第29回 明治大学人文科学研究所公開文化講座のご案内

-総合テーマ-「『生と死』の東西文化論」
公開文化講座開催委員会委員長
明治大学法学部教授 金山 秋男
 
 今回,29回目を迎える本研究所主催の公開講座は,本来,広く社会から智慧を学びつつ,大学側からも発信するという,双方向的な開かれた場として設置されたものであり,毎回多彩な講師と熱心な聴講者との,熱気溢れる知的,精神的キャッチボールが展開されて参りました。 今回は,上記の標題のもと,洋の東西の死生観,霊魂観,他界観を機軸に,それぞれの文化の根底を4名の講師が縦横自在に語る,という企画であります。

 今,世の中は,生きがいの無い,従って,死にがいも無い時代が到来して,なにかふわふわと生も死もすっかりリアリティーを失ってしまっている感があります。こういう中で,若年層が,まるでゲームにでも興じるかのように,簡単に死んだり,殺したりしているように見えるのも無理も無い気がいたします。

 その第一の原因は,近代医学によって死が私たちの生活から切り離されて,隔離された病室の中で,処理されるようになったことにあると思います。死は,本来生と一体であり,人が生きてきた生老病の全過程が,死につながっているのに,死だけがなにか忌まわしいものとして隠され,また共同体が崩壊し,祭りを失った現世一色の現代社会は,魂や精霊や他界などにまつわる様々な物語を捨て去り,効率と利潤の追求に余念がありません。

 しかし,誰にとってもこの未知なる経験である死からこそ,私たちは,先人たちの智慧を通して学ばねばならないのではないでしょうか。今こそ,生と死の質が問われる時代,自分や愛するものの避けられない死を直視することで,改めて生きることの意味を問い直してみたいものです。 本講座では,主として宗教,民俗,歴史などの観点から,「生と死」を照射し,先人たちがどのような物語(神話)を生み出し,それによってまたどの様に安心して生と死を繰り返してきたかを,豊富な資料をもとに,分かりやすく語ることに主眼があります。

 できるだけ多くの方々においでいただき,それぞれご自身の経験と人生観に照らしてお聞きいただき,またそこから私たちにフィードバックしていただける講座でありたいと,切に願っている次第です。

主催: 明治大学人文科学研究所
後援: 千代田区,千代田区教育委員会
日時: 10月7日,14日,21日,28日(毎金曜日) 午後6時30分~8時30分
会場: 明治大学駿河台校舎「リバティホール」(JR御茶ノ水駅下車徒歩5分)  
聴講: 無料(申込手続不要)

10月7日(金) 万葉集・挽歌から仏教儀礼へ

明治大学文学部教授 永藤 靖
 
  挽歌は葬送儀礼の場においてうたわれた作品である。『万葉集』巻2にはそうした挽歌がまとまったかたちで収録されている。その中で,天智天皇の崩御に際してうたわれた挽歌は,もっとも初期の作品群のひとつである。この度は,このすべて女性によって作られた挽歌群を足がかりに殯宮という遺体を安置していた屋内(内部)と,様々な儀礼のおこなわれていた殯庭(外部)を比較し,いったい屋内の深い闇につつまれている部分で何がおこなわれていたかを推測したい。たとえば2年2ヶ月の長きに及んだ天武天皇の殯宮の記事を記録した『日本書紀』には皇后であった持統が一度も顔を出していない。いったい彼女は,この期間どこで何をしていたのであろうか。そういう疑問について考えたいと思う。ついで,そうした挽歌の世界が仏教の死の儀礼にどのように受け継がれていったか,具体的には日本の王家の谷ともいえる,その入り口に位置する当麻寺の迎講という儀礼を中心に死生観の問題について考察したい。
 
略歴: 明治大学卒業。博士(文学)。現在,明治大学文学部教授。
主要著書: 『古代日本文学と時間意識』(未来社),『時間の思想』(教育社),『中世日本文学と時間意識』(未来社),『風土記の世界と日本の古代』(大和書房),『古代説話の変容』(勉誠社),『日本霊異記の新研究』(新典社),『琉球神話と古代ヤマト文学』(三弥井書店),『古代仏教説話の方法』(三弥井書店)他。

第2回 10月4日(金) つくりあげられた「伝統」と「精神世界」-米国先住民族を事例に

明治大学政治経済学部専任講師 石山 徳子
 

  アメリカン・インディアンとも呼ばれる米国先住民族は,白人開拓民を襲う野蛮人として見なされ,多くのハリウッドの西部劇においては悪役として描かれていた。しかしながら近年では,自然と共生し,独自の伝統と生命倫理をもつ優しい民族として再評価されている。アメリカン・インディアンの「教え」や「伝統」は,書籍をはじめとするさまざまな形態をとりながら商品化されてきた。そしてニューエイジ信奉者などにより,先住民の「伝統」が新たに構築されると同時に,美化されてきたのである。インディアン文化に心酔する人たちと,実際に数々の社会問題に直面しながら日々を生きる先住民たちの間には,基本的な認識において大きなずれが生じている。また,異なる歴史と文化を抱えた,500以上の先住民部族の間に存在する多様性が見えにくくなっている。本講義では具体的な例を紹介しながら,つくられた「伝統」と新たな人種差別のポリティックスについて考えてみたい。

略歴: 1971年生まれ。 2002年ラトガース大学大学院地理学研究科博士課程修了(Ph.D.)2004年より明治大学政治経済学部専任講師
主要著書: 『米国先住民族と核廃棄物—環境正義をめぐる闘争—』(明石書店,2004年)

第3回 10月21日(金) イスラーム思想における生と死

東京外国語大学
アジア・アフリカ言語文化研究所助教授 飯塚 正人
 
  イスラームはユダヤ教,キリスト教と同じ神さまを信じているため,教義の多くをこの2つの宗教と共有しています。生と死をめぐる基本思想もまた例外でなく,この3つの宗教はみな,現世における生を,やがて訪れる終末(この世の終わり)の後,永遠の天国で暮らすための準備期間と考えているのです。むろん,生きている間に唯一神以外のものを拝んだりすれば,現世は永遠の地獄で苦しむための準備期間となってしまうわけですが。
  一方,生と死を魂と肉体の結合/分離の問題と考え,特に肉体にこだわる点はイスラームの特徴かもしれません。終末に際して神はすべての人間を復活させ,天国行き地獄行きを決めるとされますが,いかに全能の神といえども,灰となった肉体を復活させることはできず,魂は永遠にさまようと言われます。イスラーム教徒が火葬を拒むゆえんです。
  本日は,こうしたイスラーム信仰の基本紹介から始めて,現代の生命倫理論争やいわゆる「自爆テロ」にも言及しつつ,広くイスラーム思想の生と死を探ってみたいと思います。

略歴: 1960年神奈川県生まれ。東京大学文学部イスラム学科卒。同大学院博士課程中退。在エジプト日本国大使館専門調査員,東京大学文学部助手を経て現職。日本中東学会理事,事務局長。
主要著書: 『イスラーム世界がよくわかるQ&A 100』(共編著,亜紀書房),『「対テロ戦争」とイス ラム世界』(共著,岩波新書),『イスラームに何がおきているか』(共著,平凡社),『「イスラム原理主義」とは何か』(共著,岩波書店),『エジプト』(共著,新潮社),『イスラームを学ぶ人のために』(共著,世界思想社),『講座イスラーム世界5 イスラーム国家の理念と現実』(栄光教育文化研究所),『中東諸国における政治経済変動の諸相』(共著,アジア経済研究所)など多数。

第4回 10月28日(金) ギリシア古代の「墓の文化」

明治大学文学部専任講師 古山 夕城
 

 今回の公開講座の総合テーマ「生と死」の東西文化論については,2002年度より3年間にわたる本学人文研総合研究「生と死」の東西文化史において,また,2004年度からの文部科学省学術フロンティア大型研究「日本古代における文字・図像・伝承と宗教文化の総合研究」のサブプロジェクト「国家形成と文化・宗教」の一環として,ここ数年来関心を持って研究している主題です。
 わたくしは自分自身のギリシア古代史という専門分野の見地から,墓をめぐるギリシア独特の文化の諸相を明らかにしていくことで,時代も地域も異なる人々の死生観や他界観の本質に迫ろうという,今回の比較研究のテーマについて貢献できないものかと考えております。
 現段階ではまだ,明確な結論が見えているわけではありませんが,今回の公開講座ではこれまで勉強してきたことをもとに,まずは,図像史料を用いてギリシアにおける墓の実態と墓に対するイメージの違いを紹介したいと思います。そして,アテネにおいて施行された墓に対する規制を題材に採り上げ,それが単に奢侈禁止の目的からなされただけではなくて,そのような国家政策の背景には,墓辺空間は異界へ通ずる場所として特別な意味を持つとの社会通念があったのではないか,ということを歴史的に論じながら,ギリシア人がとった死と死後の世界に対する態度にも触れてみようと考えています。

略歴: 1961年,島根県生まれ。島根大学法文学部文学科卒業,明治大学博士課程退学。明治大学文学部専任講師
主要著書: 『世界歴史の旅 ギリシア』(共著,山川出版社)

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