2017年度 入学式 学長告辞



新入生の皆さん入学おめでとうございます。そして、本日お集まりの新入生のご家族の皆さんにも、おめでとうと申し上げます。これから大学という多様性と活力に溢れる場所で大きく成長していく学生たちを見守ってください。「高校生が一番行きたい大学」ナンバーワンの明治大学に、難関を突破し入学された学生たちは、大学が持つ世界へのひろがりをいっぱいに体験して、成長していくことでしょう。

新入生の皆さん。これからは、君たちこそ明治大学の主人公であり、主体です。大学は授業の場所ではありません。授けられる教育を受動的に受け入れる場所ではありません。君たち自身が傍観者としてではなく、主体として教育と研究に関わり、教員と課題を共有して、人類の課題を解決するために、この世界へと自分を発信することが、大学の教育であり研究です。大学があって君たちがあるのではなく、君たちがあって初めて大学は、大学として存在することができるのです。

このことを、詩的に表現した言葉があります。「劇場があるところに劇があるのではない。劇があるところに劇場があるのだ」。こう言ったのは、寺山修司氏でした。

寺山修司氏は、日本を代表する詩人であり歌人でした。明治大学OBである唐十郎氏とともに、現代演劇を担う旗手でした。大柄な男で、津軽弁が終生抜けなかった。私も、30年間ほどは演劇と濃密な関わりがあったため、何度か同じ席にいたことがありました。手を広げればそのまま天に昇っていってしまいそうなオーラがあった。「天井桟敷」という劇団を主宰して、街頭演劇をやってのけた。劇場ではなく、街頭が劇場であり、まさしく劇があるところが劇場であった。明治大学OBで現在も明治大学と関係がある唐十郎氏の状況劇場も、やはり劇場を否定して、紅テントを担いで世界をまわったのです。一年に一回は明治大学のキャンパスで紅テントの公演をおこなっているので、見る機会もあるでしょう。

初めに言ったように、この寺山氏の言葉や唐氏の紅テントの劇場は、大学教育の真の姿を考えるきっかけになります。大学があるところに、君たちの学問と教育の場所があるのではなく、君たちがいるところに学問と教育がある。君たちは学問と教育の単なる傍観者ではなく、君たち自身が主人公である。つまり、君たちにとっては、明治大学だけでなく、世界の大学が、あるいは世界そのものが教育の場所であり、研究に取り組む空間であるのです。君たちがいる場所は、どこであれ、そこが大学なのです。明治大学は紅テントではないけれど、君たちが世界と関わるためのキャンプです。ここから、君たちは世界へと飛び出していくことができる。そのために、明治大学は200を超える海外の大学と協定を結び、英語圏のみならず、様々な言語圏の大学に留学できる機会を提供しています。大学はまさにチャンスの場所なのです。

今年度から、明治大学は100分を一コマとする教育を始めます。今までよりも時間が長くなる。しかし、それは単に時間が長くなるのではなく、まさしく君たちが教室の主体として教員とともに、課題に挑戦し、思考し、対話をするための時間がそこに作られたことを意味しています。主体的学びを促進するためのものなのです。それを「アクティブ・ラーニング」と言っていることは君たちも知っているかもしれない。

私は昨年、アクティブ・ラーニングの先進国であるシンガポールの南洋理工大学を訪問しました。イギリスの新聞社が公表している、昨年のアジア大学ランキングで2位の大学です。一位はシンガポール国立大学です。つまり、シンガポールの大学が、アジア大学ランキングの一位と二位を占めていることになります。とりわけて、南洋理工大学のアクティブ・ラーニング施設は、世界の注目を集めている建物です。そこにあるすべての教室は、教員が正面に立って講義をする一般的な形ではありませんでした。教員が常に立つ、定位置ともいえる場所はなく、フラットに教員と学生が対話をし、議論を行えるようになっていました。この施設を説明してくれた、南洋理工大学の教員は、こう言いました。ここでは、教員は権威ではない。学生とともに考え、課題に挑戦するチームリーダーでしかない。だから、ここには、中心に立つ教員はいない。学生の中を移動しながら、学生と共に考えるのだ。そう言ったのです。このことを聞いた時に、私は明治大学の創立者の一人である岸本辰雄先生の言葉を思い起こしました。明治大学は今から136年前に、まだ30歳前後の三人の法律家によって創立されました。初代校長は岸本辰雄先生です。岸本校長は、その校長講演で、こう言っているのです。

「明治大学の教育は、服従の教育ではなく、学生自身の欲求に基づく教育である」。そう言ったのです。明治維新までの日本の教育は寺子屋に象徴される服従の教育でした。江戸時代の藩の教育もそうでした。まだまだ封建的な思想や観念が強く残る中、明治大学の教育は、そこから脱却して、学生たちの欲求と自由な意志によって行われると言ったのです。そして、こうも言いました。教員は学生たちに知識の蔵の鍵を渡すことはできるが、その蔵を開けるのは学生たち自身である、と。

南洋理工大学の教員が語ったアクティブ・ラーニングの本質を、今から100年以上前に、岸本校長は見事にかたっていたのです。

君たちはただの受け手ではない。自ら発信し対話を行い、課題を解決していく教育の主体である。教員は知識の蔵を開ける鍵を君たちに渡すことはできる。しかし、その蔵を開けるのは君たち自身です。服従の教育から自由の教育へと建学の精神に基づいて変化していく時のなかに、君たちも私たちもいるのです。そのための教育と研究の空間・施設を革新していくプランを私たちはすでに持っています。日本の大学をアクティブ・ラーニングとコモン・ラーニングの空間へと革新していくプランを明治大学から実行していきます。学生であれ教員であれ、自ら何を学び、研究するのかを考え、その欲求のもとで、自由な学問研究に取り組むことが、創立以来受け継がれてきた明治大学の主張です。この自由のキャンプを君たちの創造の場所にしてほしい。大学とこの世界、地球そのものを、君たち自身の場所に。そして、君たちの中にある無限の可能性に気づいてほしい。明治大学は創立者たちの青春の意志を引き継いで、君たちを全力で支えます。共に前ヘ進もう。それをこれからの君たちへの励ましの言葉にして、私の学長告辞といたします。

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