明治大学で学び,本日ここに,めでたく卒業式を迎えた皆さんに,心から「おめでとう」と申し上げます。皆さんがこの日を迎えるには,その背後にあって物心両面にわたり支えてきた御両親をはじめとする多数の方々がおられます。このことについて,感謝の念を深めていただくとともに,その恩に報いるためにも,人生の新しい旅立ちに際し,この場で改めて自らの志を確認していただきたいと願います。
ここで卒業式の告辞として異例ですが,この式に出席している「一人の学生」に言及させていただきます。彼は,ラガー・マンとして活躍されることが期待されて本学に入学したのですが,練習中に大ケガをしてしまい,運動選手としては勿論,自らの人生も見失いかけ,時には真剣に退学をも考えていたと伝え聞いております。しかし,ご両親を始めとする家族の愛,学友の友情などの人間愛にささえられながらも,その逆境を,自ら
故 北島先生の「前へ」の精神で,長い長い闘病生活を経て心身をともに回復させ,今日の佳き日を迎えています。彼は,われわれに対し,どのような逆境にあっても「生きる」ことの大切さと勇気を身をもって示してくれました。これぞ紫紺の明治魂であります。ここに「明治の伝統的な強さと特性」を
しっかりと みることが出来ます。私は,学長として,彼に対し心より拍手を贈りたいと思います。
ところで,昨年わが国は戦後六〇年という節目の年を迎えました。この歳月の中で,世界は米ソの対立(冷戦構造)からアメリカ一極主義化へと移りつつありますが,今なお
宗教や民族間の対立による局地的な武力紛争,テロの恐怖などが多発しています。
このことは,武力や経済力のみでは 世界の平和をもたらすことが困難であることを示しているものといえます。また貧困や難病,それに異常気象や地震などに苦しんでいる多くの人びとがおります。
他方,わが国は戦後のいわば廃墟と化した諸状況から,奇跡的な経済復興を遂げ,ついに経済大国といわれるまでになりました。確かに,今では物質的には豊かな社会になっているといえます。そして現在は,国際社会において「独自の役割を担う」ことが求められています。
わが国は,今,間違いなく明治維新,戦後改革に匹敵する「第三番目の変革期」しかもグローバリゼーションという大波をうけての質的転換期に入っています。私達が真に世界の中で活躍していくためには,常に,平和を愛し,自然との共生を大切にする民族であることを発信しつづけなければならないと思います。私達は人類史上はじめてで,かつ唯一の原爆被害を体験している国民ですから,いかなることがあっても核戦争に反対し,その阻止に努めなければなりません。「平和」こそが,人類にとって最高の理念であり,私達は
その実現にむけて献身的な活動を展開する責務があると考えます。また昨今の自然破壊は,世界的な規模ですすんでおり,その被害は深刻です。人類の将来を考えると,私達は「自然との共生」を理念に据え,地球環境の保全に英知を結集しなければならないと思います。温暖化問題を取りあげた京都議定書を発信したホスト国として,自然の大切さを率先して提唱し,その実現にむけて取り組むことも,他の国々から期待されている,わが国が担う責務の一つといえます。他にも日本が世界から期待されている活動の分野は,多種多様な形態で存しています。
皆さんの大部分の方は,企業に就職することになると思います。企業は,経済的効率を追求し,利益をあげることを第一に考えることでしょう。そのことを否定するものではありませんが,既に新しい変化に適応できなくなっている法律その他のルールの透き間を利用して,いわば手段を選ばない手法で利益をうることには加担しないでほしい。むしろ,透き間があるところでは,「世のため,人のため」になるかとの視点で見直し,「正義の鐘」を撞けるサイドで活躍していただきたいと願っています。そのためには,皆さんには人生いかなる時期においても,自らの担う役割を見直し,そして脱皮し,常に「志」を高めていただきたいと願っています。
本日皆さんのお手元に配布されている「学園だより」に,皆さんへの「贈る言葉」として,「尚志」という二文字を選択したのも,このような思いに基づくものです。この言葉は,孟子の語句で,そのまま「ショウ
シ」とも読みますが,その意を汲み入れて「志(こころざし)を尚(たか)くす」と読んでいただきたいと願う次第です。
史記に「燕雀(えんじゃく)安(いずく)んぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや」との文があります。この志を胸に秘め,人生の栄冠を,努力と忍耐で勝ち取っていただきたい。
最後になりましたが,皆さんの将来が幸多いこと,さらにご健勝のうちに社会で大いに活躍されることをお祈りして,私の告辞といたします。