会長挨拶



 

明治大学教育会長に就任して

                              

高橋靖之

 

このたび、第7回明治大学教育会・研究大会において、24年にわたり教育会の会長としてご尽力いただいた吉田貞三先生から引継ぎ、新しく会長となりました。

  今回は、副会長の田村正彦先生や、教育会立ち上げから多難な時期を事務局長として支え続け、現在の明大教育会の理念や運営の基を作り上げ、その後も様々な局面で明治出身の教員と教職志望の学生とをリンクし教育会を立体的に構成し、ご努力いただいた別府昭郎先生が退任することになりました。

新しく総会で承認された明治大学教育会役員一同、今までの教育会の理念や運営を踏襲しながら、より多くの明治大学出身の先生方を結集できればと考えております。

 

振り返れば、半世紀近く前、私自身も明治大学で学びながら、暗中模索の状態で大学のあり方を問いただしていた時期がありました。

その頃、フランスのアラゴンがレジスタンスを通して、「大学」の内実として、「教えるとは希望を語ること。学ぶとは誠実を胸に刻むこと」という一文を残しており、今も記憶の澱として残っています。

辻邦生もフランスへ留学し、その文化の影響を受けていたに違いありません。

著作である「春の戴冠」(新潮社)は、イタリアの中世フィレンツェ(花の都)を舞台に物語が展開され、小説の楽しさが満喫できますが、ロレンツォの華やかな活躍やその手腕、それと同時に、修道僧ジロラモ・サヴォナローラの絶望的なまでの説教は、60年代後半から70年代にかけての学生運動との合わせ鏡の様でもあります。

文中、「祭礼は花の都の夢なのだ。ねえ、フェデリゴ、人間は夢を見ている動物なんだ。夢をどれだけ長くみられるか、に、人間の幸福がかかっているんだ」とあります。

しかしながら、現在、「希望」とか「夢」というものを語ることがとても窮屈な時代になってきている気がします。

とは言え、「希望」とか「夢」を語らなくなり、「現実」追随のなかで日々を過ごすとすれば、われわれの職とする教育の現場の児童生徒への働きかけは困難になります。

そして、ナショナリズムの台頭にともなう差別や偏見、優勝劣敗の風潮、それらは、すべて戦後民主主義の「希望」とか「夢」を打ち砕くものでしかありません。

 

高校での長い教員生活を終わり、縁あって、明治の教職課程の教員として身を置き、他の教職課程の先生方の、学生への向きあう姿勢や考え方に触れ、高校での在職中に、決して多いとはいえない、同じ志を持った教員仲間と実現していった、ささやかな「希望」や「夢」に関する実践が、教職課程の先生方の姿勢や考え方に重なり合う充足感がありました。

教育会の今後ということでは、児童生徒と接する現場の先生方が、教育という場での「希望」や「夢」の実現へ向けての、少しでもお手伝いができればと考えております。、そして、その実践記録が、今後、教職を目指す学生への刺激になればありがたいと感じます。

今後もよろしくお願いいたします。

                              2014121

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