ラン藻の乳酸生産に重要な酵素の機能改変~1つのアミノ酸を変えて~

2017年11月09日
明治大学

ラン藻の乳酸生産に重要な酵素の機能改変~1つのアミノ酸を変えて~

要旨

光合成を行う細菌であるラン藻の一種シネコシスティス注1)は地球温暖化の原因物質である空気中の二酸化炭素を取り込み、様々な有用物質の生産に利用することができます。中でも乳酸やコハク酸といった有機酸注2)は、再生可能なバイオプラスチックの原料として利用することができます。自然界にある乳酸は二種類あり、それぞれL-乳酸とD-乳酸と呼ばれていますが、L-乳酸の方がはるかに多く存在します。しかしながら、乳酸が集まってできるポリ乳酸というバイオプラスチックは、ポリ-L-乳酸とポリ-D-乳酸を混合することで、物性が向上するため、自然界で不足しがちなD-乳酸の需要は高まりつつあります。
D-乳酸生産に重要な酵素としてD-乳酸脱水素酵素(Ddh)があります。研究グループは、D-乳酸を生産するラン藻シネコシスティスがもつDdh(以下SyDdh)の性質を調べ、さらなる有機酸増産に向けた機能改変を行いました。
性質を調べた結果、SyDdhは他の細菌由来のDdhとは異なり、マグネシウム存在下で活性が低下する酵素であることが分かりました。また、一般的にDdhはピルビン酸を基質とする酵素ですが、SyDdhはピルビン酸と構造が類似しているオキサロ酢酸という化合物も基質にできることが分かりました。これらの性質を決定しているアミノ酸を特定するために、他の細菌や他のラン藻のDdhとの構成アミノ酸の比較を行いました。その結果、それぞれSyDdhにおける14番目と234番目のアミノ酸が特徴的であることが分かりました。そこで、それぞれのアミノ酸の役割を知るために、14番目のアミノ酸をグルタミンからグルタミン酸に置換したSyDdh(SyDdh_Q14E)、234番目のアミノ酸をセリンからグリシンに置換したSyDdh(SyDdh_S234G)を作製し、性質を調べました。SyDdh_Q14Eはマグネシウムによって活性化され、SyDdh_S234Gではピルビン酸ではなく、オキサロ酢酸に対してより特異的に活性を示すようになりました。
このように本研究では、乳酸生産に重要なDdhという酵素の性質が1つのアミノ酸を置換することで変化することを明らかにしました。
この研究は、明治大学 農学部 農芸化学科 伊東 昇紀(学部4年生)、小山内崇(専任講師)らのグループによって行われました。この研究は、JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCA(代表小山内崇)およびJSPS科研費新学術領域研究「新光合成」(領域代表基礎生物学研究所皆川純教授、計画班代表大阪大学清水浩教授)の援助により行われました。
本研究成果は、2017年11月8日(英国時間)発行の英国の科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。

※研究グループ
明治大学 農学部農芸化学科 
環境バイオテクノロジー研究室
専任講師 小山内 崇(おさない たかし)
学部4年生 伊東 昇紀(いとう しょうき)
博士前期課程1年生 竹屋 壮浩(たけや まさひろ)

1.背景
プラスチックの多くは石油を原料としているため、燃焼する際に地球温暖化の原因物質となる二酸化炭素を放出します。近年、低炭素社会実現のために、この石油由来プラスチックの代替として、持続可能なバイオプラスチックが注目されています。中でもポリ乳酸は生分解性を有しており、微生物の働きによって最終的には元の二酸化炭素と水にまで分解され、再びデンプン合成のために利用することができるため、炭素の絶対量を増やさないといった利点があります。それ故、従来のプラスチックと比較しても、ゴミとして廃棄された際の環境負荷が小さく、石油資源の節約にもつながります。
一般的にポリ乳酸の原料となる乳酸は、とうもろこし由来のデンプンを糖化し、乳酸生産効率の良い乳酸菌を用いて乳酸発酵を行うという二段階のステップで生成します。しかしながら、原料となるとうもろこしは食糧や耕作地との競合になるなど様々な問題も抱えています。また、ポリ乳酸は、ポリ-L-乳酸とポリ-D-乳酸を混合することで、物性が向上するため、自然界で不足しがちなD-乳酸の需要が高まりつつあります。そこで、今回私たちは光合成を行う細菌であるラン藻を用いたD-乳酸生産に注目しました。
ラン藻は、同じく光合成を行う植物や藻類と異なり、食料や土地との競合が少なく、細菌であるが故に増殖が速いため、炭酸固定から乳酸発酵までの工程をラン藻という一つの系で賄うことができます。ラン藻の中でもシネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)は、遺伝子の改変が容易で、凍結保存が可能なことから取り扱いやすく、モデルラン藻として世界中で広く研究されており、D-乳酸やコハク酸などの有機酸を生産します。一般的にD-乳酸生産における最終段階の反応はD-乳酸脱水素酵素(Ddh)という酵素が担います。しかしながら、シネコシスティスの有機酸生成過程における生化学的な知見は乏しく、各反応における制御機構の解明が求められます。そこで、私たちはシネコシスティスがもつD-乳酸脱水素酵素(SyDdh)を精製し、性質を調べ、さらなる有機酸増産に向けた機能改変を行いました。

2.研究手法と成果
研究グループは、SyDdhタンパク質を精製し、その性質を解析しました。その結果、SyDdh の活性は、pH 7.5で最大となり、30~40℃で恒常的に活性を示すことが分かりました。また、他の細菌由来のDdhとは異なり、マグネシウムにより阻害を受け、本来の基質であるピルビン酸だけでなくオキサロ酢酸に対しても活性を示すことが分かりました。これらの性質を決定するアミノ酸を特定するため、マグネシウムによる活性化やオキサロ酢酸に対して高い親和性を示すことが報告されている細菌や、他のラン藻のDdhとのアミノ酸配列の比較であるマルチプルアライメント注3)を行いました。
その結果、SyDdhにおける14番目と234番目のアミノ酸が各グループ間で明確に異なることが判明しました(図1)。それぞれのアミノ酸がSyDdhの特性を決定する重要なアミノ酸であると予想し、14番目のアミノ酸をグルタミンからグルタミン酸へ置換したSyDdh(SyDdh_Q14E)、234番目のアミノ酸をセリンからグリシンに置換したSyDdh(SyDdh_S234G)を作製し、生化学解析を行いました。
SyDdh_Q14Eは変異を入れてないSyDdh とは対照的に、塩化マグネシウム(MgCl₂)存在下で活性化されるようになりました(図2)。10 mM塩化マグネシウム(MgCl₂)存在下で変異を入れてないSyDdh は83%まで活性が低下しますが、SyDdh_Q14Eでは140%まで活性が向上しました(図2)。また、SyDdh_S234Gでは変異を入れてないSyDdh とは対照的に、本来の基質であるピルビン酸よりもオキサロ酢酸に対して高い反応効率を示すようになりました(図3)。
このように本研究では、乳酸生産に重要なSyDdhの特性を決定する2つの重要なアミノ酸の特定に成功しました。

3.今後の期待
研究グループは、SyDdhの二つのアミノ酸がそれぞれマグネシウムによる制御と基質の選択に重要であることを明らかにしました。本研究の知見をラン藻のSyDdhに施すことで、さらなる有機酸増産が見込まれます。また、Ddhは乳酸発酵の最終段階の反応を担う酵素として幅広い生物種で保存されている酵素であり、基礎研究の分野でも大いに貢献すると思われます。今後は、さらなる生化学解析を行い、Ddhの特性を調べることで、有機酸生成メカニズムの解明につながることが期待されます。

4.論文情報
<タイトル>
Substrate Specificity and Allosteric Regulation of a D-Lactate Dehydrogenase from a Unicellular Cyanobacterium are Altered by an Amino Acid Substitution
(日本語タイトル 単細胞シアノバクテリア由来のD-乳酸脱水素酵素の基質特異性とアロステリック調節がアミノ酸置換によって変化する)

<著者名>
Shoki Ito, Masahiro Takeya, Takashi Osanai

<雑誌>
Scientific Reports

<DOI>
doi: 10.1038/s41598-017-15341-5

5.補足説明
注1)シネコシスティス
最も広く研究されている淡水性、単細胞性のラン藻。増殖が速く、直径が約1.5マイクロメートルの球形をしている。窒素固定を行わない。1996年に、ラン藻種の中で最初に全ゲノム配列が決定された。相同組換えによる遺伝子の改変が可能であり、凍結保存が可能であるなどの利点を有する。

注2)有機酸
酸性の炭素骨格を有する化合物で、主にカルボキシル基(-COOH)を持つ化合物を指す。

注3)マルチプルアライメント
DNAの塩基配列あるいはタンパク質のアミノ酸配列に関して、3つ以上の配列間で対応する部分が並ぶように整列したもの。この解析の結果に基づいて、分子系統樹を推定することができる。

6.発表者・機関窓口
<発表者>※研究内容については発表者にお問い合わせ下さい
明治大学
農学部農芸化学科 
環境バイオテクノロジー研究室
専任講師  小山内 崇(おさない たかし)
TEL:044-934-7103 FAX:044-934-7103


<機関窓口>※取材のご依頼はこちらにお問い合わせ下さい
明治大学 経営企画部 広報課
〒101-8301
東京都千代田区神田駿河台1-1
TEL:03-3296-4330 
E-mail: koho@mics.meiji.ac.jp

図1.細菌由来Ddhのマルチプルアライメント(一部抜粋) / 様々な細菌を由来とするDdhの構成アミノ酸を対応するように並べたものです。マグネシウムに対する感受性とオキサロ酢酸に対する親和性の違いで、それぞれSyDdhにおける14番目と234番目のアミノ酸に違いが見られます。図1.細菌由来Ddhのマルチプルアライメント(一部抜粋) / 様々な細菌を由来とするDdhの構成アミノ酸を対応するように並べたものです。マグネシウムに対する感受性とオキサロ酢酸に対する親和性の違いで、それぞれSyDdhにおける14番目と234番目のアミノ酸に違いが見られます。

図2.SyDdhのマグネシウムに対する感受性 / 縦軸は酵素活性の相対値。塩化マグネシウム(MgCl₂)存在下で、SyDdhは活性が低下しますが、14番目のアミノ酸をグルタミン酸に置換したSyDdh_Q14Eでは活性が向上します。図2.SyDdhのマグネシウムに対する感受性 / 縦軸は酵素活性の相対値。塩化マグネシウム(MgCl₂)存在下で、SyDdhは活性が低下しますが、14番目のアミノ酸をグルタミン酸に置換したSyDdh_Q14Eでは活性が向上します。

図3.SyDdhのピルビン酸、オキサロ酢酸に対する反応効率 / 縦軸はピルビン酸、オキサロ酢酸に対する反応効率。反応効率は基質を生成物に変換する効率を表します。SyDdhはオキサロ酢酸よりもピルビン酸に対して高い反応効率を示します。対照的に、234番目のアミノ酸をグリシンに置換したSyDdh_S234Gではピルビン酸よりもオキサロ酢酸に対して高い反応効率を示します。図3.SyDdhのピルビン酸、オキサロ酢酸に対する反応効率 / 縦軸はピルビン酸、オキサロ酢酸に対する反応効率。反応効率は基質を生成物に変換する効率を表します。SyDdhはオキサロ酢酸よりもピルビン酸に対して高い反応効率を示します。対照的に、234番目のアミノ酸をグリシンに置換したSyDdh_S234Gではピルビン酸よりもオキサロ酢酸に対して高い反応効率を示します。

「2017年度 プレスリリース一覧」へ戻る

上へ戻る

明治大学 MEIJIUNIVERSITY

© Meiji University,All rights reserved.