第28回 明治大学人文科学研究所公開文化講座のご案内

巡 礼 — その世界 —
公開文化講座開催委員会
 

 今回,第28回目を迎える本研究所主催の公開文化講座は,本来,広く社会から知恵を学びつつ,大学側からも発信するという,双方向的な開かれた場として設置されたものであり,毎回多彩な講師陣と熱心な聴講者との,熱気溢れる知的・精神的キャッチボールが展開されて参りました。

 今回は,上記の標題のもと,洋の東西の巡礼・遍歴の様態と,その宗教的根底を,4名の講師が縦横自在に語る,という企画であります。

 いうまでもなく,私たちは日々俗塵にまみれ,貪瞋痴に憂き身をやつして生きておりますが,時には,何とか救いに至る道はないかと,出離の道を模索しないわけでもありません。そして古来,俗界から逃げ切ることは所詮出来ないのだと知り得たことで,俗を払拭した聖なる空間を創り出してきたといってよいでしょう。従って,救いのためのこの文化装置は,私たちの全く手の届かないものであってはならず,しかも,出来るだけ浄化された空間でなければならない。そういう場所を,人々は聖域と崇め,しばしその世界に参入することによって,俗臭を払い,自己浄化(禊ぎ)を果たし,また新たに世俗に生きる力を得ていた,と言ってよいでしょう。

 巡礼とは,「歩く宗教」と神聖な岩や木の回りを巡る「巡る宗教」とから成立したという説がありますが,事実,生活の場を離れ,歩き回ることによって,精神の自由と創造性が得られるということは,遍歴・放浪の主たる存在意義となっているようです。私たちは,えてして宗教は神社や寺院にのみあると思いがちですが,それは所詮,宗教が社会に根づく過程で形成された,生きた宗教の固定化,形式化に過ぎず,宗教に生命を甦らせるためには,時に歩く宗教に立ち返る必要があると思います。宗教は,いつでも,その原初に回帰することによって,生命を新たにするからです。事実,聖なるものへのプリミティヴな畏敬の念は,キリスト教やイスラム教などの創唱宗教成立後も引き継がれ,様々な聖地が設定されて,そこを巡礼する習俗は,近世・近代になっても,少しも勢いを失っているようには見えません。自然物の御神体にせよ,自分の信ずる宗教の本山を聖地とするにせよ,その地点に時間と労力をかけて到達することから生れる達成感と安らぎは,少しも変わりません。

 できるだけ多くの方々に,本講座においでいただき,それぞれご自身の経験と人生観とに照らしてお聞きいただき,またそこから私たちにフィードバックしていただける講座でありたいと,私たちは切に願っている次第です。
(明治大学法学部教授 金山 秋男)

主催: 明治大学人文科学研究所
後援: 千代田区,千代田区教育委員会
日時: 10月8日,15日,22日,29日(毎金曜日)午後6時30分~8時30分
会場: 明治大学駿河台校舎「リバティホール」(JR御茶ノ水駅下車徒歩5分)
聴講: 無料(申込手続不要)

10月8日(金) 巡礼の諸相

明治大学法学部教授  金山 秋男
 
 従来,日本の巡礼は,山岳宗教と密接な関係を持ち,山中他界観や修験道などとの関連で語られてきましたが,日本はまた四方を海に囲まれた島国であります。それなのに,島や半島に生じた「龍宮」や「補陀落」など,海上他界信仰が巡礼と深く結びついていることには,余り注目されてきませんでした。

 また,巡礼といえば歩くこととされ,個々の神体や本尊の回りを巡るという面も,とかく忘れられがちでした。しかし,「堂々巡り」というように,洋の東西を問わず,敬虔な拝礼の形式として周匝礼拝があったのです。のちの巡礼はそのような聖所を巡ることから,それらの聖地を結び合わせ,歩く空間を拡げながら,次第に巡り歩く信仰の形をとってきたのです。

 巡礼の根底には,宗派や教理以前の素朴で純粋な罪悪感と救いへの祈りが息づいております。人々は聖なるものに止みなく歩を進めるという苦行と痛覚においてはじめて,己れの信仰を自覚するしかなかったのです。

 本日は,聖と俗をつなぐ巡礼者の喜びと哀しみの往古の物語に想いを馳せてみたいと思います。

第2回 10月15日(金) キプロス島「世界遺産」ビザンツ教会堂群を巡る

元明治大学文学部教授  馬場 恵二
 

 古代ギリシア史を専攻していた私には,今回の「総合テーマ」に謳われている「巡礼-その世界-」を真正面から論ずることは願い叶わぬことですが,キプロス島中央山地のトロオドス地方に点在するビザンツ教会堂群のひとつひとつをまるで物にとり憑かれたかのように「巡り歩いた」,その体験から得られた「収穫」の一部を紹介します。

 教会堂壁面の「現場」に遺されている各種の「奉納碑文」に共通するビザンツ碑文特有の「難解さ」は,2000年春,キプロス島で初見の私に屈辱的な「衝撃」を食らわしたものでした。しかし,その苦渋の「出会い」こそ,私を「ビザンツ教会堂巡礼」に向かわせた決定的な「要因」でしたので,今回の話は,キプロス島「教会美術案内」ではなく,碑文解読から得られる新たな視点・問題点を紹介します。書体による碑文年代幅の推定,十字軍時代の到来とキプロス島,そして「キリスト再臨図から読み取れる東方教会世界の「天国・地獄」観などの諸点について,私が暗中模索の手探り状態で辿った「行脚」の道程を具体的に明かします。

第3回 10月22日(金) イスラーム世界の巡礼

慶應義塾大学文学部教授  坂本 勉

 毎年,イスラーム暦最後の月におこなわれるメッカへの巡礼は,一生のうち一度はしなければならぬ義務とされている。それだけに,現在では200万人以上もの人たちが押しよせるほど大規模なものとなっている。このような巡礼がなぜおこなわれるのか,その動機については,唯一絶対なる存在,全智全能の神アッラーに対して感謝をささげ,巡礼に集う信徒たちがそれによって相互に一体感を強めることに,もっぱら重点がおかれている。

 このようにメッカへの巡礼は一神教の世界観が純粋に凝縮したかたちでおこなわれるが,イスラーム世界にはこれとはちがうシーア派の歴代指導者たちの霊廟,あるいはスーフィズムの聖者たちの墓廟への参詣というかたちをとる別なタイプの巡礼も存在する。ここでは,メッカ以外の聖域をめざすこれらの巡礼についても取り上げ,その背後に横たわる巡礼観,イスラームそのものに対する考え方の違いを明らかにしながら,対立のなかにもイスラーム世界の巡礼に重層構造があるということを話していくことにしたい。

第4回 10月29日(金) 日本の巡礼

明治大学法学部教授 林 雅彦

  「巡礼(順礼)」とは,元来功徳などを得るため,宗教上の聖地や霊場などの巡拝を意味する語彙で,世界の諸宗教・諸地域に見られる習俗である。日本では,平安時代以降,仏跡を巡礼しようとした僧たちがいた。また,夙くから修験者によって,大峰・熊野・立山などの霊山巡拝もなされてきた。

 日本の巡礼は,平安時代,京の貴人間で隆盛化,彼等が挙って巡礼に赴いたことで,その巡礼地は近畿地方に集中している。西国巡礼は,既に平安時代に確立したようである。我が国の代表的な巡礼として知られる四国遍路もまた,中世以降に形を成したものだった。  因みに,庶民が全国各地の巡礼地に蝟集するようになったのは,江戸時代である。女人や子供の巡礼(浄瑠璃『領域阿波の鳴門』の巡礼娘おつる)も登場する。

巡礼歌を唱え,鈴を鳴らし,「巡礼に御報謝」と呼びかけ, 施行を求めて歩いた巡礼者たち。今回は,女人と子供の巡礼者を中心に,日本における巡礼の習俗とその変容を考えてみたい。

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