料理研究科 枝元 なほみ

何かを作ろうと思ったら、
自分自身で素材と向き合うしかないんです

料理家としてテレビや雑誌で活躍する枝元なほみさん。大学卒業後、劇団『転形劇場』の劇団員を経て料理の道へ入ったという彼女のレシピは、気さくな人柄を反映しているかのように、作りやすくてあたたかい。いつも自然体で、料理にもいき方にも“ 自分流” を持っている人気料理家の素顔を、少しだけのぞいてみた。

鍋いっぱいの切干し大根

 大学時代は、お料理なんてまったく知らなかった。当時、一緒に住んでいたボーイフレンドに「切干し大根が食べたい」と言われて作ったことがあったのだけど、大根を水で戻すことを知らなかったから、いつまでたっても煮えないんです。結局1時間半くらい煮込んで、ゴワゴワの切干し大根を鍋いっぱいに作って(笑)。そんなですから、料理家になろうなんてまったく思っていなかったんです。

芝居と料理

 本格的に料理の仕事をはじめたのは、30歳を過ぎてから。それまでは太田省吾さんが主宰する『転形劇場』という劇団で芝居をやっていて、その傍ら、小さなレストランで料理のアルバイトをしていました。芝居をやるようになったのもまったくの偶然。大学3年の終わりに、学生運動で学校に入れない時期があり、何をしようかなというとき、芝居をやっている友人から誘われたのがきっかけです。

 やがて32歳のときに劇団が解散。またやることがなくなったわけですが、ちょうどその頃、レストランで一緒にアルバイトをしていた仲間が、料理の編集者になっていて声をかけてくれたんです。手探りでやってみたら、わりとすぐに仕事がもらえるようになったんですよね。今考えるとすごくラッキーだったと思いますが、その頃でさえ、まだ料理の世界でいきていくとは考えていなかったですね。

目標は持たない主義

 私は昔から“志す”ということをしないんです。料理も芝居も、“こうなりたい!”という理想に燃えて始めると、現実とのギャップが大くて続かないと思うから。

 たとえば、いま料理の仕事をしていて、いろいろな人が「テレビ観てますよ」とか「いつも楽しそうでいいですね」って言ってくれますけど、実は派手な部分はほんの2割くらいで、それ以外は、買い物に行って、準備して、レシピを夜中まで書いて、試作して「あ、これじゃだめだ〜」って悩んで……ほとんどが地を這うような作業。そんな状態ですから、遠いところに理想があると、現実に耐えられなくなって、途中でポキッと折れちゃう気がするんですよね。だから大きな目標を設定するよりも、いま目の前にあるものを見て、そのとき自分にできることと真剣に向き合うようにしてやってきたんです。ひとつできるようになると、同時にできないことも見えてくるから、次はそれをできるようにする。そうやって一つひとつ着実にやっていけば、挫折をしないというか、そもそも何が挫折かさえ分からないでしょう(笑)。

阿部なをさんの“ いきる力、いきていく姿勢”

 料理学校にも通ったことがなく、成り行きのように料理の世界に入った私には、師匠と呼べる人がいません。ただ、料理研究家の故・阿部なをさんのことはすごく好きで、いまでも師匠だと思っています。彼女には素敵な逸話がたくさんあって、料理だけでなく、人柄やいき方にも大きな影響を受けました。

 特に好きなエビソードは、冬の日の出来事。ある日、なをさんのところに画家の友人から電話があったそうです。「雪が積もってきれいだよ」と。この電話を受けたとき、なをさん82歳は何をしていたかというと、すでにその雪のいちばんきれいなところをひとすくい器にのせて、お砂糖をかけて食べてみていたというんです。この話を聞いたとき、もう大好き!と思ってしまった。

 職業柄、私も食べることや食のことを考えることが多いわけですが、いきる力とか、いきていく姿勢と密接に結びついているということを忘れてはいけないと思うんです。いまはインターネットで調べればいくらでも料理の方法が出てきますが、方法よりも、なぜ食が大切かという、おおもとのところに立ち帰って考えることの方が大事。なぜなら、どんなに料理が進化して、豪華になっても、“食べる”ということに変わりはないわけですから。食べるということは、すなわち“いきる”ことであり、食べ物という自然が私たちをいかしてくれている─。そんな根源的なことを、なをさんの料理といき方から教えてもらった気がするんです。

こたえはいつも鍋の中

 座右の銘は「鍋の中を見よ」。いまの若い人たちはレシピがないと料理ができないと思うかもしれないけれど、何かを作ろうと思ったら、結局、自分自身で素材と向き合うしかないんです。鍋の中を見て、もうちょっと煮るのか、ここで引き上げるのか、いつ塩を入れるのか……。必ずここだ!というタイミングがあるから、その時々にちゃんとその場にいて、見極めて決めていく。それが大事なんじゃないかな。

 明治大学時代私は英米文学を専攻していたので、学校で学んだことはいまの仕事には直接は結びついていません。でも、4年間で「たくましさ」は身についたと思います。専門的な技術や知識を身につけるというよりも、ある分野に挑んでいくためのパワーが養われたという感じ。あの頃は、自分が海のものとも山のものとも知れなくて、根拠のない自信と、卑小感や劣等感、やみくもさがない交ぜになっていたけれど、それは実はすごいパワーで、あの頃にしか持てないものだったと思う。だから、いま現役の大学生で、やりたいことがないとか、自分に何が向いているか分からないと言う人たちを見ると、「そりゃそうだよね」と思うんだ。そして、「でも小さくまとまんなよ!」と。器用に賢くまとまってもともとある道を歩かなくても、明治大学で身につけた「たくましさ」を武器にいまの自分にできることを探っていけば、ちゃんと、次が見えてくると思うんだ。こたえはいつも、自分という鍋の中にあるんじゃないかな。


Profile of Nahomi Edamoto

料理研究家。1981 年に太田省吾が主宰する劇団「転形劇場」に入団。その傍らレストランでアルバイトをし、劇団の解散をきっかけに、32歳で料理の道に進む。テレビ「きょうの料理」「ひとりでできるもん!」や雑誌などで活躍。現在は生産者と消費者の間を結び、多くの人に農の現場に関心を持ってもらうため結成した「チームむかご」を主宰。また、ホームレスの自立を支援する雑誌「ビッグイシュー日本版」にレシピを掲載しているほか、NPO法人ビッグイシュー基金の理事も務めている。著書に『枝元なほみの料理がピッとうまくなる』『食べるスープレシピ』『かくし味は旅を少々』などがある。1955年生まれ。神奈川県出身。
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明治大学広報
雑誌 明治
meijin Vol.1

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