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学生相談室

「相談室の窓から」~「好きを仕事に」に求められる“覚悟”~

2015年01月15日
明治大学

『「好きを仕事に」に求められる“覚悟”』
                            学生相談室 相談員
情報コミュニケーション学部 教授  古屋野素材

 
 「出版社でも書店でも、本に関わる仕事を希望した」「なので、本好きの人に本を届ける今の仕事は、“楽じゃない”けれど“楽しい”」これは、私の授業で、ゲスト講師としてお招きした、大手出版社のベテラン編集者A氏の、出版界の仕事に憧れる学生達へのアドバイスである。A氏によれば、幼い頃から本に囲まれた環境で育ち、とにかく片っ端から、周りの本や雑誌の活字を読むことが“習慣”になったとのことである。大手出版社であるだけに、色々な部門を移動し、週刊誌から文芸書、ビジネス本、等々、自分の趣味の分野とは大きくかけ離れた世界の書籍にかかわるなかで、それぞれのライバル社の出版物や、多様な著者の厖大な原稿を読む日々が続いているが、活字を読むことが体の一部のような“習慣”であるため、仕事はきついけれど、逃げ出したくなることはまったくない、とのこと。

 大手リゾートホテルに就職した私のゼミ生は、当初、鉄道旅行が大好きという理由で、鉄道会社を志望していたのだが、自分の旅の楽しみの重要な要素が、目的地に向かう車中での「今宵の宿の食事や温泉」の楽しみであることに気づき、その“楽しみ”を、期待を裏切らない“もてなし”でしっかり受け止める「宿」にかかわろうと思い至ったとのこと。

 これらのエピソードから、当初は個人的な“何となく好き”や趣味のこだわりからはじまったことが、個人の趣味を突き抜けて、多くの人々の“好き”や“楽しみ”を(裏方の大変さをも“楽じゃない”けれど“楽しい”と)仕事として引き受けるモードに切り替わってゆく様子がうかがえよう。と同時に、“好き”な対象に付随する大変さを引き受ける“覚悟”が(おそらく、本人は特に構えることなく)生まれていることも明らかである。

 「卒業後、出来れば好きなことを仕事に」と漠然と考えている人も少なくないだろう。そのこと自体は決して否定されることではない。ただ、その“好き”な対象や領域に関する仕事に不可避についてくる“大変さ”や“しんどさ”に向き合い、“当然のこと”として取り組めるかどうかが、大きなハードル。「好きを仕事に」の希望の“漠然”さから、一歩踏み出し、「どんな“覚悟”が必要か」と真剣に考えることで、何か見えてくるものがあるかもしれない。