自分が提供したいサービスの本質
―明治大学商学部に入学したきっかけを教えてください。
高校生の時から将来ネイルサロンの経営、つまりネイリストになりたいと思っていました。その上で、どのようにサービスを売っていくか、どのようにお客様に価値をわかってもらうかという方法を学びたいと思い、商学部へ進学しました。
―学生時代はどのように過ごしましたか?
ゼミ活動、サークル活動やアルバイトもするという一般的な学生だったと思います。授業では、広告関係やマーケティングに興味があり、マーケティング論や、経営論などの論理的な考え方を学ぶ授業が好きでした。二瓶喜博先生のゼミでは、先生のご専門である口コミマーケティングを学んだり、統計的な手法とその対照的な質的な調査を用いた論文を制作したりしました。
また、大学でマーケティングを学ぶ上で、本当に自分が提供したいサービスの本質について考え直す機会がありました。経営を目指していたネイルサロンの市場が飽和状態になり、先生から業種を選択するという上で、価格競争に陥りにくいものや高付加価値な商品を選択することが大切だと教えていただいた時のことです。
この時に、自分が本当に提供したいのは、「自分の好きなことで人に喜んでもらえること」で、そういったことを仕事にしたいと思いました。

―三澤さんにとって、それはどのようなことだったのでしょうか?
私は小さい頃から手を動かすものづくりが好きで、自分が工作した人形を両親が喜んで飾ってくれたり、高校時代にはデコ電(デコレーション携帯電話)制作をして友人に喜ばれたりした経験があったので、そういう得意なことを仕事にしたいと思っていました。
―そうした中で、江戸切子と出会ったのですね。
まさに就職をするという時に、本当にネイリストという職業に進むことでいいのかと考え直し、もっと広い視野で仕事を探したいと考えるようになりました。そんな時に、現在働いている会社の代表であり、親方の堀口が制作・プロデュースを手掛けた商品と出会いました。美容クリームの器を江戸切子でつくったというプレシャスな商品で、その物自体が美しいということもありましたが、伝統工芸という分野でありながら、他の分野の商品になることに感動しました。
本当に自分が進みたい道が見つかったと思いましたし、手仕事にこだわっていた中で、伝統工芸というバックグランドの価値があるもので、本当に素晴らしいものに出会えたなと思いました。
―それから、どのように江戸切子職人になったのですか?
その商品を手がけていた親方に「弟子にしてください」と、連絡をしたのが大学3年生の時でした。しかし、その当時、親方はまだ独立したばかりで人を雇うような状況ではなく、断られてしまいました。
そして一度ネイリストの道に進みましたが、その間も都度、堀口切子のホームページをチェックしていたところ、ある日「スタッフ募集」という文字が掲載されていて、「これは!」と思い、連絡をして3年越しに入社が叶いました。初めに断られた理由が、その時はタイミングではなかったと思っていたので、時が来ればチャンスをつかむことができるという諦めきれない思いがありました。
