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プレスリリース

リンゴ酸生産酵素がコハク酸生産の鍵酵素の一つであることを示唆

2019年07月23日
明治大学

 リンゴ酸生産酵素がコハク酸生産の鍵酵素の一つであることを示唆
○明治大学大学院農学研究科環境バイオテクノロジー研究室の片山 德賢(博士前期課程1年)、竹屋壮浩(2018年度修了生)、小山内 崇(准教授)らの研究グループは、世界中で広く研究されているラン藻であるシネコシスティスのフマラーゼという酵素がクエン酸回路の代謝産物に阻害を受けており、その阻害をアミノ酸の置換によって緩和できることを明らかにした。
○シネコシスティスのフマラーゼの働きは、これまで報告されているフマラーゼと同様にクエン酸回路の代謝産物であるコハク酸やクエン酸によって阻害されることが分かった。
○シネコシスティスのフマラーゼの314番目におけるアミノ酸の置換はクエン酸とコハク酸からの阻害を緩和し、酵素の代謝回転数を変化させた。

要旨

 植物と同じ光合成を行うラン藻という細菌は、光合成の過程で取り込んだ二酸化炭素から様々な有用物質を生産することができます。その中でも、シネコシスティス注1)というラン藻は、遺伝子改変が簡単で凍結保存が可能であるなどの簡便さから、基礎・応用の両分野において世界中で盛んに研究されています。特に、遺伝子の分子生物学的な研究や物質生産に関する研究は精力的に行われています。しかし、それらと比べると代謝のしくみに関する基礎研究は、発展途上の分野です。特に、ラン藻は、糖の分解に関する知見が少なく酵素の性質があまり明らかになっていません。
 クエン酸回路という代謝経路は、生育に必要なエネルギーを効率良く生み出す酸素呼吸の主要な経路です。クエン酸回路は、複数の反応とそれを担う酵素群で成り立っています。中でもフマラーゼは、クエン酸回路の中でフマル酸とリンゴ酸の変換を受け持つ酵素であり、工業的にリンゴ酸を生産することに応用されている酵素でもあります。リンゴ酸は私たちの生活の中でも食品添加物などに使われる重要な化学物質です。今回、私たちはこれまで報告されていないシネコシスティスのフマラーゼFumC(SyFumC)を精製し、生化学的性質を調べました。
 その結果、SyFumCは、他の細菌よりも活性が低いことが分かりました。また、SyFumCは、従来のFumCと同様に、リンゴ酸を基質とするよりもフマル酸を基質とした場合に酵素活性が高いことが分かりました。次に、SyFumCの活性を変化させる因子を探索したところ、SyFumCは、亜鉛イオン(Zn2+)などの金属イオンや、同じクエン酸回路の代謝物であるクエン酸とコハク酸によって強く阻害されることが分かりました。過去の我々の研究から、シネコシスティスは発酵時にコハク酸を作ることが知られていますが、この結果は、フマラーゼがコハク酸生産をする際に律速酵素となりうることを示唆しています。
 また、他の細菌やラン藻のFumCの構成アミノ酸の比較を行ったところ、314番目のアラニンが特徴的であるということが分かりました。そこで、このアラニンの置換が酵素活性にどのような変化をもたらすかを調べるために、このアラニンからグルタミン酸に置換したSyFumC(SyFumC_A314E)を作製したところ、クエン酸やコハク酸による阻害が緩和されました。また、酵素の活性の指標の一つである代謝回転数が低下することが分かりました。
 このように、本研究では、クエン酸回路のフマラーゼという酵素が同じクエン酸回路の代謝物によって阻害を受けていることがわかり、さらに1つのアミノ酸の置換によってその阻害を緩和できることを発見しました。
 この研究は、明治大学大学院農学研究科 片山 德賢(博士前期課程1年)、小山内崇(准教授)らのグループによって行われました。この研究は、JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCA(代表小山内崇)およびJSPS科研費新学術領域研究「新光合成」(領域代表基礎生物学研究所皆川純教授、計画班代表大阪大学清水浩教授)の援助により行われました。
 本研究成果は、2019年7月23日発行の「Scientific Reports」に掲載されました。

※研究グループ

明治大学 農学部農芸化学科 
環境バイオテクノロジー研究室
准教授 小山内 崇(おさない たかし)
博士前期課程1年生 片山 德賢 (かたやま のりあき)
元博士前期課程生 (2018年度修了)竹屋壮浩 (たけや まさひろ)

1.背景

 近年、低炭素社会に向けて、利用するエネルギーの非化石燃料化の導入拡大や再生可能エネルギーの積極的な導入が求められており、石油に頼らないバイオプラスチックやバイオ燃料に注目が集まっています。これらの生物由来の有用物質の安定生産に向け、糖を炭素源として利用する生産性の高い大腸菌や酵母などを利用した物質生産に関する研究が世界中で進められています。しかしながら、糖を原料とした発酵を行うこれらの生物では耕作農地や水資源、食糧との競合が懸念されています。そうした状況のなかで、私たちの研究グループは、光合成によって取り込んだ二酸化炭素を有用物質の原料として利用できるラン藻という細菌に注目しています。ラン藻は、培養に糖の添加が必要ないだけでなく、食糧や土地との競合も少ないというメリットを持ちます。  
 ラン藻の中でも比較的取り扱い易く、モデルラン藻として世界中で広く研究されているのが、シネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)です。シネコシスティスは、全遺伝子情報が明らかになっているラン藻で、近年では、遺伝子改変を行ったシネコシスティスの有用物質生産に関する研究が盛んに行われています。しかしながら、物質生産に至るまでの代謝に関する基礎的な知見は、大腸菌などと比べて乏しく、さらなる物質生産向上に向けて代謝メカニズムの解明が求められています。  
 クエン酸回路は、酸素呼吸を行う生物全般が持つ代謝経路で、エネルギーを効率よく生産します。クエン酸回路の中でも工業的な応用をされている酵素が、フマラーゼ (FumC)です。FumCはフマル酸とリンゴ酸を基質としており、これらの可逆反応を受け持つ酵素です。FumCの基質であり、生成物でもあるリンゴ酸という代謝産物は、様々な有用物質の前駆物質であり、私たちの生活の中でも使われる日用化学製品の原料でもあります。  
 そこで、私たちは、シネコシスティスのFumC(SyFumC)の性質を調べ、他の生物のFumCの性質と比較しました。

2.研究手法と成果

 研究グループは、組換えSyFumCタンパク質を大腸菌で発現させて精製し、その特性を評価しました。その結果、SyFumCは、常温(30℃)、中性(pH 7.5)の条件で最も高い活性を示す酵素であることが分かりました。また、SyFumCの酵素1分子当たりの活性は、現在報告されている他の生物のFumCと比べて、低いことが分かりました。
 次にSyFumCの活性に影響を与える因子を探索したところ、クエン酸やコハク酸の添加によってSyFumCの活性が低下することが分かりました(図1)。SyFumCは、コバルトイオン(Co2+)やカルシウムイオン(Ca2+)などの二価金属イオンに阻害され、他の生物のFumCの阻害剤として報告されている亜鉛イオン(Zn2+)によって顕著に阻害されることが分かりました。また、ピルビン酸もSyFumCの活性を阻害することが分かりました。これらのクエン酸やコハク酸、ピルビン酸による阻害は植物のFumCと同様の作用になります(図2)。
 また、他の細菌やラン藻のFumCとSyFumCのアミノ酸配列の比較を行ったところ、SyFumCにおいて314番目のアミノ酸が特徴的であることが分かりました。この結果から、314番目のアミノ酸をアラニンからグルタミン酸に置換したSyFumC_A314Eを作製し、生化学的解析を行いました。SyFumC_A314Eは変異の入れていないSyFumCと異なり、クエン酸やコハク酸を入れた際の阻害が緩和されていることが分かりました(図3)。
 さらに、他の細菌やラン藻のFumCの系統解析を行った結果、SyFumCを含むラン藻のFumCのアミノ酸配列は、他の細菌のFumCのアミノ酸配列とは明確に異なっていました(図4)。さらにラン藻のFumCの中でも、窒素固定型ラン藻と非窒素固定型ラン藻でグループが異なっていることが今回わかりました(図4)。
 このように、本研究ではSyFumCの単一アミノ酸の置換によって有機酸の阻害を緩和できる可能性を示唆しました。また、ラン藻のFumCは、窒素固定型と非窒素固定型のグループに分かれることを発見しました。

3.今後の期待

 本研究グル-プは、世界で初めてシネコシスティスのFumCの生化学的性質を明らかにし、コハク酸やクエン酸による酵素活性の阻害を発見しました。本研究成果は、細菌のFumCの生化学的性質や系統進化の理解のみならず、シネコシスティスを用いた有用物質生産において、SyFumCが律速酵素となり得る結果となりました。今後は、シネコシスティスがもつ代謝酵素の生化学的な解析をさらに進めることで、特異で複雑な代謝ネットワークの解明とシネコシスティスを用いた有用物質の更なる生産性向上につながることが期待されます。

4.論文情報

<タイトル>
Biochemical characterisation of fumarase C from a unicellular cyanobacterium demonstrating its substrate affinity, altered by an amino acid substitution
(日本語タイトル 単細胞性シアノバクテリア由来のフマラーゼCの生化学特性付けと基質親和性を変化させるアミノ酸残基の同定)
<著者名>
Noriaki Katayama, Masahiro Takeya, Takashi Osanai
<雑誌>
Scientific Reports
<DOI>
doi: 10.1038/s41598-019-47025-7

5.補足説明

注1)シネコシスティス
最も広く研究されている淡水性、単細胞性のラン藻。増殖が速く、直径が約1.5マイクロメートルの球形をしている。窒素固定を行わない。1996年に、ラン藻種の中で最初に全ゲノム配列が決定された。相同組換えによる遺伝子の改変が可能であり、凍結保存が可能であるなどの利点を有する。











図1.有機酸存在下のSyFumC活性

縦軸は、酵素活性の相対値。a.はフマル酸を基質にした場合、b.はリンゴ酸を基質にした場合の酵素活性。クエン酸やコハク酸の存在下でSyFumCの活性は、濃度依存的に低下する。


図2. 各代謝産物や金属イオン存在下のSyFumC活性

縦軸は酵素活性。NOは測定できなかったもの、NDは今回測定しなかったもの。緑色が1 mM, 青色が10 mMの濃度で代謝産物または金属イオンを添加したもの。赤矢印で示した部分が代謝産物や金属塩を入れなかったものに対して活性の変化が大きかったもの。


図3. 4 mMコハク酸・クエン酸存在下のSyFumC活性

縦軸は、酵素の比活性。横軸はフマル酸(基質)の濃度。4 mMのコハク酸またはクエン酸を加えることでSyFumC活性が低下するが、SyFumC_A314Eでは、同濃度のコハク酸またはクエン酸を加えても、コハク酸またはクエン酸の非存在かと同程度の活性を保持している。


図4. 細菌のFumCの分子系統樹

細菌のFumCのアミノ酸配列に基づいて作成した分子系統樹。細菌のFumCは、アミノ酸配列の違いで4つのグループに分かれる。SyFumを含むラン藻のFumCは、窒素固定型と非窒素固定型の独立したグループに分類された。


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明治大学 農学部農芸化学科 
環境バイオテクノロジー研究室 准教授  
小山内 崇(おさない たかし)
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