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プレスリリース

光合成のCO2固定酵素がたった一つのアミノ酸の置換によって機能向上することが判明

2017年01月25日
明治大学

光合成のCO2固定酵素がたった一つのアミノ酸の置換によって機能向上することが判明

要旨

明治大学の竹屋壮浩(学部4年生)、小山内崇(専任講師)らのグループは、光合成生物であるラン藻の炭素代謝で重要な働きをするホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(PEPC)という酵素が、たった一つのアミノ酸を換えることで、活性阻害を受けにくくなることを明らかにしました。
光合成は、地球上の生命を支える最も重要な化学反応です。光エネルギーを用いて水を分解し、化学エネルギーを生み出します。化学エネルギーは、二酸化炭素の固定や、固定した二酸化炭素から糖などの有機物を作ることに利用されます。
二酸化炭素を固定する酵素の1つにPEPCがあります。PEPCは、二酸化炭素を固定するだけでなく、コハク酸(バイオプラスチックの原料)などの有用化合物の生産量を制御する重要な酵素としても知られています。このことから、PEPCの性質を理解することは、炭素代謝を制御する上で非常に重要です。
研究グループは、光合成を行う細菌であるラン藻のPEPCに着目しました。ラン藻は、植物と同様の光合成を行い、淡水、海水、土壌などに広く生息し、地球の炭素循環に大きな影響を与えていることが知られています。今回、最も広く研究に使われているシネコシスティス注1)(図1)というラン藻のPEPCを精製し、活性を調べました。すると一般的なPEPCとは異なり、シネコシスティスのPEPC(以下SyPEPC)は、リンゴ酸やアスパラギン酸などの化合物によって活性が低下しない特殊なPEPCであることが判明しました。この特殊性の原因を明らかにするために、リンゴ酸やアスパラギン酸によって活性が低下するアナベナ注2)(図2)という糸状性ラン藻のPEPCとSyPEPCの構成アミノ酸を比較しました。その結果、SyPEPCの954番目のアミノ酸がグルタミン酸であるのに対して、アナベナなどの他のラン藻のPEPCのアミノ酸はリジンであることを発見しました。そこで、この954番目のアミノ酸の役割を確認するために、SyPEPCの954番目のアミノ酸をグルタミン酸からリジンへと変換したところ、リンゴ酸やアスパラギン酸によって酵素活性が阻害されるようになりました。反対に、アナベナのPEPCの954番目に該当するアミノ酸をリジンからグルタミン酸に変化したところ、リンゴ酸による酵素活性の阻害が生じませんでした。
このように、光合成の炭素の代謝に重要なPEPCという酵素の性質が、たった1つのアミノ酸を変換することで変化することを明らかにしました。
この研究は、明治大学 農学部 農芸化学科 竹屋 壮浩ら(環境バイオテクノロジー研究室、専任講師小山内崇)により進められ、理化学研究所 平井 優美 チームリーダーらの研究グループと共同で行いました。また、研究は、JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCAおよびJSPS科研費新学術領域研究「新光合成」(領域代表基礎生物学研究所皆川純教授、計画班代表大阪大学清水浩教授)の一環として行われました。
本研究成果は、2017年1月24日(英国時間)発行の英国の科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。

※研究グル—プ
明治大学 農学部農芸化学科 環境バイオテクノロジー研究室
専任講師 小山内 崇(おさない たかし)
学部4年生 竹屋 壮浩(たけや まさひろ)

理化学研究所 環境資源科学研究センター 代謝システム研究チーム
チームリーダー 平井 優美(ひらい まさみ)

1.背景

二酸化炭素濃度の増加に伴う地球温暖化や食糧不足は、全世界の重要な課題です。この問題を解決する一助として、光合成生物が着目されています。光合成生物は、大気中の二酸化炭素を固定することにより生育し、さらに固定した炭素を食糧やエネルギー源に変換出来ます。このことから、二酸化炭素の固定のメカニズムを解明することは、基礎・応用の両面において最重要課題であると言えます。
二酸化炭素を固定する酵素の一つに、リブロース-1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ・オキシゲナーゼ(通称ルビスコ)があります。この酵素は光合成において、二酸化炭素を固定する鍵酵素として知られています。しかし、この酵素は一般的な酵素よりも反応速度が遅く、植物はこの非効率性を補うためにルビスコを非常に多く生産します。そのため、ルビスコは世界中で最も多く存在するタンパク質としても有名です。また、トウモロコシなどのある種の植物は、ルビスコの非効率性を補うために別の戦略をとります。それは、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(PEPC)という酵素が、外部の二酸化炭素を固定し、植物内部の二酸化炭素濃度を増加させることで、ルビスコの非効率性を補うという戦略です。しかしPEPCは、リンゴ酸やアスパラギン酸などの化合物により酵素の活性が低下します。このような化合物による活性の調節は、光合成生物の環境適応に重要な役割を担っていると思われますが、同時に、光合成による二酸化炭素の固定能を頭打ちにしてしまうという問題を有しています。
ラン藻は、植物と同様に酸素を発生する光合成を行う微生物です。ラン藻は原核生物(細菌)に属し、比較的単純な構造を持ちます。そのため、植物や他の藻類に比べて増殖が速く、光合成研究のモデル生物として利用されています。その中でもシネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)は、遺伝子の取り扱いが簡単なラン藻であるため、世界中で広く研究に用いられています。ところが、最も研究が盛んに行われているラン藻であるにもかかわらず、シネコシスティスのPEPC(以下SyPEPC)の生化学的な解析はほとんど行われていませんでした。ラン藻において、PEPCによる二酸化炭素の固定量は、全体の25%を占めていると考えられており、PEPCの解析はラン藻の炭素代謝を理解する上で非常に重要です。そこでわれわれは、SyPEPCタンパク質を精製して詳細な解析を行い、酵素の性質を明らかにしました。

2.研究手法と成果

研究グループは、SyPEPCタンパク質を精製し、その性質を解析しました。SyPEPC の活性は、pHや温度で変化し、pH7.3、30℃で最も活性が高いことが判明しました。また、一般的なPEPCとは異なり、試したほとんどの化合物の影響をあまり受けずに、酵素の活性を維持できることが分かりました。この化合物に対する“非感受性”をもたらす部位を特定するために、他のラン藻のPEPCとのアミノ酸配列を比較するマルチプルアライメント注3)を行いました。窒素固定を行うアナベナというラン藻のPEPCは、リンゴ酸やアスパラギン酸などの化合物により活性が低下することが知られています。SyPEPCやアナベナ由来PEPC(以下AnPEPC)などのアミノ酸配列を比較したところ、SyPEPCの954番目のアミノ酸がグルタミン酸であるのに対し、アナベナを含む他の多くのラン藻のPEPCはリジンであることが明らかとなりました。(図3)。このグルタミン酸がSyPEPCの化合物に対する非感受性に寄与していると予想し、954番目のグルタミン酸をリジンへと変換しました。その結果、リンゴ酸やアスパラギン酸などの化合物で、活性が低下するように変化しました(図4)。1 mMリンゴ酸の存在下で、変異を入れたPEPCは、活性が65%まで低下しました。
この954番目のアミノ酸の重要性を調べるために、AnPEPCのアミノ酸の変換を行いました。SyPEPCの954番目のアミノ酸にあたるAnPEPCの946番目のアミノ酸を、リジンからグルタミン酸に変換したところ、リンゴ酸による影響をほとんど受けなくなりました。変換前は、リンゴ酸によって酵素活性が28%に低下しましたが、変換後は活性が75%までしか低下しなくなりました(図5)。このように本研究では、二酸化炭素の固定に重要なラン藻のPEPCの鍵となるアミノ酸を同定することに成功しました。

3.今後の期待

研究グループは、たった一つのアミノ酸を変換することで阻害剤による活性の低下を防ぎ、PEPCの炭酸固定能を向上させました。PEPCはラン藻の二酸化炭素固定量の25%を占めるため、本研究の知見をPEPCに施すことで、ラン藻の二酸化炭素固定量がさらに増えることが見込まれます。また、PEPCは炭素代謝に非常に重要な役割を担い、コハク酸(バイオプラスチック原料)などの有用化合物の合成量をコントロールすることが知られています。このことから、PEPCの機能を向上させることで、コハク酸をはじめとする有用化合物の増産も期待できます。今後は、さらなる生化学解析を進めることで、PEPCの性質を解明し、光合成や炭素の循環の理解につながることが期待されます。

4.論文情報

タイトル

Allosteric Inhibition of Phosphoenolpyruvate Carboxylases Is Determined by a Single Amino Acid Residue in Cyanobacteria
(日本語タイトル シアノバクテリアのホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼのアロステリック阻害は、1つのアミノ酸残基で決定される)

著者名

Masahiro Takeya, Masami Yokota Hirai, Takashi Osanai

雑誌

Scientific Reports

DOI

doi: 10.1038/srep41080

5.補足説明

注1)シネコシスティス
最も広く研究されている淡水性、単細胞性のラン藻。増殖が速く、直径が約1.5マイクロメートルの球形をしている。窒素固定を行わない。1996年に、ラン藻種の中で最初に全ゲノム配列が決定された。相同組換えによる遺伝子の改変が可能であり、凍結保存が可能であるなどの利点を有する。

注2)アナベナ(別名ノストック)
淡水性で,ときに湿った土の上などに異常に発生することがある。球形,楕円形の細胞が1列になって糸状体を形成しており,共通の粘膜鞘に包まれた群体を形成している。窒素固定を行う。2001年に全ゲノム配列が決定された。

注3)マルチプルアライメント
DNAの塩基配列あるいはタンパク質のアミノ酸配列に関して、3つ以上の配列間で対応する部分が並ぶように整列したもの。この解析の結果に基づいて、分子系統樹を推定することができる。

6.発表者・機関窓口

発表者※研究内容については発表者にお問い合わせ下さい

明治大学 農学部農芸化学科  環境バイオテクノロジー研究室
専任講師  小山内 崇(おさない たかし)
TEL:044-934-7103 FAX:044-934-7103

機関窓口

明治大学 経営企画部 広報課
TEL:03-3296-4330 FAX:03-3296-4087
E-mail: koho@mics.meiji.ac.jp

参考

図1.シネコシスティス/今回の研究で使用したラン藻のひとつ。球形をなしている。図1.シネコシスティス/今回の研究で使用したラン藻のひとつ。球形をなしている。

図2.アナベナ(別名ノストック)/今回の研究で使用したラン藻のひとつ。細胞が数珠状に連なり、糸状体を形成。http://2011.igem.org/File:Brown-Stanford_Anabeana.jpgより転載図2.アナベナ(別名ノストック)/今回の研究で使用したラン藻のひとつ。細胞が数珠状に連なり、糸状体を形成。http://2011.igem.org/File:Brown-Stanford_Anabeana.jpgより転載

図3.ラン藻PEPCのマルチプルアライメント(一部抜粋)/様々なラン藻を由来とするPEPCの構成アミノ酸を対応するように並べたものです。 リンゴ酸などの化合物の影響を受けやすいものと受けにくいものでグループ分けをすると、構成アミノ酸の違いを見つけ出すことが出来ます。今回の研究では、954番のアミノ酸がグループ間で異なることを発見しました。図3.ラン藻PEPCのマルチプルアライメント(一部抜粋)/様々なラン藻を由来とするPEPCの構成アミノ酸を対応するように並べたものです。 リンゴ酸などの化合物の影響を受けやすいものと受けにくいものでグループ分けをすると、構成アミノ酸の違いを見つけ出すことが出来ます。今回の研究では、954番のアミノ酸がグループ間で異なることを発見しました。

図4.シネコシスティスPEPCの酵素活性/縦軸は酵素活性の相対値。1 mM リンゴ酸の存在下で、酵素活性はほとんど影響を受けません。しかしアミノ酸を変換すると、酵素活性が、65%まで低下しました。図4.シネコシスティスPEPCの酵素活性/縦軸は酵素活性の相対値。1 mM リンゴ酸の存在下で、酵素活性はほとんど影響を受けません。しかしアミノ酸を変換すると、酵素活性が、65%まで低下しました。

図5.アナベナPEPCの酵素活性/縦軸は酵素活性の相対値。1 mM リンゴ酸の存在下でAnPEPCの活性は、活性が28%に低下します。しかし、アミノ酸を変換すると、酵素活性の減少が75%までに抑えられるようになります。図5.アナベナPEPCの酵素活性/縦軸は酵素活性の相対値。1 mM リンゴ酸の存在下でAnPEPCの活性は、活性が28%に低下します。しかし、アミノ酸を変換すると、酵素活性の減少が75%までに抑えられるようになります。