな星で生きる少女が、天空に伸びる不思議な糸を見つけることから始まる感動ファンタジー。本作がきっかけとなり、つくし氏の初めての商業連載「メイドインアビス」に結びついた。

《展示品》
オノ・ナツメ 『GENTILUOMO』 setteorsi
2003年
森薫 『Shirley Medison』 Lady Maid
2000年2月20日
九井諒子 『人魚禁猟区』 西には竜がいた
2011年5月5日
つくしあきひと 『スターストリングスより』 ドアビートル
2011年8月14日
No.23
印象的な作家と作品エピソード⑤
大童澄瞳 『BLACK BLUE BLUE』 科学少女隊 2018年8月19日
大童澄瞳氏ならではの独自のSF作品世界のイメージスケッチ集。キャラクター達の未来的な生活様式やユニークな搭乗操作型ロボットのモチーフなど、劇中で主人公たちが作成するSFアニメ―ションが描かれる「映像研には手を出すな!」にも繋がる一冊。
和山やま 『カラオケ行こ!』 やまさん 2019年8月25日
和山やま氏の「カラオケ行こ!」はCOMITIA129に同人誌で描き下ろす形で最初に刊行され、ティアズマガジンのPush&Reviewでも大きな紹介枠で絶賛された。翌2020年には描き下ろしのエピソードを加えてコミックス(KADOKAWA刊)化され大ヒット。2024年には実写映画化、25年にはアニメ化も予定されている。
とよ田みのる 『ロボ太とポコ太&ネコ太とニャン太』 FUNUKE LABEL 2023年5月5日
コミティアの常連作家でもあるとよ田みのる氏が連載中の「これ描いて死ね」には、コミティアが作中の舞台として実名で登場するが、本作は同作中のエピソードとなるマンガ内マンガを描き下ろして同人誌化した作品。商業出版と自主出版の巧みな使い分けに、とよ田氏ならではのスタンスが窺える。

《展示品》
大童澄瞳 『BLACK BLUE BLUE』 科学少女隊
2018年8月19日
和山やま 『カラオケ行こ!』 やまさん
2019年8月25日
とよ田みのる 『ロボ太とポコ太&ネコ太とニャン太』
FUNUKE LABEL 2023年5月5日
No.24
印象的な作家と作品エピソード⑥
武内崇 『Valkyria NEAV SAGA Episode00』 腰掛倶楽部 1999年5月4日
奈須きのこらと共にサークル「竹箒」を結成し、「Fate/Grand Order」「月姫」といった大ヒット作を世に送り出す武内氏が「月姫」制作の最中に発表していた創作ファンタジー『Valkyria NEAV SAGA』シリーズの一冊。
あらゐけいいち 『Helvetica Standard Royal Straight Flush』 ヒマラヤイルカ 2024年11月17日
アニメ化などもされた「日常」で一躍有名になった、あらゐ氏もコミティアを経たプロの一人。本作は記念回であるCOMITIA150にあわせて久しぶりに作られた渾身の新刊。一線で活躍する氏の鮮烈な感性と思考をフルカラーで味わえる贅沢な一冊だ。
九里史夫(川原礫) 『ソードアート・オンライン シュガーリィ・デイズ』 WordGear 2018年8月19日
世界累計発行部数3000万部を超える大ヒット・ライトノベル『ソードアート・オンライン』。その作者・川原氏が商業版執筆の傍ら2013年から18年にかけてコミティアで同人誌「マテリアル・エディション」として発表していた外伝的エピソードの総集編だ。
くまみね 『料理のふりだし』 くまみね牧場 2015年5月17日
「仕事猫」「現場猫」などで知られるイラストレーター・くまみね氏によるストーリーマンガ。手描き感あふれる味わい深い線、モチーフの特徴を見い出す抜群の観察眼から生み出されるユーモラスで心地良い世界観は、この作品でも存分に発揮されている。関西COMITIA46出展作。
からめる 『天使とアクマ』 ぷりんはるまき 2023年12月3日
Youtubeのチャンネル登録者数248万人、日本でも有数の人気動画クリエイター・からめるさんは「死ぬまでコミティアに出場する」と現在も参加し続けるコミティアフリーク。本作でも動画でお馴染みの爽快でシュールなギャグが展開される。

《展示品》
武内崇 『Valkyria NEAV SAGA Episode00』 腰掛倶楽部
1999年5月4日
あらゐけいいち 『Helvetica Standard Royal Straight Flush』 ヒマラヤイルカ
2024年11月17日
九里史夫(川原礫) 『ソードアート・オンライン シュガーリィ・デイズ』 WordGear
2018年8月19日
くまみね 『料理のふりだし』 くまみね牧場
2015年5月17日
からめる 『天使とアクマ』 ぷりんはるまき
2023年12月3日
◆壁展示



《展示品》最上段右から左へ
『COMITIA6カタログ』表紙(1987年3月15日)
COMITIA15 告知イラスト(1990年3月4日)
COMITIA16 告知イラスト(1990年7月22日)
『ティアズマガジンvol.25』表紙(1993年8月1日)
『ティアズマガジンvol.29』表紙(1994年8月21日)
COMITIA30 告知イラスト(1994年11月3日)
『ティアズマガジンvol.34』表紙(1995年11月3日)
COMITIA43 告知イラスト(1998年2月15日)
COMITIA46 告知イラスト(1998年11月23日)
『ティアズマガジンvol.50』表紙(1999年11月7日)
COMITIA50 告知イラスト(1999年11月7日)
『ティアズマガジンvol.54』表紙(2000年11月12日)
『ティアズマガジンvol.56』表紙(2001年5月4日)
COMITIA62 告知イラスト(2002年11月17日)
『ティアズマガジンvol.63』表紙(2003年2月23日)
『ティアズマガジンvol.68』表紙(2004年5月4日)
『ティアズマガジンvol.70』表紙(2004年11月21日)
COMITIA70 告知イラスト(2004年11月21日)
COMITIA71 告知イラスト(2005年2月20日)
『ティアズマガジンvol.72』表紙(2005年5月5日)
『ティアズマガジンvol.74』表紙(2005年11月6日)
COMITIA88 告知イラスト(2009年5月5日)
『ティアズマガジンvol.89』表紙(2009年8月23日)
『ティアズマガジンvol.94』表紙(2010年11月14日)
『ティアズマガジンvol.95』表紙(2011年2月13日)
『ティアズマガジンvol.97』表紙(2011年8月21日)
『ティアズマガジンvol.98』表紙(2011年10月30日)
『ティアズマガジンvol.103』表紙(2013年2月3日)
『ティアズマガジンvol.108』表紙(2014年5月5日)
COMITIA108 告知イラスト(2014年5月5日)
『ティアズマガジンvol.110』表紙(2014年11月23日)
『ティアズマガジンvol.112』表紙(2015年5月5日)
COMITIA115 告知イラスト(2016年1月31日)
COMITIA116 告知イラスト(2016年5月5日)
COMITIA120 告知イラスト(2017年5月6日)
COMITIA124 告知イラスト(2018年5月5日)
『ティアズマガジンvol.128』表紙(2019年5月12日)
COMITIA134 告知イラスト(2020年11月23日)
COMITIA136 告知イラスト(2021年6月6日)
COMITIA142 告知イラスト(2022年11月27日)
『ティアズマガジンvol.146』表紙(2023年12月3日)
『ティアズマガジンvol.147』表紙(2024年2月25日)
『ティアズマガジンvol.150』表紙(2024年11月17日)
COMITIA150 告知イラスト(2024年11月17日)
※発行はすべてコミティア実行委員会
《展示品》実物展示
『COMITIA1カタログ(復刻版)』(1984年11月18日)
『COMITIA12カタログ』(1989年3月21日)
『ティアズマガジンvol.13』(1989年8月20日)
『ティアズマガジンvol.50』(1999年1月7日)
『COMITIA50thプレミアムブック』(2000年3月17日)
『ティアズマガジンvol.100』(2012年5月5日)
『コミティア30thクロニクル』全3巻(2014年5月18日、2014年9月7日、2014年11月30日)
『コミティア魂』(2024年3月5日)発行:フィルムアート社
『ティアズマガジンvol.150』(2024年11月17日)
※『コミティア魂』以外はすべてコミティア実行委員会発行
◆ケース展示

『ぱふの記憶 幻の『ぱふ』終刊号』
2024年11月2日発行 コミティア実行委員会/有限会社コミティア
まんが情報誌『ぱふ』の創刊から50年を記念して編まれた冊子です。
2011年の休刊から13年経って、本展示のOPにあわせて刊行されました。
読者参加型のファンジンであったことも重要な『ぱふ』。
『ぱふ』への読者からのコメントやレビューには、文筆を仕事にしていても不思議ではないほど巧みな、あるいはどんな巧みな文章もかなわないほど愛に満ちた文章がたくさんよせられていました。読者が編集者になりライターになって『ぱふ』を支え、30年以上続いたのです。
50年を祝う記念号であり、終刊号に位置づけられるこの冊子が「関係者64人のコメント集」であること。作っていた者も、書いていた者も、読者だった者も参加して出来上がるその形は、とても『ぱふ』らしいです。
◆台付きケース展示

受賞ケース
コミティアは、30周年の節目に文化庁メディア芸術祭功労賞、40周年の節目に手塚治虫文化賞特別賞を受賞している。いずれも創作者育成の場を提供し続けてきたことを高く評価されての贈賞である。
2013年 第17回 文化庁メディア芸術祭功労賞
中村 公彦・コミティア実行委員会代表
【贈賞理由】
例えば本芸術祭で過去に受賞された武富健治、白井弓子、こうの史代、岩岡ヒサエ、西村ツチカ、おざわゆき、田中相ら各氏。彼らがすべて「商業誌出身者」ではなく、中村公彦氏主催の「自主制作漫画同人誌即売会・コミティア(COMITIA)」で育ち巣立った作家たちである、と述べるだけで、中村氏が本賞を受賞される理由は充分であろう。先行同人誌即売会「コミックマーケット」と一線を画し、あくまで「創作」にこだわって30年、氏が日本のマンガ界に貢献、底上げしてきた功績には計り知れないものがあり、今回の功労賞受賞に輝いた。
みなもと 太郎(漫画家/マンガ研究家)
2024年 第28回手塚治虫文化賞特別賞
【贈賞理由】
オリジナル作品に限定したマンガ同人誌の展示即売会を40年間続け、アマチュア作家ならびにプロ志望の多くの描き手を応援してきた功績に対して
《展示品》
第17回 文化庁メディア芸術祭功労賞記念トロフィー
第28回 手塚治虫文化賞記念トロフィー
同上 盾
◆中央覗き込みケース展示
※『ぱふ』の50年展「◆中央覗き込みケース展示」と同じ